上司の場合
「なんかぜんぜん大丈夫って言われましたけどお」
「オーナーは現場に出てないんだから問題点を具体的に伝えるようお願いしたわよね? 破損箇所の写真、見せなかったの?」
「なんか、忙しそうで」
「それはこっちだって一緒。何かあってからでは遅いのよ」
「じゃあ先輩が言ってくださいよお。あたしバカだし、若いから」
喋りながら爪をいじくるなと怒鳴りつけたい気持ちをぐっとこらえる。社内で大声出そうもんなら一発アウト。時代が違うのだ。
「伝える力を付けるのも大切なのよ。そうじゃなきゃ最終的に困るのはお客様でしょ。明日、私も一緒に行くからもう一度オーナーに、」
「あの」
「え?」
「すみません、もうすぐ十七時なんで。お先です」
さっと荷物を取り上げると、ストラップのないミュールをパタパタと鳴らして事務所を出て行った。沈黙、視線。ドッと疲れ、椅子に座る。
「お疲れ。マジやばいね」
差し出されたコーヒーをなぎ払いたい。この同期は八方美人だ。陰口は言う。
「頭痛くなるわ」
「気にしない方がいいよ」
じゃあお前が指導してくれんのか? 空気を読まず新作コスメがどうのこうのと話し出した同期を手で遮り、立ち上がった。
「何? どうしたの?」
「定時だから帰るわ」
「えっ明日の資料は?」
「和菓子食べなきゃ死ぬ」
終業のチャイムが鳴り、後輩をマネして気取るようにバッグを肩にかけた。私のハイヒールはかかとがすり減っていて綺麗な音が出ない。でも気にしない。勇ましいカツカツは現場に置いてきた。
「やってらんないわ」
新時代? 積み上げてきたものが違うだけだ。
夕日を背に早足でオフィス街を抜けた。
明日から頑張ればいい。
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