Chapter.3 二人で一人の執行者
Ep.24 決戦の朝
2027 7/11 7:10
カルキノス連邦領第13廃棄地区 旧一番通り
ジャンク屋『フルメタル』
「来たぜ、おやっさん」
早朝、俺は朔夜を背負って店の前に来た。
シャッターの開いたガレージ然とした建物の前で、俺は店主を呼ぶ。それからややあって、タンクトップの店主が店の奥から顔を出した。
「おう、早いな。もう来たのか」
「待たせるのも悪いかと思ったんだ。で、例のものは?」
「もちろんできてるぜ。試し撃ちはしてくかい?」
「ああ、助かるよ」
小一時間後。
空き地を活用した演習場から戻った俺は、調整の済んだ自分の《
「撃ち心地もばっちりだ。おやっさんに頼んでよかったよ」
「ハハッ、そいつはよかった。これからもウチを贔屓にしてくれ!」
「ああ。そうだ、代金のほうは――」
「代金? ああ、いらねえいらねえ!」
金の話になり、店主は途端に首を大きく振った。
さすがにそれでは俺がいたたまれないと抗ってみるが、店主は、
「俺が手ぇ加えた《
店主は気前のいい笑みを見せて、そう言った。
そして彼は俺の肩に手を置くと、励ますような口調で言う。
「勝ってこいとは言わん。けど、気持ちでは負けるなよ」
「……!」
「そいつらには俺の思いがこもってる。背負ってやってくれ」
「はい。それじゃあ、行ってきます」
「おう。行ってこい!」
店主に見送られて、俺は朝の空気の中をまた歩き出した。
背負われていた朔夜も目覚め、俺の隣をよたよたと歩いている。俺たちが今背負っている思いを改めて実感しながら、次は《ENZIAN》へと向かった。
◇◇◇
「じゃあ二人共、気張るんだよ!」
店長は威勢よく、俺ら二人の肩を叩いて言った。
勢いが強すぎて肩がヒリヒリしたが、これはこれで気合いが入る。
「い、いたいのだ……!」
「はっはっは! でも目ぇ覚めただろう?」
「ええ、覚めましたね。おかげ様で」
朔夜のほうも朝の眠気が吹き飛んだように、元気に肩を回している。
店長の隣に並ぶコレットとモニカも、店の車で決闘場へと向かうらしい。そして彼女らの横にはさらにユーガが加わっていた。
「私たちは会場から応援いたしますので」
「おれ、観客席で応援団長やります!!」
「じゃああたしたちはチアガールで応援しちゃうぞ☆」
ユーガとモニカは謎に意気投合していた。
俺はなんとなく、一人残されたコレットの側につく。
「私はやりませんよ?」
「恥ずかしいから普通に応援してくれ」
「「ガーーーン!!」」
モニカたちがわかりやすく玉砕する。
チアガールとはなんだ、と朔夜が訊ねてきたが、今はどうでもいいので適当に濁しておいた。今はこいつに少しの邪念も抱かせるべきではない。
出発前の挨拶はここまでにして、俺はバイクに跨った。
姐さんがこの日のために調整してくれたお下がりだ。
「センパイ、マジでバイクで行くの? 事故らない?」
「事故らねーよ。たいした距離じゃねーし」
「くっ……おれもカナタ先輩とニケツしてぇ!!」
「わらわは不安なのだが……」
そう言いつつも、朔夜もシートに跨って俺の腰に手を回した。
エンジンをかけながら、姐さんたちに背中を向けて出発の準備をする。
「それじゃあ、行ってきます」「行ってくるぞっ!」
「ああ。頑張ってくるんだよ!」
「行ってらっしゃいっす、先輩方!!」
「行ってらっしゃいませ」
「いってらー!」
ユーガの加わった《ENZIAN》の面々に見送られて、俺たちは出発した。
晴れ渡るの空の下、俺と朔夜を乗せたバイクは見慣れた街を走る。
勝負への不安も消し飛ぶほどの、快晴だった。
***
カナタたちの後ろ姿が見えなくなり、最後まで手を振り続けていたユーガも諦めて腕を下ろした。店長であるジャンヌは、用意していた店の車である少し古びたワンボックスのドアを開ける。
