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 炎が見えた。白くて透き通った炎だった。暗闇の中に唯一の光であるそれは、ゆらゆらと形を変えるたび金の輝きを見せた。辺りは随分静かだった。きっと青杉が音を吸い込んでしまったのだろう。ときおり、遠くの方からオパールの水面を踊り子の爪先が弾く音が響いてきたが、それだけだった。

 白い炎が揺れていた。金と、それから薄紅の煌めきが混じるのがとても奇麗だった。きっと、春の夢もこんなふうなのだろうと思った。三つの月が空へ昇って薄色の世界は銀の糸一本に収斂するのだ。そこにはやっぱり沢山の蝶がいて、青磁の六枚翅が擦れて高い音を響かせている。そんな光景を頭の奥の方で考えて、それなら今のうちにはれの白布を用意しておいた方が良いのかしら?と思った。

 白い炎は、変わらず燃えていた。そっと伸ばした指の先を透かして見る。青っぽい、濁った色をしていた。輪郭ばかり色が濃くて、中は向こう側に炎が見えた。鼈甲飴みたいな薄い金色の揺らめきが爪の先を焦がした。それがとても熱くて、思わず手を引っ込める。さっきまでラピスラズリだったはずの爪は、乳白色の瑪瑙になっていた。

 少し退屈だな、と思った。随分と長い時間、白い炎を見ていたせいで体はすっかり固まっていた。いつの間にかあばらの中に小鳥が棲みついていたらしく、身の内から可愛らしい鳴き声がした。体の内側はきっと暗い。暗い中にずっといるのでは可哀想だから、偶然に降ってきた星たちを両の手で掴めるだけ掴んで、呑んでやった。これできっと、小鳥たちも不安なく過ごせるだろう。お礼のような高く長い鳴き声が肺の辺りに響いたので、なんだか嬉しかった。水底に積もった泥のような退屈はすっかり消えていた。お陰で瞳も透き通り、炎の揺らめくのが明瞭ハッキリ見えるようになった。

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