#20 老賢者オズガルド

「ここまでお疲れ様。もう少し進むと避難所だよ」


 そう言って小部屋の先の通路に案内しようとするジェフに、


「待て。その前に訊いておきたい事がある」

「何故手を貸すのか、かな?」


 今日この世界に召喚された私にとっても、冥獄墓所から蘇ったばかりのダスクにとっても、ジェフは全く無縁の人間であり、手を差し伸べられる理由に心当たりなど無い。


「僕自身が君達に興味を持ったから、というのもある。でも一番の理由は、ある人に頼まれたからさ」

「誰だそれは?」

「まさにこの先で待っている」


 それだけ言って歩き出したジェフを、私とダスクも追う。

 まだ彼が敵ではないという保証も確信も無い為、用心しながら。


「ここが出口――いや、入口だよ」


 地下道を更に進み、突き当たりの梯子まで案内された。

 この上が、ジェフの言う「避難所」らしい。

 音を立てないように静かに登り、天井の扉を開ける。


 出たのは、また明るい室内だった。


 しかし、ジェフが待っていたような狭く粗末な場所ではなく、きちんと手入れが行き届いており、ベッドや机、テーブルにソファーも置かれた、立派な生活空間だった。

 ただし窓が一つも無い所を見ると、ここも未だ地下なのだろう。


「連れて来たよ」


 ソファーに座って待っていた人物に、ジェフが親し気に声を掛ける。


「ご苦労、ジェフ。そしてようこそ、我が館へ」


 声の主、背の高い老人が立ち上がる。

 面構えは厳めしいが確かな知性を感じさせ、尋常ならざる覇気はダスクやゼルレークのような戦士のそれと遜色が無い。


「あんたがジェフの雇い主か?」


 只者ではないとダスクも感じたのだろう、声が少し硬くなっていた。


「如何にも。ジェフの祖父、宮廷魔術団総帥オズガルド・デルク・フェンデリンだ。宜しく」


 言われてみれば、目の前の老人の面差しはジェフに似ており、血の繋がりを感じさせた。


「宮廷魔術団総帥、とは何ですか?」

「国に実力を認められた魔術師達の、そのリーダーだ」


 要するに、この国で最も優れた魔術師という事なのだろう。

 ならばその孫であるジェフが、同様に優れた魔術師であるのも納得だ。


「ここは、あんたの家なのか?」

「そうだ。我がフェンデリン家の館にある地下の客間だよ。ここならば帝国騎士団も聖騎士団もおいそれとは手出しできない。連中は君達が包囲を掻い潜って貴族街を脱したと思い、外を捜し回る事だろう」


 肩書きといい住まいといい、どうやらこのオズガルドという老人は、ウルヴァルゼ帝国では名の知れた有力者のようだ。


「まずは掛けたまえ」


 促され、来客用のソファーにダスクと並んで座り、向かいにはオズガルドとジェフが腰掛けた。

 まだ不安は拭えないが、これで少しは落ち着いて話ができる。


「オズガルド、だったな。まず訊いておきたいんだが……今は何年だ?」


 ひとまず安全を確保できた以上、次にダスクにとって重要なのは、自分が死んでからどのくらいの年月が経過しているかだ。


「現在は帝国暦一五八二年の一月十日だ」


 と、オズガルドが答えると、


「一五八二年、だと……!?」


 その回答を、ダスクが愕然とした様子で反芻はんすうする。


「確か、冥獄墓所で見たダスクさんの墓碑には、没年は帝国暦一二六一年だと……という事は、つまり……」

「三百と二十一年……俺が処刑されてから、そんなに経過した訳か……」


 処刑され、思いがけず復活してみれば三百年以上も経過していたのだ、浦島太郎のようにショックを受けるのも無理は無い。


「ん? 一二六一年? 三百年前の一二六一年って確か……」


 ジェフも気付いたようだが、前回の『邪神の息吹』が起こり、そして史上初の『招聖の儀』が行われたのも三百年前だと、栄耀教会が語っていた。


 死んでいる間に過ぎ去った年月の長さに衝撃を隠し切れない様子のダスクの代わりに、今度は私が質問する。


「オズガルド様は、どうして私達を助けて下さるのですか? 無理矢理連れて来られた私も、三百年前の人であるダスクさんも、あなた方とは何の縁もありません。栄耀教会を敵に回すリスクを負ってまで、私達に助ける価値があるのですか?」


 安っぽい善意や同情心に基づいている訳ではない事くらい、私でも分かる。


「ダスクはともかく、君は『招聖の儀』でび出された異世界人だ。それだけでも充分に価値があるとは思わんかね?」


 その言葉に反応したのはダスク。


「『招聖の儀』……! ならやはり君は『聖女』なのか……?」

「い、いえ……」


 慌てて否定する私を見たオズガルドが、ダスクを制した。


「落ち着きたまえ。確かに彼女は『招聖の儀』で召喚されたが、『聖女』とは認定されなかった。認定されたのは共に召喚された彼女の双子の妹、テルサの方だ」

「共に召喚された、だと? 『招聖の儀』で召喚される乙女は一人だけという話だったはず。それともこの時代では違うのか?」

「その通りだよ。三百年前の『儀式』で召喚された『聖女』は一人。だから今回も同じく一人だけが召喚されると誰もが思っていた。でも……」


 場の視線が私に集まる。


「召喚されたのは、カグヤとテルサの二人。そして魔力鑑定の結果、光の極大魔力を宿していたテルサだけが『聖女』と認められ、魔力が皆無だったカグヤはお払い箱となったのだ」

「一人のはずが二人も召喚された、その理由は一体何だ?」

「さてな。テルサの双子だった為に『儀式』が誤って召喚してしまった、という事なのかも知れんが……技術を独占していた栄耀教会にも分からないのでは、部外者である私には知る由も無いよ」


 オズガルドが肩をすくめる。

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