捌の弐 呼ばれざる者の呼び声
結界の内部は、魔界だった。
内部の立ち木や燈籠が、およそ有り得ぬ形に歪んでいた。
渦巻く槍のような梢と狂人の泥細工にも似た形の石組みの間に、生き物の臓腑の一部のようにも見える飛び石が点々と続いていた。
取り敢えずは寺の本堂に向かっているらしい。
「あっ……止まれーーー!!」
千春が言霊で縛ったのは、空中でのたうつ、人間の目だらけの巨大なヤスデのようなモノだった。
口に当たる部分が棘の花のように開いており、目から奇怪な光をぴかぴかと放っていた。
光に照らされた近くの木が灰になる。
空中でがくんと止まって地面に落ちたそれを、花渡の神刀が真っ二つに断ち斬った。
それは即座に塵となり消えてゆく。
「なかなか強力なモノがいるようだな」
「五人揃っていればモノは問題なかろうが、厄介なのは……」
頷き交わす陣佐と黒耀の言葉の意味を、女衆も理解していた。
「多分、宮本武蔵はここに逃げ込んだのだろうな」
遠慮して口にしない仲間たちに代わり、花渡は自ら切り出した。
「自分としては、何で奴が『呼ばれざる者』に魂を捧げたのか、聞き出したいところであるが、ま、無理は言うまい」
武蔵は名声が欲しかったはずだ。
いや、既に十分持っていた。
なのに、選んだのは仕官でも何でもなく、『呼ばれざる者』に帰依し、モノの仲間になり果てること。
第一、今まで奴はどこにいて、どうして崇伝と関わったのか。
「こればっかりは本人に訊くしかないだろうさ」
殊更気楽そうに、青海が口にした。
「実力じゃあんたの方が大分上だそうだから、見付かりさえすれば簡単に締め上げられるだろうけどねぇ」
確かにそうだ。
あの時、花渡は武蔵を簡単に斬り伏せた。取り逃がしたのは単純に相手の逃げ足が速かったのと、驚いたからだ。
「ねぇ!!」
千春が警戒の叫びを上げた。
目前に迫った本堂の入り口に、うぞうぞと蠢く影が無数にあった。
それなりに大きな本堂とはいえ、これだけどこから出てきたのかと思う程のモノまたモノだ。
まだ入り口から吐き出されてくる。
水晶の数珠に似たものに人間のしなびた頭を付けたモノ、人間の顔に嘴、ぎらぎらした色に輝く羽毛の巨大な鳥のようなモノなど、見ていると頭がおかしくなりそうな見た目ばかりだ。
「ふん、こっちが来たのを崇伝さんとやらはご存知だな」
花渡が神刀を構えた。
ニヤリと笑う。
「ここは地相が歪んでおる。崇伝がおるのは、多分本堂の奥深くじゃろう」
これだけモノが溢れているなら、あれだけの奥行きしかないのではあるまい。
そう言って黒耀は手の中に「無」を作り出した。
一気に放つ。
解き放たれた無は音もなく奔り、前にいたモノの群れを三分の一ほど消し去った。
「全く、予想はしていたものの……!」
陣佐が炎の巻きついた剣を打ち振った。
炎が剣の軌跡に沿って扇状に広がり、消えた仲間など気にせず殺到しようとしていたモノの群れを爆発的に焼き、一瞬で灰に帰した。
「ふう、やれやれ。仕上げはあたしかい?」
青海がゆったりと扇を動かした。
あるかなきかの微風が広がった、と思いきや、瞬時に有り得ぬ巨大さの水の塊――津波がモノに押し寄せた。
浄化を司る海の力は、モノを巻き込み振り回し、津波が消え去った頃にはモノ自体も、まるで青に溶けたように消えていた。
「あたしの出番がなーいー」
「私もだから気にするな」
千春と花渡がぼやく。
御霊士たちの目の前に、モノが消え去った後の本堂が残った。
青海の津波で扉がぶち壊され、中身が露わになっている。
「何だこれは……?」
花渡が思わず呟く。
中身は本来そうだったのであろう本堂とはまるで違っていた。
床が石造りとなり、元は本尊があったであろう場所に大穴が開き、階段が設えられていた。
地下へと続いている。
瘴気はそこから噴き出していた。
「崇伝はこの下、という訳か……」
花渡は右手の神刀を握り直した。
「あれ? おかしくない? 寺の本堂を、いつこんな風に作り変えたの?」
千春が訝しむ。
幕府の許勅を得て建造した寺に、こんな大胆に手を加えることは難しいはずである。
「作り変えたのではない……自ずと変わったのじゃ。ここはモノが普段いる地獄とも言うべき異界と繋がっておる。ここは、半分異界なのじゃ」
答えたのは黒耀だった。
目の光が厳しい。
「じゃ、この下をずっと行けば、『呼ばれざる者』のとこまで繋がってんだねぇ」
涼しげに呟いた青海であるが、目つきは険しかった。
「今繋げている最中とかではないのか? 花渡の見た夢では腕一本だけが出ていたのであろう? 完全に繋げればご本尊が丸ごとお出ましだとか、そんな仕組みではないのか?」
陣佐がうっそりと黒耀を振り返った。
黒耀は頷く。
「多分、陣佐の推測通り、ここは『呼ばれざる者』と現世とを繋ぐ通廊の役目を果たすための場所なのじゃ。じゃから、普段は『呼ばれざる者』近くにいる強力なモノが這い出て来ておる。崇伝はその最も近く、すなわち最奥で呪法を使っておるのじゃろう」
全員が、目配せしあった。
「行くしかないようだね」
青海がふわりと扇で扇いだ。
「私と陣佐が前に出て、千春たちは後ろで術を使ってもらった方が良いだろうな」
花渡は陣佐から順繰りに仲間を見回した。
「……行くぞ」
黒耀が仲間たちを促した。
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