第50話 真夜中の侵入者

 王都は辺境伯の軍に占拠され、王宮は孤立状態にあった。


 辺境伯の軍は現国王の退位を要求するが、王家はそのあとの処遇を恐れ、受け入れるべきかどうかの決断がまだできずにいた。


 そんな状況下においてまだ五歳のラザール王子のことを気にかけるものなど王宮内には誰も居なかった。


 王家の慣習に従って、ラザールは生まれた時から両親と引き離され、離れの王太子宮で育てられた。


「この子がちゃんと呪われてくれさえすれば……」


 期待通りの子を産まなかった妻とその不貞を疑った父との間に二人目以降の子が生まれることはなかった。


 物心がつくと、両親や祖父母が自分を疎んじていることがラザールは理解できるようになった。


 そして、両親や祖父母が彼を軽んじていることが召使らに伝わると、仕える態度もそれなりになる。

 着替えや食事などの身の回りの世話すらも手を抜いたり省いたりするようになり、また王子の私物もろもろを失敬するような不心得者まで出てきていた。


 第一王子でありながら、王太子宮での幼いラザールの生活はサバイバルであった。


 そんな中勃発したクーデターで王宮が軍に取り込まれ王家の人間がみな命の危機にさらされている、と、いわれても、冷たい両親や祖父母を心配する気はラザール王子には起きなかった。


 彼にとっては自分自身が『王族』というやんごとない身分であることすらピンとこない事実であったのだから。



 膠着状態の中、人々が寝静まっていた夜。

 それは月の明るい晩だった。


 ふと目が覚めたラザールは王太子宮の庭に何か大きなものが下りてくるのに気が付きバルコニーに出てみた。


 大きなトカゲに羽が生えた変わった生き物だった。


 その生き物の上に人間の男女が二人乗っていて、生き物から降りるとそれを小さくして肩に乗せた。


「ここは変わりませんね」


「ああ、ここまではまだ兵が入り込んでいないようだな」


 男女が周囲の様子を見回し言う。


 そしてバルコニーの上から少年が様子を見ていることに気づいた。


「誰ですか?」


 見られていたことに気づいた男女は、まずい、と、言う風に顔を見合わせた。


「すまない、危害を加えに来たわけじゃない。このことは黙っていてくれるとありがたいのだが……」


 男が少年に言った。


 人並外れてきれいな顔立ちのその少年が何者であるかは、不法侵入の男女にも理解できている。


「いいですよ、あの……、さっきの生き物、近くで見てもかまいませんか?」


「ああ、いいけど……」


 なるほど、子供としてはそちらに方に興味があるのか、と、男は納得し、再びその生き物を大きくし、かつて自分の部屋だったところのバルコニーまで飛んで上がろうとした。


 だが、それをするより早く、少年はバルコニーから飛び降りた。


 危ない、と、言う顔をした男女をしり目に見事に着地した少年が二人に言う。


「平気ですよ。いつも食事や僕の持ち物を隠す使用人たちを出し抜いて、それらを取り戻すのに、このくらいの跳躍、できなきゃやってられませんから」


 少年はずいぶん運動神経がいいようである。


 ただ、それを鍛えざるを得なかった環境の過酷さに男女は絶句した。


 子供らしい好奇心で人懐っこい魔獣を観察する顔には無邪気さが見て取れることには、彼らも少しほっとしていたが……。


 少年は魔獣を一通り観察すると、それに乗ってきた男女の顔を見ておずおずを質問した。


「あ、あの……、もしかして、僕の本当のお父さんとお母さんじゃないですか?」


「「!!!」」」


 突然の質問に男女はうろたえた。

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