第10話 打ち合わせ
食器が片付けられ、一人部屋に残された私は本を読もうと書棚に近付いた。
孤児院ではみなかった種類の本が大量に並べられている。
それに表紙の装丁や紙質など、どれをとっても高価な本だと言うのが見て取れる。
ソファーに座り、本を汚さないように、ページにシワを付けないように丁寧に開いて読んでいく。
少し読み進んだ所でまたもや扉がノックされた。
「はい」
読んでいた本から顔を上げて返事をすると、扉が開いてモーガンが入って来た。
「ジェシカ様、お待たせいたしました。ポロック商会が参りましたので応接室までお越しください」
私は本をテーブルの上に置いて立ち上がると、モーガンの後に着いて歩き出す。
玄関ホールに近い扉が開かれてそこに足を踏み入れると、ソファーに座っていた男性二人が立ち上がった。
「はじめまして、ジェシカ様。ポロック商会の商会長をしておりますレイモンド・ポロックと申します。こちらは開発部のニコラス・テイラーです」
ペコリと商会長の横にいた男性が私に向かって頭を下げる。
商会長は中年の男性で、開発部のニコラスは二十代後半くらいの男性だ。
私は軽く頭を下げると彼らの向かい側のソファーに腰を下ろした。
名乗って挨拶をするべきなのかもしれないが、「ジェシカ」の後ろに公爵家の家名を付ける事が躊躇われる。
それに商会長をやっているのだから情報収集には長けているはずだ。
私の身の上などとっくに知れ渡っているに違いない。
私が腰を下ろすと同時に、当たり前のように私の後ろにモーガンと侍女が控えて立っている。
「それで、ジェシカ様は何か商品を開発されるそうですが、詳しいお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
商会長に切り出され、私は車椅子についての説明を始めた。
「今、お祖父様は足腰が弱って歩けない状態なんです。だから座ったままで移動が出来るように車椅子を作っていただきたいのです」
私はモーガンが用意してくれた紙に大まかな車椅子の図案を書いて二人に見せた。
商会長はチラリとそれに目を通すとすぐにニコラスに手渡した。
ニコラスは真剣な表情でそれを見ていたが、図案を指し示して私に説明を求めた。
「こちらの大きな車輪の横に付いている輪っかはどういう役目があるのですか?」
「こちらを座っている人が自分で操作して車椅子を動かす事が出来るのです」
「自分で動かす?」
後ろにハンドルを付けているから、誰かに押してもらって動かすだけだと思っていたようだ。
だけど、それでは誰かの介助がないと何処にも行かれなくなる。
人によっては車椅子の乗り降りも自分で出来る人もいるはずだ。
他にも細々とした質問をされたが、とりあえず試作品を作って持ってきてもらう事になった。
「それと、他にも作ってもらいたい物があるのですが…」
私は商会長にドアチェーンについての話をした。
紙に絵を書いて仕組みと構造を伝えると興味深そうに聞いてくれる。
「これを付けて来客と対応すれば、強盗などの被害も減ると思うんです」
女性の一人暮らしでは、見知らぬ来客の対応に不安を感じている者もいるだろう。
「ふむ、なかなか面白い発想ですね。一人暮らしでなくても留守番中の来客の対応など、これで安心出来るかもしれませんね。試作品を作って何人かに試してもらいましょう」
ポロック商会の二人は立ち上がると私に暇を告げて、部屋を出ていく。
二人を見送るためにモーガンも一緒に部屋を退出していった。
「お疲れ様でした、お茶をお淹れしましょうか」
侍女に問われてコクリと頷くと、すぐに温かいお茶が淹れられた。
それを飲んでホッと息をついていると、扉がノックされてモーガンが入って来た。
「ジェシカ様、少しよろしいでしょうか?」
モーガンの歯切れの悪い口調に首をかしげると、恐る恐る切り出してきた。
「パトリシア様が一緒にお茶をと仰られたのですが、いかがですか?」
…いずれ話はしなくてはいけないだろうと思っていたけど、まさか今日声がかかるなんて想定外だわ。
だけど、私には断る理由なんてないわね。
「わかりました、伺います」
それを聞いてモーガンは、私に一礼すると部屋を出ていった。
おそらくパトリシアに返事をしに行ったに違いない。
私は気を落ち着けるために、もう一口お茶を口に入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます