#18 帝都エルザンパール

 高い壁の頂上に到達して、私達は景色を一望する。


 初めて目の当たりにする、異世界の広大な景色。


「王都エルザンパール、か……。懐かしいが、随分と街並みが立派になったな」


 暗い海に隔てられた先に広がっていたのは、光り輝く大きな街並み。

 銀河のように灯る光は電気ではなく、キャンドルの火か、でなければ魔法によるものだろう。


「綺麗……」


 絵ハガキのように幻想的で美しい、魔法で煌めく大都市の夜景に、こんな状況だというのに眼を奪われ、溜め息が出てしまう。


「あの大きな建物は、もしかして……」


 先程の大聖堂以上に巨大な建造物が山の如く聳えていた。


「王宮だ。あそこにこのウルヴァルゼ王国を統治する国王が居る」


 いかめしい面構えでダスクが説明する。


 国家反逆罪で処刑されたという彼だから、皇族に対して良い感情を抱いてはいない事は想像が付くが――気になるのは「王都」「王宮」「王国」「国王」という言葉。


 このウルヴァルゼ帝国は昔は王国を称していたとラモン教皇達が言っていたような気がする為、恐らくダスクはその時代の生まれなのだろう。


「俺達が今居るサウレス=サンジョーレ曙光島は、島全体が栄耀教会の直轄領となっていて、王都がある本土とは船か橋で行き来している」


 その通り、数百メートルはある長大な橋がエルザンパールまで真っ直ぐ続いていた。


「次はあの橋を渡って本土へ行く。モタモタしていると橋を封鎖されかねない。しっかり掴まっていろよ」

「は、はい……」


 再びダスクが私をヒョイと抱き上げたかと思うと、次の瞬間には壁を蹴って飛び降りていた。

 否、飛び降りると言うよりも、数十メートルの距離を滑空したのだから、ほとんど飛んでいたと言ってもいいかも知れない。


 当然ながら恐怖を感じたが、迂闊な悲鳴を上げてこちらの存在を気取られないよう、私は歯を必死で食い縛っていた。


「ん? 何――ぐぎゃ……ッ!?」 


 橋の警備に当たっていた聖騎士をクッション代わりに踏み付け、私達は着地する。


 そこからのダスクの動きは迅速だった。

 抱えていた私を素早く放り捨て、周りに居た聖騎士に先制攻撃、あっと言う間にその命を奪い去って周囲の安全を確保した。


「ダスクさん、そちらに馬が居ます!」

「よし。使わせて貰おう」


 流石のダスクでも、聖騎士に追撃される中、私を抱えながらこの長い橋を渡り切るのは至難の業だ。


「居たぞ! 逃がすな!」


 私達を捕捉した聖騎士団が向かって来るが、もう相手をする必要は無い。


「一気に駆け抜けるぞ」

「はい……!」


 聖騎士団が追撃の態勢を整える前に馬に乗り、全速力で駆け出す。


 ちなみに他の馬は、聖騎士団が追走できなくする為にダスクが全て殺害――しようとしたのだが、可哀想だからと私が頼み込んだ所、騎乗に欠かせない馬具を処分するに留めてくれた。


「無事に橋を渡り切れましたね」


 追撃を受ける事も無く、光り輝く街が目前に迫る。


「無事に逃げ切れるまで安心するな。ここからは徒歩だ」


 馬を乗り捨て、私とダスクは街中へ逃げ込んだ。


 大国の首都だからなのか、街は夜でも明るかった。

 だが、明るい大通りは私達が進むべき道ではない。


 家屋と家屋の間から時折大通りの様子を確かめると、酒場の店主や露店の商人達に、聖騎士達が厳しい顔で何事が問い詰めているのが見えた。

 声など聞こえずとも、質問の内容を私達は知っている。


 そうやって観察を絶やさず、拾ったフード付きマントをしっかり羽織り、私達は闇の裏通りを密かに進む。


「後ろはどうだ?」

「大丈夫です。尾行はありません」


 聖騎士団の動きが予想以上に速く、いずれこの裏通りにもやって来るだろう。


「あの、どこへ向かっているのですか?」


 ダスクの走り方から、当ても無く逃げ回っている訳ではない事だけは分かる。


「運河だ。ここエルザンパールは水運で栄えた水の都。複雑に絡み合った運河を、常に輸送船が往来している。陸路を進むよりも目立たない」


 そう言われて私の頭に浮かんだのは、死ぬ前に一度行ってみたいと写真や映像で羨むしか無かった、イタリアのヴェネツィアの景観だ。


「運河を下り、まずは王都外縁部にある下町を目指す。都市というのは中心部から離れる程、税率が下がり、市民の生活や治安のレベルも下がるからな。聖騎士団は貴族出身者で構成される為、主に貴族街で活動していて下町には不慣れのはず。追跡を振り切るならそこだ」


 下町に逃げ込んで日中を過ごし、夜になったら再び運河を通って帝都を脱出するというのがダスクの計画だ。

 その為にはまず舟を手に入れる必要があり、その為にダスクは船着き場に向かっていた。


 酒場の隣に置かれた酒樽の陰から、目当ての船着き場の様子を窺う。


「見て下さい、船着き場に聖騎士が居ます」

「……読まれていたか。だが三人程度なら問題無い」


 時間を掛けると警戒が厳しくなる。

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