(隠れ)カップル系VTuber
にんぎょうやき
プロローグ とある二人のVtuber
「はい、どうも皆さまこんばんは。
慇懃丁重な語句が織りなす定番のやや固い挨拶。
それが"彼"のライブ配信の開幕を告げる合図だった。
『きた』
『キター』
『配信の時間だあああ』
『おい、三分の遅刻だぞ』
同時に、コメント欄も流れる勢いを増していく。
動画投稿サイト『YTube』にて、雑談やゲーム配信などをメインに活動する男性バーチャルYouTuber、『
大手VTuber事務所『V2』に所属をするVTuberで、総再生回数は八千万回、チャンネル登録者数は48万人を超えるなど高い人気を博していた。
「…おや、たったの三分すら待てないなんて皆さまは堪え性がないですねえ。畜生の類ですらもう少し利口に"待て"が出来るというのに」
『は?』
『56すぞ』
『44444444』
特に、お屋敷に仕える執事という清楚な
ゲーム中でも雑談でも遠慮なく視聴者を殴って悪態をつき、彼は喧嘩を売ってくる。
そして視聴者もまたそれにコメントで毒づき返すことで所謂、
そんな少し過激な配信スタイルが
「そういえばファンネームもなかったことですし、せっかちな皆さまを表してこれからは"子犬さま"とでもお呼びしましょうか?ほら、お手をしてください皆さま」
『おいおい』
『調子乗ってんな夜宵』
『ご主人様、三回まわってワンと鳴いてくれ』
それゆえ人を選び、初見が入りづらい空気感が生み出され、大手所属のVTuberの数字としては精々中堅程度の規模感。
「…ふふっ、なんて嘘嘘。敬愛する皆さまのことを畜生呼ばわりなんて、するわけがないじゃありませんか。会いたかったですよ、皆さま」
『えへへ』
『急にデレるな』
『俺もだぞ夜宵』
しかし毒を吐くだけでなく、飴と鞭のように時として寄り添う言葉も口にする柔らかい一面も見せ、その温度差に"沼る"視聴者は決して少なくはない。
規模はトップでなくとも、応援するファンたちの熱量は間違いなくVTuber界随一と呼べるものがあった。
万人受けはしないが特定の層には激烈に突き刺さる、それが
「それでは遅刻を謝罪しつつ、本日は雑談配信とでも洒落込んでいきましょうか。ここのところお屋敷の業務が立て込んでいたので、三日、四日くらい間が空いてしまいましたね」
『五日振りだぞ』
『配信をサボるな』
「あははっ、サボりではないんですけどねえ」
朗らかな調子で笑みを零しながら、今日も至っていつも通りに配信が行われていった。
「皆さんこんちわー。よろしくお願いしまーす」
何とも覇気のない適当な調子の緩い挨拶。
それが"彼女"のライブ配信の開幕を告げる合図だった。
『こんなな』
『こんなな~』
『こんななです』
同時に統率のとれた、決まり文句とも言える挨拶がコメント欄で流れを増していく。
動画投稿サイト『YTube』にて、歌やゲーム配信などをメインに活動する女性バーチャルYouTuber、『
大手VTuber事務所『V2』に所属をし、歌ってみたの最高再生回数は二千万回、チャンネル登録者数は86万人を超えるなど高い人気を博していた。
「昨日に続いて今日も『ELDEN RING』ノーデスクリア、やっていきたいと思いまーす。いやー、結構惜しいとこまで行ってると思うんだけどねえ。あとはもーちょい集中力切らさずにやれれば…」
『頑張れ』
『ノーダメで倒せるボスも増えてきたしやれる』
特に、高難易度のゲームでも長時間続けていられる"ゲーマー"であり、VTuber界でも屈指の歌唱力を誇る"歌姫"でもあるという、その二面性が人気の所以だ。
さらに歌に関しては某有名アーティストから直々に楽曲提供をされるほどに評価が高く、ライブやアルバムリリースなども頻繫に行なっている。
当初は世を放浪とする雇われメイドという
「うーん…でもボスに意気込み過ぎると、道中で変な凡ミス増えるんだよねー…。落下死とか気を付けないとなあ」
情熱的に、躍動的に表現する歌に対し、配信は常にダウナーなテンションで、何が起きて動じずに物静かにゲームを続ける省エネスタイル。
『確かに』
『よくやってるね』
『横着したジャンプと移動多いからそこさえ注意すれば大丈夫そう』
「あー、なるほどー…」
ゆえに視聴者の反応も薄いが、過激な熱量のない分新規が入って来やすい雰囲気が作られており、ライト層が大半を占めるものの層は広かった。
その規模感は、VTuber界においては間違いなくトップクラス。