「さて、アタシらも会場に急ごうか。チケットが売り切れちまうよ」
ジャンヌが一足先に運転席に乗り込んだ。
「そうですね。早く向かいましょう」
「向かいましょう!!」
「ゴーゴー!」
コレットは助手席に、モニカは後部座席に乗り込む。
ユーガもモニカに続いて乗車しようとした、そのときだった。
遠くから駆けてきた足音が、車の前で止まった。
「――
その声に、ユーガは間髪入れず振り向いた。
視線の先にいた声の主に、ユーガは思わず大きく目を見開いて、
「……姉ちゃん!?」
駆け寄ってきたその人物に、ユーガは目を疑った。
弟と同じ狼耳のスキンを着用した、
◇◇◇
時刻は8時過ぎ、囲む景色はカルキノスの中心街。
高速道路に入ってしまえば、廃棄地区からでも都心部にアクセスするのは容易だ。30分近くバイクを走らせると、高層ビルやモノレールの駅などが次第に見えてきた。
ちなみにだが、俺は原付の免許すら持っていない。
しかし、これはあくまでゲームの中での移動手段だ。高性能なバイクが事故らないように最低限はアシストしてくれるし、最悪事故ったとしても、俺と朔夜は多分死なない。
(いやいや、縁起でもないこと考えるな……)
決闘前に事故起こして負傷なんて、さすがに洒落にならない。
今はひとまず、決闘のことを第一に考えよう。
「おっ、おいお主、あれがそうか?」
「あん? 悪い、風でなんも聞こえねぇ!」
「あ れ が も く て き ち の ス タ ジ ア ム か !?」
「そうだよ」
「せめて何かツッコめ!!」
どうやら朔夜渾身のボケをスルーしていたようだ。
まあそれはともかく、たしかに目的地はすぐそこまで迫っていた。
カルキノス連邦都市部に位置するスタジアム、『
競技場然としたあのスタジアムが、俺たちの決闘場所だ。
わざわざ俺たちの拠点から近い場所を指定してくれたのかはわからないが、おかげで少し時間に余裕が持てた。調整後の《
ここまで来たら、試合開始前までの時間も有効に使いたい。
「……少し飛ばすぞ。掴まれよ」
「ふぁ? わっ、ちょっ、まああああああああ!?」
目的地はもう、すぐ目の前だ。
一段階スピードを上げて、バイクは疾走する。
***
ものの数分でスタジアムに到着し、俺はバイクを駐車場に停めた。
まだ観客は入場時間前なのか、ちらほらとスタジアムの前でたむろしている人たちが見受けられる。見つかると何かと面倒なので、素早く朔夜を抱きかかえてそそくさと入場ゲートへと向かった。
そこには二人の黒い服の巨漢が、門番のように立っていた。
「お前たちが、【
見定めるような視線を向けられた。
俺は丸太のように抱えた朔夜を降ろして、はっきりと答える。
「ああ、俺たちがそうだ。Zainはもう来てるのか?」
「……兄貴なら、一時間前に会場入りしてアップを始めている」
「い、意外と殊勝な奴なのだな……」
「お互い、気合いは十分ってとこらしいな」
現在、時刻は8時半前。
試合開始の10時まで、かなり猶予がある。
この時間でコンディションを整えておく必要がありそうだ。
「フン……兄貴を前に、逃げなかったことだけは評価してやろう」
「さあ、お前たちも入れ。控え室は用意してある」
二人の男が慎重にゲートを開いた。
俺たちのための道が開かれ、少し息を呑んだ。
ここを通れば、もう戻れない。
結果だけを手に、俺たちは帰ることになるだろう。
ただ、それでも。
「準備はいいな? 朔夜」
「そう何度も訊くな。万端だ!」
俺たちにはもう、退路はない。
ここで全力を出し切って帰るだけだ。
ゲートをくぐって、俺たちは堂々と歩を進める。
来たる決戦まで、あと1時間32分――。
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