寝落ち
色々訊ねてみたい。
そんな衝動に駆られるけれど、具体的に何を訊きたいのか、上手く考えがまとまらない。きっと白熊さんの内面にかなり踏み込むことになるだろうから、一バイトとしてそういうのはよろしくない。
よろしくない。よろしく、ない、んだけど……。
──僕も父の日、苦手なんです。
そう言ったら、白熊さんは何て返してくれるんだろうか。
襖は当分開かない。何もしないでいる時間は無駄に消費されていくだけ。もうおしまいにしようと首を横に振り、タブレットを操作する。ドラマやアニメもあったけれど、言われた通りに映画を選ぶ。
日頃あんまり映画を観ないから、どれを観たらいいのかすごい迷って、結局、これでいいかなと適当に選んだ。『町内会壊滅録』という字面が面白かったものだから。
とある町内会では、現会長派と前会長夫人派で派閥争いをしていて、そこに筋骨隆々の若者が引っ越してきたことから、どっちの派閥に入れるかで揉めていく話みたい。町内会の平均年齢がちょっと高いな。
それをぼんやり眺めていく。最初は座布団の上に正座して。疲れてきてからは胡座。物語が進むにつれ、少し腰が痛くなってきたから、壁際に寄って背中をもたれさせて足を伸ばす。だいぶ楽になった。
『貴方と話していると、なんだか懐かしい気持ちになってくるの。まるで、亡くなった主人と話しているみたいな。心なしかね、顔も似ている気がする』
『……夫人、
『え? ……いた、いたわ、昔。そう、確か……主人にまとわりついていた女の……』
『夫人、その女は俺の母親なんですよ。そして父は、あなたの』
ドロドロだ。
観る映画間違えたかもしれない。そんなことを思っているタイミングで、襖が小さな音を立てて開いた。
「ただいま、あざらし君」
「お、おかえりなさい」
白熊さんはいつも通りの無表情。晒された右目に先ほどまでの冷ややかさはない。何を観ているの? と僕に訊きながら近寄ってきて、隣に腰を下ろした。
ふわりと、シャンプーのいいにおいが鼻に届く。家で使っているものとは違うにおいに、なんだかほっとしてきて、滑らかに口が動いた。
「『町内会壊滅録』、というやつです」
「知らないな、面白い?」
「ドロドロです」
取り敢えず一時停止して、ここまでのストーリーを話すと、それはちょっと面白そうだねと白熊さんは微笑み、そのまま一緒に続きを観ることになった。
最終的に、ゲートボール大会でどちらの派閥が若者を迎え入れるか決めるってことになったけれど、突如若者は町からいなくなり、大会は何の意味もなくなる。
お前らのせいでいなくなった、いやお前らのせいだ、みたいになり、殴り合いに発展。そしてエンドロール。
「すごかったね」
「はい、色んな意味で」
「あ、続編ある」
「正気ですか製作者」
「……狂気に侵されてないと、作れないんじゃないかな」
「えぇっ。やだな……」
何がおかしかったのか、片手で口元を覆い、白熊さんは静かに笑い出す。肩の揺れが激しい。よほどツボに入ったみたいだ。
背中を擦ろうか一瞬迷って、出過ぎた真似だなとやめておいた。
笑いが治まった所で、白熊さんはタブレットを操作する。間もなく、映像が再生された。
「続きも観ちゃおうか」
「本気ですか」
「もう再生しちゃったし」
「……ですね」
「嫌だった?」
「……ちょっと気になるので、観たいです」
「よし、観よう」
恐ろしいことに、『町内会壊滅録』シリーズは全部で五本作られており、二本目が終わった後は当然のように三本目が再生された。二本目はバイオレンス色が強かったけれど、三本目は話し合いによる駆け引きが多くなってきて、顔芸がいちいち面白いんだけど、観ていると徐々に瞼が重くなってきた。
「あのクッキー、美味しそうだね」
「……」
「あ、缶の底に札束入れてたんだ。景気がいいね。……あざらし君?」
身体が横に傾き、何かに軽くぶつかる。
……あったかい。
少し固いけれど、温もりがすごく落ち着く。
「眠くなっちゃった?」
「……くま、さん」
「何?」
「……おち、つく」
「それは良かった」
そこで記憶は途切れた。
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