第12話 パトリシアの愚痴
どう答えるのが正解なのかわからないのでとりあえず「そうですね」と返しておく。
「やっぱり? あなたもそう思うわよね。それにね…」
うっかり同意してしまったら、パトリシアは延々とダグラスの話を始めた。
出会ってから結婚してハミルトンが産まれるまで、あんな事があったとか、こんな事を言われたとか…
気が付けば侍女達は既に私達の周りから姿を消している。
…いつの間に人払いがされたのかしら…
まあ、流石に使用人にこんな話は聞かせられないだろうしね。
義父母にも話せないだろうし、ハミルトンに父親の悪口は言えないし、友人も同じ貴族ならば弱味を見せるようで打ち明けられなかっただろう。
そこへちょうど現れたのが私というわけだ。
散々愚痴をこぼしたお陰でパトリシアはスッキリとした顔をしている。
「ジェシカは何歳になったのかしら? もうじき十六歳なのね。公爵家で暮らしていくからにはそれなりの教育が必要ね。さっきの私への挨拶にしても、あれじゃダメよ。近い内にマナーの先生と家庭教師を呼ぶわ。来月… いえ、再来月にはここでパーティーを開いてジェシカのお披露目をしましょうね」
…はい?
…私のお披露目?
普通に考えたらなさぬ仲の関係なのに、随分と歓迎されているようなのは気の所為かしら?
「あの、いいんですか? 普通は愛人の子なんて歓迎されないですよね? 追い出されたりとか、こき使われたりとかするんじゃないですか?」
小説や物語ではそういうのが定番だし、前世での事件でも連れ子を虐待していたという話をよく聞いた。
ところがパトリシアはキョトンとした顔で私を見つめる。
「え? どうしてそんな事をしなくちゃいけないの? 元々ダグラスには愛情なんてなかったし、あのまま公爵家でちゃんと仕事をしててくれたら何も言う事はなかったのに…」
パトリシアの言い分によれば、あのまま仮面夫婦として生活していても何の問題もなかったみたい。
とりあえずジェシカを受け入れてくれるみたいなので良しとしよう。
「今まで平民として暮らしてきたからここでの生活は窮屈かもしれないわ。困った事があったら何でも相談してちょうだいね。時々はこうしてお茶に付き合ってくれると嬉しいわ」
優しく微笑むパトリシアに何故か胸が熱くなる。
私は今世では母を知らない。
もし、私に母がいたらこんな感じなのだろうか?
パトリシアとのお茶会を終えて自室に戻り、夕食まで読書の続きを再開する。
外が暗くなり始めた頃、パッと部屋の明かりが点いた。照明は魔道具で暗くなってくると勝手に点くようになっているようだ。
やがて夕食の用意が出来ましたという知らせが届いた。
パトリシアから「一緒に食事をしましょう」と言われていたので、アンナに連れられて食堂に向かう。
食堂では既にパトリシアとハミルトンが席に着いていた。
上座に座るはずのお祖父様は、自室で食事をするので空席である。
いずれ車椅子が出来たらお祖父様も一緒に食事が出来るようになるだろう。
上座の両脇に二人と向かい合う形で座ると、斜め正面にいるハミルトンが一瞬目を瞠った。
初対面であれだけ私に牽制して来たんだから、一緒には居たくないんだろうな。
なるべく彼の視界には入らないようにしよう。
それにしても美形の親子よね。
私は食事をしながら不躾にならないように、正面に座るパトリシアとハミルトンをチラチラと見つめた。
ハミルトンはジェシカと同じで私よりも少し薄い色の金髪碧眼のイケメンだし、パトリシアは亜麻色の髪に緑の目の美人だ。
とてもハミルトンのような息子がいるようには見えない。
二人が並ぶと姉弟だと言っても通りそうだわ。
多少のぎこちなさはありつつも食事を終えたが、先に立ち上がったハミルトンが私を見てフンと鼻を鳴らした。
「そんな格好をしていると多少は見られるな。馬子にも衣装ってやつか?」
それだけ言い捨てるとさっさと席を立って行ってしまう。
私は心のなかでアッカンベーをしながらハミルトンを見送った。
とりあえず初日は何とか乗り切れそうだ。
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