第30話 これはお姉様の罠! ※ロザリエ視点

 現在のレグヴラーナ帝国国内は荒れている。


 ――荒れている原因が、私とお兄様、どちらがお父様の後継者にふさわしいかだなんて!


 疑問に思うまでもない。

 後継者にふさわしいのは、どう考えても私でしょ?

 私のどこが気に入らないのか、貴族たちは反対し、皇帝に従わず、反乱を起こしそうになっているギリギリの状況だった。

 貴族たちの戦力あってのレグヴラーナ帝国。

 生意気な貴族たちは、帝国が豊かになるようにと、うるさく口出しするお兄様のほうを気に入っているらしい。

 私でなく、健康で優秀なお兄様が皇帝になるべきだと、貴族たちは主張している。

 それで、皇帝陛下であるお父様は決断した。


『ロザリエが後継者としてふさわしいと思わせるためには、強いところを見せねばならん』

『敵国へ行って、皇女の威厳を見せつけてやれば、貴族たちも黙るだろう』


 貴族たちに認めさせる必要があるのはわかるわ。

 でも、体の弱い私に、お父様は無理をさせないで欲しい。

 無理をすれば、血を吐き、苦しむのに、お父様は私の辛さを理解していない。

 お兄様を私の補佐として、ドルトルージェ王国行きに同伴させたのは、お父様の判断だった。

 

『お前一人で国境へ戻れ』


 それが、お父様から内密に伝えられている言葉だった。


 ――まさか、お父様はお兄様を殺すつもり?


 敵国で皇子が命を落としたとなると、攻め込む理由になるし、貴族たちも死んだお兄様を皇帝になんて、言えなくなる。

 お父様にとって、好都合なことばかり。

 私が気づくくらいだから、お兄様も気づいているはずだった。

 でも、お兄様は一言もそれを口にしなかった。


 ――きっと私の体を心配したのね。だから、罠とわかっていても一緒に来てくれたんだわ。


 お兄様は私が助けてあげる! 

 そして、お兄様は助けた私に感謝して、一生、私の補佐として、そばにいて生きていくの。


「ロザリエ? 挨拶をしなくていいのか?」


 お兄様が、私を呼んでいることに気づき、慌てて顔を上げた。

 王子の暗殺計画を企てたお兄様を歓迎するなんて、誰も思っていなかった。

 すでにドルトルージェ王国側の行動は、こちら側の予想を裏切っている。

 

 ――お姉様の力に気づいたということは、アレシュ様を殺すために送り込まれた妻だと気づいているはずなのに、嫌われている様子はない。


 むしろ、お姉様を敬い崇拝しているのだ。

 この国、なんだかおかしいわ……

 お姉様が毒の神の加護を受けていると知ったドルトルージェ王国は、大喜びしていると聞いた。

 その上、帝国の皇女、皇帝の後継者である私より、注目を集めている。 

 全員の視線は私ではなく、お姉様に向いていた。


「ロザリエ、元気にしていましたか?」


 私の目の前に現れたお姉様は、帝国にいた時より、ずっと美しくなり、淡い水色に染められたレースのサマードレスを身につけていた。

 白いレースのパラソルと手袋、ウエストリボン。

 長い銀髪は手入れされ、サラサラと音をたて、銀糸のごとく風になびいている。

 その隣には、金髪と緑の瞳をし、鷹を腕にとまらせ、圧倒的な存在感を持つアレシュ様。

 文句のつけようがないほど、二人はお似合いだった。


「あの、ロザリエ?」


 挨拶を返さない私に、不思議そうにお姉様は首を傾げた。

 幸せそうなお姉様にイライラした。


 ――こっちの体調くらい見てわからないの?


