#13 消失

 かくしてその夜、私は父やザッキスらと共に、カグヤが居る客室に隠し通路から侵入した。


「――死ね」


 カグヤを踏み付け固定したザッキスが、か細い首を狙って剣を振り下ろす。


 せめて苦しまずに逝ってくれ、と祈りながら、その最期を見届けようとしたその時、


「へっ……?」


 かくん、とザッキスの体が前のめりになった。


「ぶは……ッ、な、何だ……?」


 不意に体勢を崩したザッキスはそのまま床に倒れ込んでしまった。


 雲が流れ、遮られていた月光が再び室内を照らし出す。

 薄明かりの中、私の眼に驚愕の光景が飛び込んできた。


「い、居ない……ッ!?」


 ――カグヤが消えていた。


 ほんの数秒前までそこの床に倒れ、ザッキスに踏み付けられて身動きを封じられて絶体絶命の状況だったはずなのに。


 標的を見失ったと理解した、ゼルレーク聖騎士団長の対応は早かった。


「おい! 隠し通路を突破されたのか!?」


 問われ、通路を塞いでいた聖騎士二名は慌てて首を横に振り、


「い、いえ! 我々はずっとここを固めておりました! ご命令通り、一歩も動いてはおりません……!」

「絶対に誰も通ってはおりません! 指一本触れられた感覚すらありませんでした……!」


 どうにかしてあの二人を突破したとしても、通路を進んだ先には更に数名の聖騎士が待ち構えており、通路内で挟み撃ちに遭うのがオチだ。


 部屋の照明を点けて、父が室内を見回す。


「窓も扉も鍵が掛かっており、破られた痕跡は一切無い。壁や床、天井にも異常は無い。隠し通路は我々が通って来た一つのみ。……一体どうやって逃げたのだ?」


 この完全な密室で、ザッキスに体を踏み付けられて這う事すら叶わなかったにも関わらず、カグヤは煙の如く姿を消した。

 異常な事態に、誰もが戸惑いを隠せていない。


「もしや、姑息なネズミのようにどこかに隠れ潜んで、我々が立ち去るのを待っているのでは?」

「ふむ、残る可能性はそれか。室内を調べろ」


 ザッキスの言葉を受けて、ゼルレーク聖騎士団長が命じる。

 全員で手分けして調べてみたが、ベッドの下にも、机の下にも、その他のどこにも異常は見当たらなかった。


「ど、どうなっているんだ……?」

「痕跡すら残さず密室から消え失せるなんて、まるでゴーストだな……」


 アンデッドの中には『ゴースト』『スペクター』『レイス』といった、霊体であるが故に物体を透過し、物理攻撃が一切効かない種も居るが、人間であるカグヤにそんな芸当ができるはずが無い。


 だが――


「或いは……彼女にも何らかの力が宿っており、それを使って逃げたのでは?」


 そう口にすると、案の定、ザッキスがフンと鼻で嘲笑い、


「おいおいラウル君、今が真夜中だからって、任務中に寝言を垂れるのはどうかと思うぞ? 昼間の事を思い出せよ。何度も鑑定を繰り返した結果、カグヤの魔力は『皆無』と断定されたじゃないか。魔力ゼロの惰弱な女が、どうやって我々全員を欺いて、この密室から一瞬で逃げ出せるって言うんだ?」

「ザッキス殿こそお忘れですか? 魔力はこの世界のあらゆる生命に宿っているという事を。それが『皆無』という事自体が異常なのです。『招聖の儀』で召喚された事、テルサ様の双子である事と合わせて考えると、鑑定に引っ掛からなかっただけで、やはり彼女にも何らかの力が秘められていると捉えるべきではないでしょうか?」


