第6話 ばあやの大きな独り言

「不公平なものですか! これらの衣装は王太子妃になられる方ゆえ進呈したものでございますよ」


 ばあやのサモワが横から口をはさんだ。


「ええ、そうね。ありがたいことに。昨日はいきなり王宮に残ると言われて着替えもなくて途方に暮れたわ。今日はそれに気づいて持ってきてくださると思っていたのに手ぶらでやってきて……。しかも私の不便をおもんばかって提供してくださった衣装を横取りしようなんて」


 メルはさりげなく実家の人間たちの気遣いのなさをあてこすった。


「由緒ある侯爵家のご令嬢が手癖も悪い上に人の物を欲しがる乞食根性丸出しとは! こちらのお嬢様は謙虚でしっかりした方なのに姉妹でも違うものですね。あら、失礼、独り言ですが声が少し大きすぎましたかね」


「なっ……!」


 ばあやの大きな声の『独り言』にエメは羞恥で顔を真っ赤にしながら小刻みに震えた。


「お母様ぁ……」


 エメがメルに言い負かされて返す言葉がなくなったときの泣き落としの前の口調が始まった。


「メル、あなたそれが妹に対する態度なの。冷たい子ね」


 王太子付きのばあやに対しては母もどうすることもできない。


 だからより弱く御しやすい方に照準を合わせ、母はメルの妹に対する態度の『冷たさ』を責めたてた。


「おやおや、侯爵家では姉妹の物を強奪しようとする娘に道理を言い聞かせることを『冷たい』と表現なさるのですか? 王家を始め他のところとは一味違う感覚を持ってらっしゃるのですね。ほほほ、また大きな独り言を」


 母の方もばあやの言葉で返す言葉を失うのだった。


「ところで、何の用。私の荷物を持ってきてくれたわけでもなさそうだし?」


 これ以上、王宮で提供された物について話していてもきりがないとメルは思い、話題を変えた。


「一応、あなたの様子を見に来ただけよ。それが王宮に出入りさせてもらえる理由ですからね」


「そうですか。様子をという割には、お父さまがおっしゃってたことも忘れたご様子ですね。まあ、着替えはあなた方が身に着けている物より上質なものを提供されたのでもう必要ありませんが」


 とりあえず見に来てやった感満載の母の言葉にメルは言い返した。


「お飾り王太子妃のくせに偉そうに」


 エメがメルの言葉に反応して忌々しそうにつぶやいた。


「もういいわ。役目は果たしたのだし、エメ、行きましょう。確か王子様達は今は中庭で剣の訓練をされているお時間だそうよ」


 うんざりした顔で母はため息をつき、愛娘エメに声をかけた。


 うんざりしているのはこっちもだ、と、メルもため息をついた。


「メルのをうらやましがらなくても、あなたが本当の王太子妃になればもっといいものを手に入れられるでしょう」


 あてつけがましく母はエメを慰めた。


「ふふ、そうね。考えていればその程度で自慢しているメルってみじめね。私はもっと上等で豪華なものを身に着けるわ。『本当の』王太子の妃になってね」


 ようやくプライドを回復したエメもメルに対して挑発的なセリフを吐いた。


「ああ、そうそう、忘れるとこだったわ。メル、あなたは明日から王妃様から直接王太子妃教育を受けなさい」


「えっ、でも、私は……?」


「いいから受けなさい! 時間は王妃様からそのうち指示が来るから。じゃあ、伝えたわよ」


 それだけ言うと二人は部屋から退散した。


 母の伝言にメルは疑問を持った。


 いずれは離婚する予定なのに王太子妃教育を受けるのか?

 時間は余っているから、まあ、いいけど……。


「なんとまあ、聞きしに勝る……」


 彼女たちが去った後、ばあやがまた大きな独り言を言った。


「ごめんなさいね。いろいろと不快な思いを……」


「いいえ、私のことならお気遣いなく。私以外にベネット様のお世話をすすんでする者はいないから、ちょっとやそっと強いこと言っても処罰されることありません。ベネット様がおっしゃったとおり、どうぞ私を頼ってくださいな」


「自分の味方になってくれる人がいるってうれしいものね」


 今度はメルが小さく独り言をもらした。


 しかもその味方は一騎当千のつわものと言ってもよく、心強いことこの上なしであった。



☆―☆―☆―☆-☆-☆

【作者メモ】

 ばあやは情報通なので侯爵家の姉妹差別のうわさくらいは聞いたことがあったのでしょう。

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