高い人気と知名度を誇る『V2』のアーティスト的存在、それが七瀬カフカというバーチャルYouTuberである。
「……えいっ、……えいっ」
『いいね』
『いい感じ』
『えいっ、助かる』
ローテンションのままに、今日も変わらず彼女の配信は行われていく。
そしてそれ以外、特に接点はなかった。
「七瀬さん辺りとコラボしてほしい?…うーん、ちょっと絡みが無さすぎるしなあ」
『大概のライバーと絡みないじゃん』
『たまには誘ってみろ』
50人を超えるVtuberが所属するV2で交わりのないライバー同士というのは珍しくもなかったが、活動内容も性格もキャラもファン層も真逆な二人は、その中でも特に共通項と呼べるものが少なかった。
「好きなゲームのジャンルとかも合わなそうだしねー。FPSとかやるんだっけ、夜宵くんは」
『やらなそう』
『そもそもあんまりゲーム配信してないイメージだね』
お互いの配信でごく稀に話題が出ることはあるものの、それが直接何かに繋がることは当然ない。
片や熱狂的なファン層、片や幅広いファン層を抱えるVTuber同士としては所謂
とはいえ、そもそも二人が同じ話題に揃って上がること自体、ほぼなかったが。
「まあ僕もそろそろ三年目ですからね、色々な人と絡んでいきたいと思ってはいますよ。思っては」
『やる気ないだろ』
『人見知りがよ』
そうして特に盛り上がることもなく、二人の話題は流される。
「さーてラダーンだ、よーし…」
『きたきた』
『ここからが本番』
両者共に意欲を見せないまま、淡々と消化されていく。
配信越しに見る彼らは、お互いに対する興味など欠片ほどもないようにさえ見えた。
それほどまでに無に等しい関係性。
「──さて、かれこれ二時間近く喋ってしまいましたかね。夜も更けてきたことですし、それではこの辺で配信を終わらせて頂きたいと思います」
『は?』
『まだ日を跨いだばっかりだが?』
『おつよいは言わないぞ』
"彼女"とは無縁のまま、彼の配信はいつも通りに終わりを迎える。
そして"彼"の話題を広げることもなく、彼女の配信はいつも通り長く続いていく。
◇◇◇
「……ふう」
配信を終えると、"彼"は一息つくようにゆっくりと椅子に背を凭せ掛けた。
電源を落とした画面。
静寂の防音室。
ひと仕事終えて気の抜けた顔。
当然のことながら、バーチャルYouTuberは真に
その中には必ず声を付ける"演者"がいて、与えられたキャラクターを求められる通りに表現しているというのが常である。
昨今は自然体で活動する者も増えつつはあるが、やはりそのキャラや関係性にはある程度の脚色が入るもの。
仲の良さを売りにしている二人が実は、なんてこともよくある話だ。
「あー…いっぱい喋ったな、今日も…」
喉を労わるようにお茶を口にしながら、彼はふと配信をスマホで開いた。
『ほいっ、ほいっ。……死んだ…』
画面に出てきたのは
彼女がボスと思わしき敵に倒され、意気消沈している場面が丁度映し出されていた。
配信越しに見る同期は、今日も今日とて難度の高いチャレンジを頑張っている様子。
「…よくやるな、ほんと」
長時間のゲーム配信などまずしない"
無に等しい、夜宵御言と七瀬カフカの関係性。
そこにもまた、少なからずの脚色はあるわけで。
『…ごめん、ちょっと飲み物取ってくるね』
離席する七瀬。
感情表現の希薄な彼女と言えども、長時間の配信でストレスが溜まっているのが窺えた。
コメント欄が励ましの言葉で埋まる。
直後、防音室の扉が開いた。
彼の防音室の扉が。
「…えいっ」
そして背後からの抱擁。
柔らかく彼の体をホールドする両腕。
背中に伝わるのは温かな体温。
聞こえてきたのは、たった今端末から聞こえてきたのと
「…どうしました、
「
七瀬カフカ。
を、演じている"彼女"。
「…よーし、充電完了。じゃ、また後で」
そう言い残すと、最後にぎゅっと強めにハグをして彼女は風のように去って行く。
『ただいまー』
そして扉が閉まった直後には既に配信へと戻り、スマホ越しに声を響かせていた。
あり得ないことである。
今し方まで自分と密着していた彼女が、次の瞬間にはVtuberとして視聴者の前で振る舞っている。
「……罪悪感やばいなこれ…」
あまりに異様が過ぎるその光景に、彼はこそばゆさと背徳感が混ざりあった、複雑な感情を嚙み締めざるを得なかった。
夜宵御言と七瀬カフカは恋人同士。
それが、脚色なしの二人の関係性。
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