 依頼したテルサや決断を下したラモン教皇は、果たしてこの可能性に思い至っていたのだろうか。


 その後も客室の隣や付近も色々と捜してみたが、やはり痕跡一つ発見できず、どうやって彼女があの場から忽然こつぜんと消えたのかは謎のままだ。


 晴れぬ疑問を抱えたまま、我々は仕方無くラモン教皇とテルサの元へ戻らざるを得なかった。


「――報告は以上です。申し訳ございません」


 任務失敗の報告を終えたゼルレーク聖騎士団長が、ラモン教皇とテルサに深々と頭を下げて謝罪する。


「……ラウルよ。其方はカグヤにも、テルサ様と同じく何らかの力が宿っていると、そう考えるのだな?」

「はい」


 あれからも考えてみたが、やはりそれ以外に妥当な答が思い浮かばない。


「テルサ様は、何かご存知ですかな?」

「いいえ、どうやって逃げたのか、私にもさっぱりです」


 期待していた復讐が成就しなかった事で、テルサの顔は曇っていた。


「ですが、これでカグヤは私達を敵と見做したでしょう。実の両親すら残虐に殺してしまう極悪人ですから、間違い無く報復に動きます。今回の事が私の依頼、両親達の仇討ちだという事にも気付いたはず。となると……」

「テルサ様のお命を狙って来る、という事ですな」


 我々聖騎士団はともかく、『聖女』であるテルサだけは死んではならない。

 彼女が死ねば『邪神の息吹』を鎮める手段が無くなってしまい、全ては水泡に帰す。


「『聖女』様の事は、我ら聖騎士団が命に代えてもお護り致します」


 ゼルレーク聖騎士団長が甲冑の胸を力強く叩く。


「頼りにしています。ですが護りを固めるよりも、一刻も早くカグヤを見つけ出して始末する事に注力して下さい」

「承知致しました。まずはこの帝都全域に手配書を出し、帝国騎士団にも協力を要請すべきかと」

「うむ。カグヤの名は伏せたまま、表向きには例の『黄昏の牙』の一員という事にしよう。罪状は……『儀式』の妨害を狙ってこの曙光島への侵入を試みた、とでもしておくか」


 そうなれば、カグヤは栄耀教会の正式な敵、神と皇帝に反逆した罪人として、一生追われる日々を余儀無くされる。


 それにしても、ラモン教皇の決断は早いと言うか、こうした事態に慣れている風すらある。

 ひょっとしたら――今までもこんな風に罪をでっち上げ、神の敵に仕立てた者達を闇に葬ってきたのでは、などという恐ろしくも不敬な想像が働いてしまい、己を恥じた。


 と、そこへ部屋をノックする音。


「団長閣下に火急の報告です。宜しいでしょうか?」

「入れ」


 ラモン教皇の許可を受けて、聖騎士が入室してくる。


「失礼します。――只今、地下の『冥獄墓所』にて、照明装置作動の反応を確認致しました」

「冥獄墓所だと……!?」


 国家反逆罪など特に重い罪を犯した者達が葬られる場所で、サウレリオン大聖堂の地下に建造されている。

 地下深くに造られている上に、砲弾すら弾く分厚い扉で厳重に護られており、このラウルは言うに及ばず、聖騎士団長である父ですら数える程しか訪れた事が無いと聞く。


「馬鹿な、一体誰が……いや、どうやって入った? 何故?」


 父の言う通り、冥獄墓所への侵入は容易な事ではなく、苦労して忍び込んだとしても、あるのは罪人の遺体ばかりで重要なものなど何も無いはずだ。

 しかし、その侵入者の正体には心当たりがある。


「私の勘が正しければ、その侵入者はカグヤでしょう」


 私と全く同じ考えをテルサが口にした。

 教皇や父も同様に違い無い。


「――分かった。私が直々に向かうまで、警備の者には待機するよう伝えよ」


 と、ゼルレーク聖騎士団長は指示したが、


「い、いえ、既に現場の者が扉を開いて、内部に入ったと聞いております……」

「何だと……!?」


 厳重にロックされているとは言え、開錠自体は現場の警備担当だけで行えてしまう。

 彼らはカグヤの事など何も知らない為、装置の誤作動か何かだと思って確認に入ってしまったのだろう。


「急がねば……。行くぞラウル!」

「はい……!」


 今度こそ失敗はできない。

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