熱を司る悪獣タルウィ①

 水麗領地メルティジェミニで一泊し、俺たち三人はハルワタート王国に戻ることにした。

 水路船に乗り、甲板で風を浴びながら向かう。

 船の手すりに寄り掛かり、俺は海を眺めていた。


「はぁ~……」

『きゅるる~……』

「なんだ、真似するなって」


 肩に乗ったムサシが俺の真似をして息を吐く。

 すると、リーンベルが甲板に上がり、俺の隣に来た。


「レクスくん。どうしたの? なんだかため息を吐いてたけど」

「いや、海って綺麗だなって思ってさ。もう毎日見てるのに飽きないし、毎日違う光景が見れるからお得だなーって……ここに住むのもありだな」

「……ね、レクスくん」

「ん?」

「レクスくんは、このまま旅をずっと続けるんだよね」

「ああ。竜の国であるリューグベルン帝国を出て、風車の国、麗水の国と旅をした。あとは……地の国、氷の国、雷の国、炎の国……まだ四つもある。ワクワクが止まらないさ」

「……そのあとは?」

「え?」

「そのあと、どうするの? リューグベルン帝国に戻るの?」

「……どうだかな。あそこはもう、俺の居場所じゃないし……世界を回って、俺が住んでもいい場所があったら、家でも買ってムサシと過ごそうかな。そう考えるんだったら、ハルワタート王国はいい場所かも」

「……だったら、その」

「ん?」


 リーンベルがモジモジしている……これは、俺の『ラブコメセンサー』がピピンと反応したね。

 

「私の家、来る?」

「え?」

「私……ここに別荘買おうかなって考えてる。もしレクスくんがよかったら……その」

「……はは。じゃあ、その時はお邪魔しようかな」

「!!」

「とりあえず保留だな。今は後のことより、目の前にある光景を焼き付けないとな」


 そう言い、俺は海を眺めた。

 リーンベルは俺をジッと見て、ほんの少しだけ距離を詰めたような気がした。

 すると、エルサも甲板に上がってきた。


「あ……その、お邪魔でしたか?」

「いや別に。お前も海を眺めないか?」

「じゃあ、お邪魔します」


 俺の隣にエルサが。

 二人に挟まれてしまった。うーん、ハーレムなのか、これは?


『───きゅ』

「ん? どうした、ムサシ」


 すると、ムサシが顔を上げ、俺の目の前で浮遊する。


『きゅいーっ!!』

「うおっ、ど、どうした?」

「お腹空いたのかな? レクスくん、魔力は?」

「いや、あげたけど……」

「ムサシくん、どうしたんですか?」


 と、ムサシが喚きだしたので俺たちが訝しんでいた時だった。

 突如、地震が起きた。


「うおっ!?」

「じ、地震ですっ!!」


 水路船が急停止。

 小刻みに揺れ、海面に不規則な波紋が広がる。

 やばい……津波が発生するかもしれない。


「───まさかこれ」

「リーンベル、なんだ、どうした?」

「……来る!!」


 リーンベルが見ていたのは、海の向こう側。

 ちょうど、メルティジェミニとハルワタート王国の中間で船が止まっていた。

 見えたのは、ハルワタート王国領地の中央にある海域、『カヤンスウィーフ海溝』だ。

 そして、見た。


『ブォォォォォォ──……ォォォ』


 それは、『鯨』だった。

 ピンクのゼラチンみたいな色をした、あまりにも巨大な怪物クジラ。

 デカい。とにかくデカい。

 目測でも百メートル以上、ジャンボジェット機みたいな大きさのクジラだった。


「な、なんだ、あれ……」

「あれがタルウィ。熱を司る悪獣……伝承によると、あれは熱の塊みたいな生物で、放っておくと海が沸騰して海の生物がみんな死んじゃうって……大昔、タルウィの影響でハルワタート海域が死にかけたことがあって、レヴィアタンが何とか討伐したみたいだけど……カヤンスウィーフ海溝でいつの間にか復活しちゃう」


