Ep.22 助言

「何しに来た、多々羅タタラ


 サングラスの奥の瞳が、男を睨めつける。

 多々羅と呼ばれた金髪の男はそれを気にすることなく、飄々としたままZainに歩み寄った。【Desperado】のメンバーたちは警戒して《武器ソティラス》を構えるが、Zainは視線だけで彼らを制する。


「そんな邪険にすんなよぉ〜。俺らの仲だろ〜?」

 

「生憎だが、テメェと親友フレンズになった覚えがねェな」

 

「そうかそうかー、そうだよなぁ。俺たち順位ランキング三つも離れてるもんなぁ?」


 三白眼を細めて、金髪の男は挑発的に笑ってみせた。

 彼の名は『多々羅たたら』、世界ランク4位のDプレイヤーである。

 

 多々羅を取り囲むメンバーたちは揃って顔を歪めるが、長であるZainは毅然として腕を組み、リングの上から彼を見下ろしていた。


「よくもまァ順位だけでそこまでイキれるもんだな、“Kid”」

 

「ははは、実績でイキって何がワリーんだよ〜。潰すぞハゲ」


 リングの上と下、二人の強者の間で激しい火花が散る。

 表情にこそ現れないが、両者の対立は誰の目にも明らかだった。

 

「順位が気に食わねーんだったらさぁ、今そこでるか〜?」

 

 外套コートのポケットに両手を突っ込んだまま、多々羅は視線でリングを指した。黙って見ていたメンバーたちが流石にざわつき始め、Zainの返答に一層の注目が集まる。


 それに対しZainは、


らねぇよ。ウチのリングが汚れるだろうが」

 

「はは、手厳し〜。引退直前に黒星つけんのがそんなに嫌かぁ?」

 

「安い喧嘩は買わねぇっつってんだ。“Fuck off”」


 どこまでも逆鱗の隣をなぞるような多々羅の発言を、Zainは一蹴した。自らを「信仰」するメンバーらの前で、安々と敵の挑発に乗るような真似はするべきではない。自分のメンツを守るためにもだ。

 

 これ以上は無駄と察した多々羅は、小さく舌打ちをする。


「そーいえば、明日は“引退試合”らしいじゃねーの。キンチョーしてる?」

 

「誰がするかよ。オレは待ち遠しくて仕方ねェぜ」

 

「ウケるわ、日和って引退選んだクセに何言ってんだよ〜」


 そのとき、リングの近くから人影が動いた。

 しびれを切らした大柄な男は、片手で多々羅の胸ぐらを掴み上げる。


 

「あと一度でも、そんな憎まれ口を叩いてみろ。

 ここにいる全員がお前の首を折りに集まってくるぞ」

 

 

「ザコがしゃしゃんなよ〜。うぜーなぁー」

 

せ、ランドー。Kidガキの戯言だ、言わせとけ」

 

「……チッ」


 Zainの親友にして側近であるランドーは、静かに手を離した。

 乱れた衣服を整えながら、多々羅は退屈そうに息を吐く。


「王サマは大人だなぁ〜。DJのくせにつまんねぇー」

 

「そうかよ。んじゃあさっさとお仲間んとこに帰りやがれ。目障りだぜ」

 

「言われなくても帰りま〜〜〜す」


 再び外套コートに両手を突っ込み、多々羅はふらふらと歩いていく。

 途中幾人ものメンバーに睨まれるが、気にも留めなかった。全員最初から、彼の眼中にはないのだ。Zainをも凌ぐといわれる圧倒的強者である彼にとっては、蹂躙すべき有象無象でしかない。


 出口のドアの前に立って、多々羅はふと振り向いた。


「あと、これはオレからの助言なんだけどさぁ〜」

 

「あん?」

 

 どうせ戯言であると知りながらも、Zainは彼の言葉に耳を傾けた。

 多々羅は頬を歪めて、歪な笑みを作る。



「あの白いおチビちゃん、まだ他にも能力ちからもってるっぽいぜ〜。『黒狐』にご執心するのもいいけど、出し抜かれて無様に負けたりしないようにな〜。んじゃ〜!」



 どこまでも飄々として、多々羅は去っていった。

 忠告ともとれる彼の助言に、Zainは心のなかで舌打ちをした。




      ◇◇◇




 2027 7/10 17:16

 カルキノス連邦領第13廃棄地区 東の広場




 ジャンヌさんの頭上を、高熱を伴った光線が通過する。

 

