第39話 通じ合う心

「あ、あの……、ベネット様、これは……」


 後ろを振り向くとベネットが立っていたので、メルは激しくうろたえた。


「信じられない、呪われた存在を……」


 オーブリーが茫然とつぶやく。


「何度でも言います。私とあなた方では価値基準が違う。ベネット様はこの王宮で一番素晴らしい方です。たとえ、王太子の座を辞してもずっとそばにいたいと思うほどに」


 オーブリーは黙って部屋を去っていった。


「メル、あの、今の言葉は……、その……、オーブリーを追い払うために言っただけなんじゃ……」


 部屋に残ったベネットもまた信じがたいことを聞いたという顔をしてメルに語りかける。


「オーブリー様に早く部屋から出て行ってほしいとは思っていましたが、今言ったことは、その……、全部本当のことです……」


「信じ……」


「ごめんなさい、ベネット様にとっては迷惑な話でしたよね!」


「迷惑だなんて、僕は一刻も早く君を解放してあげなきゃと思っただけで、邪魔だなんて思ったことは一度もない。君と一緒に過ごす時間はとても楽しくて、えっと……」


「ベネット様……」


 誰かに好意を向けられることに慣れていない者同士がぎこちなく手を取り合った。




「なんだかうまくまとまりそうですよ」


 扉の陰から様子をうかがっていたばあやら三名が胸をなでおろす。


「まったくやきもきさせやがって」


「この分だとこの国からの脱出の旅が彼らの新婚旅行になりそうね」


「ああ、そのつもりで準備をしてやらなきゃな」





 その数日後、再びメルの執務室にオーブリーが訪ねてきたので彼女は身構える。


「今日はその……、お別れのあいさつに来ただけなので……」


「へっ?」


 オーブリーの言葉にメルはきょとんとする。


「実は辺境伯のところに婿入りすることが決まりましてね」


 辺境伯とは、魔王メディアが住まう嶮山とは逆方向の他国との国境の山岳地帯を治める領主であり、国防のかなめとして重要視されている存在である。


「領主には娘が一人しかいないので、王家から婿入りすることでつながりを持とうという両家の……」


「まあ、オーブリー様はそれでよろしいのですか?」


 貴族の結婚に個人の意思は反映されにくい、メルもそうだったし、とはいえ、一応心配することにした。


「価値基準がどうとか、この前メル殿はおっしゃってらっしゃったでしょう。私も考えると、両親やクレールとは価値基準が違うけれども、ベネットのような扱いをされることは恐れてそれに合わせていた。まあ、私の価値基準云々はメル殿のそれともまた違うのかもしれませんが……」


 たしかに、呪いが生み出すと身を享受してただ贅沢に暮らすことに価値をおく国王夫妻や第三王子に比べると、第二王子のオーブリーはまじめな感じはしたが……。


「それで婿入りが決まる前に辺境伯や娘とも話をしてみたら、なんだか、家族よりも気が合いそうな気がしてきましてね」


「まあ、それでは、嫌な相手というわけではないのですね」


「ええ、自身の焦りからかメル殿にはいろいろとご迷惑をかけたので、一言おわびとあいさつをと……」


「いえ、むしろ、逆に自分の気持ちに気づかせていただけましたので……」


 あの時の発言をメルは思い出し再び恥ずかしくなった。


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