第23話 孤児院(ハミルトン視点)

 馬車が進むに連れて街並みがどんどん様変わりしてくる。


 時々お忍びで街歩きをしたりはするが、流石にこの辺りまでは来た事がなかった。


 僕は馬車を孤児院の前に停めさせると一人で敷地内へ足を踏み入れた。


 外で遊んでいる子供の一人が目ざとく僕の姿を見つけて、建物の中へと走っていった。


 おそらく誰かしら大人を呼びに行ったのだろう。


 僕もその建物の入り口に向かって足を進めると、入って行った子供と一緒に年老いた女性が杖をつきながらヨロヨロと歩いてきた。


「失礼ですが、どちら様ですか?」


 少し警戒するような口調で問いかけられるが、無理もない。


 先触れも無しに突然訪れたのだから、こんなふうに警戒されるのは当然だろう。


「突然の訪問をご容赦ください。僕はハミルトン・アシェトンと申します。こちらでお世話になったというジェシカについてお話を聞きたくて参りました」


 ジェシカの名前を出すと老婦人は少しだけ警戒を解いてくれたようだ。


「まあ、ジェシカの? こんな所で立ち話もなんですから、どうぞお入りください」


 老婦人に勧められて僕は建物の中へと入っていくと、建物のどこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


「うるさくしてごめんなさいね。ここでは働きに出る母親から子供を預かったりしているの。中にはそのまま行方をくらませる母親もいますけどね」


 老婦人は何でもない事のように話すが、つまりはここに子供を捨てに来る親がいるという事だ。


 老婦人は院長室に僕を通すとソファーを勧めてくれた。


 腰を下ろすと老婦人が自らお茶を入れて僕の前に差し出してくれた。


「ご挨拶が遅れました。私はここの院長をしておりますエアリーと申します」


 院長に頭を下げられて、僕もペコリと頭を下げ返す。


「それで、ジェシカの事だったかしら? あの子は両親を一度に亡くして八歳の頃にここに引き取られて来ました。ここに来た当初は目の前で両親を殺されたせいか、酷く怯えていました。食事もろくに喉を通らないようで、随分と心配しておりました」


 僕の父親とジェシカの母親であるケイティが王都に向かう途中で強盗に殺されたという話は聞いていた。


 強盗も流石に子供の命を奪う事まではしなかったのか、それとも子供がいる事に気付かなかったのかはわからない。


 だが、ジェシカは両親が何処に向かう途中だったのか何も知らなかったので、この孤児院へと送られてきた。


 もし、そこで我が家に迎えられていたら、ここで苦労する事もなかったはずだ。


「それでもフェリシアと言う仲の良い友達も出来て、随分と元気になりました。それなのに二人でここを出て独立したばっかりなのに命を落としてしまうなんてね。まだ若い子が私よりも先に天国に行ってしまうなんて…」


 …は?


 今、この院長は何と言った?


 ジェシカが死んだ?


 それじゃ、今家にいるジェシカは一体誰なんだ?


「…あの、ジェシカは亡くなったんですか? 一体いつの事ですか?」


 院長を驚かせないように、僕は極力声を押し殺して院長に問いただした。


 院長は少し考えるように首を傾けていたが、はっと思い出したようにこちらを向いた。


「あれは半月ぐらい前かしら。フェリシアが突然訪ねてきて『ジェシカが死んだ』って泣き出したの。フェリシア一人じゃどうしていいかわからないみたいで孤児院でお葬式をしたの。ここにはジェシカにお世話をしてもらった子供達も大勢いたから、みんなジェシカの死を悲しんでいたわ。特にフェリシアは自分にそっくりのジェシカが亡くなって相当気落ちしていたわね」


 …フェリシアという子がジェシカとそっくり…


 その院長の話で僕は確信した。


 今、ジェシカと名乗って僕の家にいるのがフェリシアだと…。


 だが、彼女がもしジェシカでないならば、なんの為にジェシカを名乗っているのだろう?


 もしかして金目当てか?


 それならば、さっさと金目の物を持って逃げればいい話だ。


 わざわざお祖父様の為に車椅子を作ったりする必要はないはずだ。


 騙されていたという事実よりも、僕は彼女が血の繋がった妹ではなかった事に安堵していた。


 もうしばらく様子を見ていよう。


 屋敷から逃げ出すにもおいそれとは出来ないようになっている。


 僕は院長に礼を告げて孤児院を後にした。

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