 赤黒い光線は真っ直ぐに空へと伸び、その中途にあった高層ビル二棟を大きく削り取った。人気ひとけのない廃ビルが遠くで崩れていく様を、俺と朔夜は茫然と眺めていた。


 両手に構えていた二丁の《ベイオウルフ》から、火花が上がる。

 莫大な出力に耐えきれなかったのか、しばらくして二丁とも機能を停止した。銃を下ろした俺は、未だ息の上がっている朔夜と並び立つ。


「い、今のは……」

 

「で、きた……のか……?」


 

 俺と朔夜の力を合わせた、正真正銘の新技。

 ついにモノにした、俺たちの新しい力――。


 

 気分の高揚が収まらなかった。


「ハハッ……今のは、なかなかいいんじゃないか?」


 ジャンヌさんは満足気に、俺たちに笑顔を見せた。

 刃の欠けたバスターソードを地面に突き刺し、誇らしげに言い放つ。


「合格だ。今のあんたたちの力なら、DJ Zainなんて屁でもないさ」


 今日初めてもらった、ジャンヌさんからの褒め言葉。

 嬉しさと達成感がこみ上げ、不意に頬が緩んでしまう。


 最終戦、あれは確かな手応えがあった。

 朔夜と俺の気持ちが、シンクロしたような気がした。


 勝てる。今の俺たちなら、Zainにだって。

 そんな調子のいい言葉が、今は過言ではないのかもしれない。


「ふぁああああ……やっと終わったのだぁああ……」

 

「だな……さっきの感覚忘れんなよ、朔夜」

 

「忘れるわけないだろ! それより腹が減った! 飯だ飯だ!!」

 

「もう飯の話かよ……」

 

「今日は朔夜もよく頑張ったねぇ。前祝いってことでご馳走してやるよ」

 

「ならわらわは肉が食べたいのだ!! さーろいんがいいのだ!!」


 疲れている様子の朔夜を背負って、俺は歩き始めた。

 相変わらずこいつの贅沢は留まるところを知らないが、決闘の前日くらいはたらふく食わせておいてもいいだろう。明日になってエネルギー不足なんて事態は俺だって困る。


 そもそも、で済むなら安いものだ。


「さぁて、今日は腕によりをかけようかねぇ!」


 大剣を携えて店へと向かう店長に続いて、俺は歩く。

 夕日に照らされる廃れた街が、今は少し輝いて見えた。




      ***




「……すみません、今っていてますか?」


 朔夜が《ENZIAN》で夕食をとっている最中、俺は店を抜け出していた。

 一人で陽の沈みかけた街を歩き、とある店の前で立ち止まる。


 さびれた看板には、《ジャンク屋 フルメタル》とあった。


「おう、やってるぜ。ちょっと待ってな……」


 店は半分ほどシャッターが閉まっていたが、中にいたタンクトップの男が手動で開けてくれた。ヘアバンドで茶色の髪をかきあげた彫りの深い顔の男は、俺を見るなり目を輝かせる。


「おお、たしかあんたは【黒狐】の! あんたもやっと、ウチの品に興味がでてきたのか!?」

 

「興味……というか、見てもらいたいものがあって」

 

「ほう? なんだ、修理の依頼か!?」

 

「まあ、そんなところです」

 

「よっしゃ、任せな! ジャンク屋ダリルの修理の腕は世界一だぜ!」

 

 そう言って、店主は俺を快く店に招き入れた。

 店の中には《武器ソティラス》の改造パーツをはじめ、車やバイク、家電など多種多様なジャンクパーツが所狭しと並んでいた。ジャンク屋を名乗るに恥じない凄まじい品揃えだ。


 以前から店の前を通ることがあり存在自体は知っていたのだが、実際に入ってみるのはこれが初めてだった。決闘を前に、少しでも《武器ソティラス》のコンディションを良くできればと思った次第だ。


 その場で【武装構築コンストラクション】を行い、銃を店主に見せて相談してみる。


 


