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 アバは退屈だった。

 白金しろかねの樹の枝を順に折っていくのは楽しかったが小枝は折りつくしてしまったし、重たい翡翠の甲羅を背負った亀をひっくり返してつつくのは反応まで愚鈍で面白くなかった。華鯉をたっぷりと食べたお陰で腹も満ちている。しかし三百年程眠っていたせいか、瞼を下ろしても一向に眠気は訪れない。むしろ七つの月が昇るたび目は冴えていき、いつになく明瞭はっきりとした脳みそが無意味に回転して己がいかに退屈なのかということばかりを教えてくる。

 アバは片割れ石の上に寝転がって考えた。どうにかしてこの退屈な時間から解放されるための策を。うんと頭を捻って、角を掻いて、体を丸めたり伸ばしたりしてみて、十年ほどウンウン唸って考えた。そうしてようやく、アバは緩慢で白く濁った退屈な時間から抜け出す方法を思いついた。

 人間になればいいのだ。

 アバはその答えに辿り着いた瞬間、自分のことを、本当に、心の底から賢いと思った。三賢者にも劣らぬ悟性だとすら思った。今ならば賢の謎にも智の問いにも答えを突きつけられるとすら思った。それほどまでに、アバは退屈に苦しまされていたのだ。ここ百年で一番に不憫な奴だった。

 さて、思い立ったが吉日と、アバは早速人間になる準備を始めた。準備と言ってもアバほどの者であれば変化など眠るよりも簡単にできるし、体を作り変えるにしても一月あれば十分である。必要なのは人間になった時に纏わねばならないという服だけであった。アバは棲処すみかからほど近い蓬山の頂上にいる桓緇かんしという女仙に服を貰いに行った。桓緇はアバのことを随分気に入っていて、つやつやと青金色に輝く毛並みを撫でるのが好きだったから、大人しく頭を差し出せば大抵の願い事は受け入れられた。


片割れ石 上面が磨かれたように平たい巨大な岩。双子の白鬼が大喧嘩をした時に半分に斬られた片割れだと言われている。もう半分は天にあるという逸話がある。

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