 お姉様の呪いのせいで弱った体は痩せ細り、疲れないように外出を控えているから、肌は青白い。

 髪はつやを失い、ばさばさしていた。


「嫌みなの? 私を弱らせるために、外でのパーティーにしたのかしら?」

「いいえ。適度な日光は体を健康にします。抵抗力を上げて、毒を抑えていく方法を……」

「お姉様に指示されたくないの! お兄様、気分が悪いわ! 日陰に連れていって!」


 ハンカチで口元を抑え、お兄様に指示すると、車椅子を押して、日陰へ移動した。

 ドルトルージェ王国の令嬢たちは、お姉様とまださほど仲がよくないようで、遠巻きにしている。


 ――ふふっ。これは、私の読みどおりね。


 お兄様が庭師のハヴェルをスパイとして、ドルトルージェへ送り込んだことは、監視の人間を通じて知っていた。

 だから、ハヴェルから連絡を受け、お兄様に報告した内容は、ぜーんぶ私に筒抜け。

 スパイを放ったお兄様が、スパイされるなんて笑っちゃうわ。

 だから、お姉様の行動もだいたい把握済み。

 難しい話はよくわからなかったけど、新婚旅行は楽しかったらしい。

 

 ――本当に気に入らないわ。一ヶ月も遊び回る旅行なんて、私でさえしたことないわよ!


 でも、それがお姉様にとって、弱点となることに、まだ気づいていない。

 一ヶ月も新婚旅行で不在だったお姉様。

 貴族令嬢たちのほうまで、信頼を築く時間がなかったようで、同じ年頃の令嬢たちは、お姉様を遠巻きに眺めている。


 ――数々のパーティーで鍛えた私の社交術を披露する日が来たわね!


「お兄様。同じ年頃の令嬢たちと、おしゃべりがしたいの。呼んできてくださる?」

「わかった」


 お兄様がドルトルージェ王国の令嬢たちに挨拶をする。

 結婚相手を探す場でもあるパーティーは、彼女たちのお目当ては私というより、お兄様。

 それが気に入らなかったけど、お姉様の悪口を吹き込むには、利口でない令嬢のほうがよかった。

 令嬢たちはミツバチのように、お兄様に群がり、私の元へやってきた。


「お呼び立てして、ごめんなさいね。体が弱くて、挨拶にうかがえないの」


 弱々しく言うと、令嬢たちは私の体調を気遣う。


「いいえ。体が弱いと聞いておりましたから、機会を見て、私たちから挨拶にうかがおうと相談していましたの」

「失礼でなかったら、帝国のお話を聞かせていただきたいわ」


 視線はお兄様のほうへ向いているくせに、よく言うわと思いつつ、笑顔を作った。


「帝国のお話? そうねぇ、お姉様の帝国での暮らしぶりを教えて差し上げましょうか」


 王太子妃が下働きの侍女以下の扱いだったとわかれば、彼女たちはお姉様を下に見るだろう。


「皇女なんて名ばかりよ。お姉様は満足に教育も皇女としての扱いを受けていなかったから、なにもできないの!」


 言い放った瞬間、ハープの演奏が始まり、全員の意識はお姉様のほうへ向く。


「まあ! シルヴィエ様は歌声だけでなく、ハープの演奏も素晴らしいのですね」

「見事ですこと」

「身のこなしも優雅で、憧れてしまいますわ」


 令嬢たちはうっとりとし、お姉様がハープを奏でる姿に魅了されていた。


「シュテファン様のヴァイオリンよ」

「可愛らしいですわ」


 第二王子のヴァイオリンが加わり、二人が演奏する姿を国王陛下と王妃、アレシュ様が眺めて微笑んでいる。

 それは、あたたかい家族の姿だった。


「シルヴィエが幸せでよかった」


 お兄様がそう呟くのが聞こえたけど、今のはお兄様の演技よね?

 思わず、吹き出しそうになった。

 帝国の人間で、お姉様の幸せを願う者などいない。


「ええ、そうね。#今は__・__#幸せそうね」

 

 すぐに引きずり落としてやるんだから!

 そう思いながら、お姉様の演奏が終わるのを待った。


「シルヴィエ様は薬草の知識もお持ちですのよ」

「頭痛に悩んでいた侍女に気づき、薬草を煎じ、症状を改善させたとか」

「お優しい方ですのね」


 お姉様は着実に、ここドルトルージェで信頼を得ている。


 ――なんなの……! うまくいかないわ!


