第35話 テティスとの会話より

「このことはベネット様に報告したほうがいいのでしょうかね? いやいや、そうしたときにベネット様がどういう反応をお示しあそばされるか、私にも想像できませんしね」


 話を聞かされた時ベネットは?


 激高してオーブリーにケンカを売る?


 それとも、メルを譲りたいと頼みに行く?


 どっちもありそうで、怖い……。


「まあ、メルさまがその気になってらっしゃらないようですし、しばらく様子見で行きましょう」


 そう、ばあやは結論を出し、王太子夫妻用の部屋に戻っていった。



 

 さて、メルの方であるが、ばあやの目を盗み、コッソリ隠し通路から抜け出し再びテティスに相談に行った。


「自活の方法ね?」


「はい、ベネット様のお荷物にならない方法が何かないかと?」


「貴族の令嬢なら刺繍とかレース編みとかはどうかしら? あとは、楽器の演奏、礼儀作法の先生など需要があるかもしれないわ。私たちの国は平民にも富裕層が多いから、貴族が伝統的に身に着けていたものを知りたがる人は多いのよ」


「なるほど、刺繍なら得意です!」


「でもさ、家族の元に帰るのが嫌なら、王様に頼んであなた個人の名義の屋敷をもらうとか、いろいろやりようはあるんじゃないの? どうしてベネットと一緒に平民になりたいの?」


「えっ?」


 テティスの問いにメルは驚く。


「今まで気づかなかったの? 屋敷だけじゃなく領地を賜るって方法もあるわよ。あなたは自分の身を犠牲にして嫌な役割を引き受けてくれたっていうのが王家の認識でしょ。だったら、そのくらいねだってもいいんじゃない? 王家が渋るようなら、あたしも一緒に言って国王に圧かけてやってもいいわ。それから、実家がそれでもあなたの権利を侵害しようとするときに備えて、契約書などもしっかり作って防御ね」


「そんなこと考えてもみませんでした……」


 メルは思案した。


 ベネットと離婚したら、メルの立場は貴族の未亡人みたいなものになる。


 未亡人が一人で細々と小さな領地を治め、数名の使用人らとともに生活している事例はいくらでもある。


「あまり、気が乗りません……」


「どうして? どういうところが? 他国で平民として生きる方が難易度が高いのに?」


「そういえばそうですね。ベネット様には迷惑がられているのだし、それしか……、でも……」


「あの、そのベネットが迷惑がっているってとこ自体、彼がそう言ったわけじゃないでしょ。もう一度、そこのところもよく確かめた方がいいわよ」


「ベネット様は私がこの国に残るのがお望みのようでしたし……」


「その残った方がよいというベネットの気持ちが『迷惑』ゆえの事なのかどうかを確かめた方がいいってことよ。今あなたの前にある道は二つ。ベネットと一緒に他国にわたって平民になるか、この国に残って貴族のままでいるか。その決断の決め手としてベネットの気持ちが重要だというなら、もう一度ちゃんと確かめることをお勧めするわ」

 

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