第49話 最後のひととき

 ユージーンはニコニコと笑いながら私に近付いて来て、私を椅子から立ち上がらせようとする。


「おい! ユージーン! いくらなんでも無礼が過ぎるぞ!」


 向かいの席のハミルトンがユージーンを怒鳴りつけるけれど、ユージーンは何処吹く風とばかりに受け流している。


「仕方がないだろう。可愛い妹をこんな狼のいる所にいつまでも置いておけるわけがないだろう。それに父上も『早く迎えに行け』と朝からうるさいんだよ」


「誰が狼だ! 僕はそんな真似はしないぞ!」


 ドン、とテーブルを叩いて抗議するハミルトンに対して、ユージーンはわざと見せつけるように私の肩を抱いて来る。


 それを睨みつけるハミルトンと、負けじと睨み返すユージーンとの間で火花が散っているのが手に取るようにわかるわ。


「ユージーン、フェリシアを早く迎えに来たい気持ちはわかるが、フェリシアの受け入れ体制は整ったのか? 王宮に行ってもフェリシアがくつろげる場所がないまま連れて行くんじゃないだろうな?」


 昨日、王宮に行ってからまだ丸一日も経っていないのに、もう準備が出来たのかしら?


「ええ、お祖父様。その点はご心配なく。父上の厳命で皆が徹夜で頑張ってくれましたからね。後、ドレスや宝飾類はフェリシアの好みもあるだろうから、そこはおいおい揃えていきますよ」


 徹夜で準備って、どれだけみんなに無茶振りしたのかしら?


 父上の厳命でって言うけれど、私がわがままを言ってやらせたとか噂になったりしないわよね?


「エリックが急かせるのもわかるが、フェリシアが公爵家で過ごす最後の時間なんだ。せめてお茶くらいは飲ませてやってくれ。…おい、ユージーンの席を用意しろ」


 お祖父様の指示によってユージーンの席が私の隣に用意されたので、ユージーンは渋々と私から離れて席に着いた。


「…それにしても、相変わらず陛下のアイリスへの溺愛ぶりは凄いわね。その何分の一かでもソフィア様に向けられていたら、ユージーン様もあのような扱いは受けなかったでしょうに…」 


 お義母様がお茶を一口すすった後で、ほうっとため息をついた。


 あのような扱いって、ユージーンは実の母親にどんな扱いを受けていたのかしら?


 まさか虐待していたなんて事はないわよね。


 チラリとユージーンに目をやると、ユージーンは口にしていたカップをソーサーに戻すとフッと笑った。


「いいえ、叔母様。たとえ父上が母上に愛情を向けても、母上は僕に関心なんて持ちませんよ。母上にとって父上以外はどうでも良かったんですから」


 実の息子に関心がない?


 普通、好きな男性の子供を産んだら、その子を溺愛してもおかしくはないわよね。


 ましてや自分に関心を持たれなかったら、その反動で余計に息子に目が行きそうなものなのに、それすらなかったの?


 つまりユージーンは母親に放置されて育ったという子供なのかしら?


 私の視線に気付いたのか、ユージーンが私の方に顔を向けて、ニコリと笑った。


「そんな顔をしなくても大丈夫だよ、フェリシア。僕には父上がいたし、この公爵家の皆も僕に優しく接してくれたからね。もっともハミルトンは僕の顔を見ると突っかかって来たけれど」


「何を言う、ユージーン! 突っかかって来たのはお前の方だろう!」


「いやいや、そもそもお前が…」 


 …また始まったわ…


 やっぱりこの二人って仲が良いのね。


 お祖父様もお義母様も知らん顔してお茶を飲んでいるから、きっといつもの事なのね。


 二人はしばらく言い争っていたが、やがて喉が乾いたのか、二人揃ってカップのお茶を一気に流し込んでいた。


 そのタイミングもバッチリなんだから、やっぱり仲良しさんね。


 お茶を飲み終えたユージーンは立ち上がると、私に手を差し出して来た。


「さあ、フェリシア。名残惜しいだろうけれど、出発しようか」


 私は差し出された手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。

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