「技の出力に耐えられない?」


 店主の問いに、俺はただ頷いた。

 彼のグローブをつけた手には、俺の主武装である《ベイオウルフ》が握られている。俺が彼に頼んだのは、「修理」ではなく「改造」と言った方が正しいかもしれない。


 原因はもちろん、先程生まれた「新技」だ。


「もともとの機能にある変形ありのビーム砲は大丈夫なんですけど、それ以上の火力を出す技ができたので、その出力に耐えられるようにしたいんです」

 

「その技ってのは、あれか? あの白い巫女服の嬢ちゃんとの……」

 

「はい、“連携技”ってとこです。映像データならありますよ」

 

「ほう、見せてくれ」


 どうやらこの店主は、俺たちの活躍を知っているらしい。

 明日に迫る決闘のことを話したら、顔色を変えて急ピッチで改造を行ってくれることになった。こんなことならもう少し早く頼むべきだったと後悔する。


 映像と銃を見比べながら、店主は作業に取り組む。


「これはたしかに、銃のスペックが追いついてねぇな。こんな大技出したあとで主武装がダメになっちまったら、それこそ大ピンチだ」

 

「やっぱり他の銃に変えた方がいいですかね……」

 

「いや、それでもこいつァ片手銃カテゴリの中では一番口径と威力がデカい。安定を最優先に考えるっつーならデカい対物ライフルみたいなのが必要になってくる。それじゃ元も子もねぇだろう?」


 それに、と店主は目を細めて銃身に触れた。


 

「こいつァなによりも、使い手に愛されてる。《武装ソティラス》にはもちろん傷は残らねぇが、それでも俺には理解わかんだ。相棒を捨てろなんて無粋なことは、あんたには言えねぇ」


 

 その一言に、俺は心が熱くなる思いだった。

 この人になら任せられる、同時にそう確信する。


「ダリルさん……」

 

「そう堅苦しく呼ぶな、『おやっさん』でいい。それとあんた、サブスロットにブレードがあっただろ? そいつも貸してみな。あんたのスタイルに合うように、できる限りの調整はしてやるよ」

 

「ありがとうございます。あの、代金は――」

 

「そんなのは後でいいさ。そうだな……明日の7時までには間に合わせる。決闘の前に、ウチに寄って取りに来てくれ」

 

「っ……はい。お願いします」

 

「おうよ。おまえ、今日はよく寝とくんだぜ?」

 

 俺は今日は徹夜だけどな、と店主はカラカラと笑った。


 ブレードも調整のために預けると、彼はまるで火が点いたように自分の世界へとのめり込み始める。ジャンクパーツに囲まれて調整作業に打ち込む店主の背は、まさに職人のそれだった。


 作業の邪魔にならないよう、俺は礼を言って店をあとにした。

 明日の朝一番の用事ができた。



 

      ◇◇◇




(なんだかんだ、上手くいきそうだな……)


 時刻は18時過ぎ。俺はログアウトして現実に戻っていた。

 

 調理の音が微かに聞こえるリビングに向かうと、キッチンに幼馴染みの理優りゆがエプロン姿で立っているのが見えた。揚げ物をしているのか、熱された油がパチパチと音を立てている。


 箸やコップを食卓に並べるついでに、理優に訊ねた。


「今日は何作ってるんだ?」

 

「今日はね〜、ワカサギの唐揚げだよ!」


 こちらに振り向いてそう答えた理優は、心なしかご機嫌に見えた。

 さっきは鼻歌まで歌っていた。何かいいことでもあったのだろうか。

 

「ワカサギか……それって姉貴が好きなやつだろ?」

 

「そうだよ〜」

 

「なんで姉貴がいない日に作るんだ?」


 俺の問いかけに、理優は小首を傾げる。

 

「え?」

 

「……え?」

 

「なんでって……今日は詠月えるなさんが帰ってくる日でしょ?」


 理優の言葉に、俺の思考は止まった。


 

 詠月えるなというのは、俺の姉貴の本名だ。


 

 姉貴が帰ってくる。

 そうだ、バンドのライブツアーが一昨日で終わったから……


「ゆうくん、もしかして忘れてた……?」

 

「…………」

 

 明日の決闘のことで、頭がいっぱいだった。

 いや、そんなの言い訳に過ぎない。


(やべ……)


 俺の記憶力は、やばい。



 


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