第15話 二人のディナー
「サモワ様、お花はこのくらいでいいでしょうか?」
侍女が庭から切り取ってきた薔薇の花を抱えてサモワに尋ねた。
「ええ、そうね。この真ん中が淡い桃色のクリームイエローの薔薇は可愛いわ。愛と言えば深紅だけど、あまりあからさまにするのもね。初々しいお二人にはそのくらいがちょうどいいでしょうね、ほほほ」
サモワは上機嫌で薔薇の花を部屋の各所に活けて飾るよう指示した。
先だってのアクタラッサの食材関連のもめごとの後、王太子夫妻が独占的にその貢物を使うことを王家の人間にも了承させた。
めったにない料理が提供される席、ならば最大限に良い雰囲気にして盛り上げなければ、と、サモワははりきっていた。
王太子夫妻の私室のテーブルの上にもその薔薇を飾り、とっておきの食器を並べる。
部屋のすぐそばにある食堂でという手もあるが、むしろ、夫婦の部屋のテーブルの方がお互いの距離が近くて良いだろう。
執務に明け暮れているメルとベネットが留守の間にサモアは着々と準備を進めていた。
「お時間もちゃんとお知らせしていますし、さすがに今夜はちゃんと部屋に顔を出されますよね、ベネット様」
過去の経験もあり他人と一緒に食事をとることを避けたがるベネットが少し心配の種であった。
夕刻になりメルの方が先に部屋に戻ってきた。
「なんだか少し部屋の雰囲気が変わったような……」
部屋に入りメルが感想を漏らした。
「ええ、楽しいディナーになるように少しいじらせていただきました。お気に召したでしょうか?」
サモワがメルに尋ねた。
「素敵ね。考えてみればベネット様と一緒に食事なんて初めてじゃないかしら」
「そうでございましたか! ああ、執務のためのお衣装では食事の時は少しきついし少々地味ですわね。食事をとるときには楽だけどメルさまの魅力を最大限に引き立てるお衣装に着替えましょう。ささ、こちらへ。あなたたちも手伝ってちょうだい」
サモワがメルを彼女のクローゼットのある私室に引っ張っていき、ほかの侍女たちにも着替えの手伝いを促した。
「まあまあ、メルさまが以前刺繍をなされた薄紅色のドレス。濃い紅色の薔薇模様に縁取りには金糸を使われて、部屋の明かりに映えてきれいですこと」
着替えが終わったメルが夫婦共通の部屋に戻ってきたところで、ベネットも帰ってきた。
「おかえりなさいませ、準備はもう整っておりますよ」
「そうか、では、上着を置いてくる」
ベネットは自室に戻ると上着を脱いでシャツを着替え、さらに食事用なのか、仮面を顔の上半分だけが覆われたものに取り換えてきた。
「それではどうぞお楽しみください」
ばあやのサモワは気を利かせ、給仕係以外は部屋に誰も居ない状態にした。
「本当にとても美味しいですわ!」
「気に入っていただけて良かったです」
食事の時は始終和やかな雰囲気で流れた。
ベネットがメル自作の刺繍を誉めると、メルはベネットの好きな意匠を聞いた。
メルの意図にベネットははにかんだ。
「あの、ベネット様。少し気になることが?」
穏やかに過ぎるディナーの時であったが、メルは先ほどからベネットの顔を観察して気づいたことを思い切って尋ねてみることににした。
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