 演奏が終わったお姉様は、優雅なお辞儀をしてから、こちらへやって来た。


「お待たせしてしまって、ごめんなさい」


 お姉様の演奏を聞きたい招待客が、残念そうにしていたけれど、それを申し訳なさそうに断り、私との会話を優先する。


「私の呪いが毒の神だったと、ロザリエに、ずっと説明したいと思っていました」 

「知っているわよ。毒の神の加護を受けているんでしょ?」


 お姉様は驚かず、静かにうなずいた。

 なんだか、お姉様は帝国にいた時と雰囲気が少し違う。

 以前から、落ち着いたところがあったけれど、王太子妃になったからか、威厳が備わり、堂々として見えた。


「毒の神の化身をレネと名付けました。とても可愛いのですよ」


 律儀に毒の神は挨拶しようとしたのか、お姉様の髪から、銀色の蛇が顔を出した。


「蛇!? 信じられない!」


 手で追い払おうとした私を見て、お姉様はさっと身をかわした。


「私に危害を加えると、レネは攻撃するので、気を付けてくださいね」

「私の体を蝕んでいるのは、呪いではなく毒だってこと?」

「はい。それも複雑で、解毒が困難な毒です」


 それはすでに身をもって知っている。

 お父様は高名な治癒師や薬草師を呼んだけど、誰も治せなかったのだから……


「ロザリエに会えたら、渡そうと思って、用意したものがあるんです」

「私に? なにをたくらんでるの?」


 お姉様は侍女が持っていきた銀のトレイから、茶色の小瓶を受けとった。


「解毒薬です」


 解毒薬だと言って、その茶色の小瓶を私に差し出した。


「これはドルトルージェ王国で調合した解毒薬で、なかなか手に入らない材料ばかりです。だから、ひと瓶しかありません」


 ――毒に決まっている!


 お姉様は私に復讐するつもりなのだ。

 

「少しでもよくなればと思い、医療院に無理を言って調合していただきました。こちらの国の薬草師はとても優秀で、私もいずれ薬草師になるつもりです」


 嬉々として語るお姉様が、ますます信じられなかった。

 皇女が薬草師を目指すなんて、あり得ない。


「そして、いつかレネの力を上回る解毒薬を調合できるようになりたいと思っています」


 私を毒殺しようとして、適当なことを言って、誤魔化しているんだわ!

 私の手に茶色の小瓶を握らせ、にっこり微笑んだお姉様。


「私を毒殺しようとしているくせに、よくそんな善人ぶった顔ができるわねっ!」

「毒殺?」


 茶色の小瓶を地面に叩きつけると、粉々に砕けて、破片が散らばった。


「ロザリエ! どうして……」

「わかってるのよ。これは毒でしょ?」

「違います! 試作品ではありますが、完全な解毒までいかなくても、改善にはなったはずなんです!」


 お姉様の悲痛な声に、ドルトルージェ王国の令嬢たちがいたわるように、近づいてきた。


「シルヴィエ様。破片で怪我をなさいますわ」

「あちらで、お茶を飲みましょう」

「きっとロザリエ様は気分がよろしくないのですよ」


 ちやほやされるお姉様を目の前で、見せつけられて、気分は最悪だった。


「みなさん。お姉様に騙されないほうがよろしくてよ? 私の体をこんなふうにしたのは、お姉様なんですの」


 令嬢たちが驚き、お姉様を見る。


「毒の神の力を利用し、私を殺そうとしたのよ!」


 しんっと静まり返った。

 令嬢たちは青ざめ、私とお姉様を交互に見る。


「違います。私に悪意はなく……」

「お姉様が毒の神に命じて、私を殺そうとしたくせに、嘘をつくの?」

「まだ、その頃は毒の神様が、加護してくださっているとは知らない頃です」


 お姉様は困った顔をして否定したけど、令嬢たちは私とお姉様、どちらを信用するか迷っている。

 ここでお兄様が、昔と同じく、私に味方すれば、お姉様の信用は消え、この国で尊敬されることもなくなる。


「お兄様からもおっしゃって。お姉様が毒の神の力を使って、殺そうとしたことを」 

「お兄様……」


 ――残念だったわね、お姉様。ここでも嫌われて疎まれる運命なのよ!


 今までずっと黙っていたお兄様が、口を開いた――

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