 百年かけての復活。

 だからこそ、六滅竜『水』の役目の一つに、ハルワタート王国に潜むタルウィの討伐がある。

 リーンベルは右手を掲げた。


「来たれ水の六滅竜、『水華神竜すいかしんりゅう』レヴィアタン」


 右手の紋章から水色の光が放たれ、上空に巨大な魔方陣を形成。

 そこから、青と水色とクリアブルーに輝く『羽翼種』、レヴィアタンが現れた。

 レヴィアタンは大きく翼を広げると、水の魔力を放出し輝く……すっげえ。

 と、ここで今更、水路船の船長がやってきた。


「こ、こいつは一体……」

「全速力でハルワタート王国まで向かいなさい。まだ間に合う……アレに巻き込まれたら死ぬわ」

「へ?」

「えーと、見ての通り彼女は竜滅士です。で、ここから全速力でハルワタート王国まで行けって言ってます」

「あ……わ、わかりました!!」


 船長は敬礼。理解できたのかできてないのか。

 俺もムサシに言う。


「ムサシ、羽翼形態」

『がう!!』


 手乗りサイズから風属性の羽翼種へ変化。俺とエルサが背に跨る。

 リーンベルは軽く跳躍すると、海から水の柱が立ち上り、そのままレヴィアタンの背まで運んでくれた。


「レヴィアタン、見ての通り」

『ええ。全く……見覚えはないけど、身体が覚えているわ。過去の私はあいつと何度もやりあっているようね』

「倒せる?」

『ええ。ところで……レクスたちも手を貸してくれるのね?』

「ああ。何をすればいい?」

『そうね、奴の注意を引いて。私が大技を叩き込む隙を作ってくれたらありがたいわ』

「よっしゃ、それならいける。ムサシ、エルサ、行くぞ!!」

『グォォォン!!』

「はい!! わたしも援護します!!」

「じゃあリーンベル、先に行く!!」


 ムサシに命令すると、中央で泳ぐタルウィに向かって一気に飛び出した。


 ◇◇◇◇◇


「で、でっかぁ……」

「す、すごいですね……」


 タルウィは、ゆっくりと動いていた。

 そしてその大きさ……上空から見ると際立っている。

 全長百メートル以上、色はゼラチンっぽいピンク色。姿形はやっぱりクジラだが……クジラにしてはヒレがデカすぎるし、尾も長い。

 拳銃を抜くが……これ、効くのか?


『グォォォン!!』

「へ? って……かかか、回避ッ!!」

「きゃぁぁぁっ!!」


 なんとタルウィ、クジラと同じように潮を吹いた。

 だが、その潮がヤバい。


「ね、熱湯だ!? ムサシ、触れるな!!」

「み、水の傘っ!!」


 エルサが上空に『水の傘』を作るが、潮に触れた途端蒸発した。

 あり得ない。タルウィが吹いた潮は、百度をはるかに超えている……ってか水って百度を超えると蒸発するんじゃないのかよ!?

 物理法則を越えた温度を持つ熱湯が、雨のように降り注ぐ。


『グルァァァ!!』


 すると、ムサシは風を起こして潮を吹き飛ばした。

 なるほど、風で反らせばどんなに高温でも関係ない。

 それに、やられっぱなしじゃない。


「ムサシ、接近!!」

『グォォォン!!』


 ムサシは急降下、潮を吹いた穴に接近し、俺はそこに向かって銃を連射する。

 弾丸は食い込んだが……巨人の足をつまようじでチクチク刺すようなモンなのか、全くダメージがない。

 再び距離を取り、タルウィの上空を旋回。

 すると、エルサが気付いた。


「レクス、あれ!! タルウィの周辺……海水が沸騰しています!!」

「マジか。しかも魚が浮いてる……ん!? おい海水をよく見ると、あれ……アパオシャだぞ!?」


 なんと、タルウィの周囲にアパオシャが大量に浮かんでいた。

 そして見た。ゼラチンみたいなタルウィの皮膚から鱗のような物が剥がれ、それがタルウィとなっている。

 

「レクス、あの陸……歓楽領地ササンですよね?」

「あ、ホントだ。こっから良く見える……ん?」


 歓楽領地ササンのビーチには、大勢の騎士がいた。

 そして、ビーチにいるのは魔獣。あのシカみたいなのってまさか。


「噓だろ……ティシュトリヤの群れだ!!」

「騎士団が戦っています!! あれ? レクス、あそこに何かいます」

「……えぇえ?」


 なんでビーチにドラゴンが? というか……いや、見間違いじゃないよな。

 

「あ、アミュア、それと……シャルネ!? なんであいつらがここに!?」

「えっと、幼馴染と妹さんでしたっけ……?」

「あ、ああ。リューグベルン帝国の六滅竜配下として研鑽詰んでるはずなんだけど……」


 ティシュトリヤと戦っている。

 アミュアは格闘、シャルネはフェンリスに跨っての弓だ。

 竜滅士になったことで戦闘スタイルも変わったようだ。

 アミュアはガントレットを炎で燃やし、アグニベルトと並んで拳を振るっている。

 シャルネは、フェンリスに跨っての射撃。しかも、海を凍らせて足場にして、海水を高速で移動しながらの射撃だ……すごいな。

 と、見惚れている場合じゃない。向こうが俺に気付く……ああもう、そんなこと考えてる場合でもないか。


「こうなったら、とにかくやるしかない。俺の剣じゃたぶん通じないから……ムサシ、お前が人型形態で使う槍あるか?」

『ギュルル』


 すると、翼から鱗が飛び、膨張して槍になった。

 

「エルサ。海水は沸騰してるけど……身を守る魔法とかないか?」

「私の水魔法じゃ完璧には……完璧に防ぐとなると一度だけ、しかも数秒が限度です」

「それでいい。一つ、作戦がある……うまくいくかわからんけどな」

『グルル?』

「え?」


 作戦を説明……エルサ、ムサシは何とも微妙な顔をした。


「い、いけるでしょうか?」

『ギュゥゥン……』

「まあダメもとで。ダメでも隙は作れるし、リーンベルもいるし」

「……わかりました。ムサシくん、やろう!!」

『……グルル!!』

「よし!! じゃあさっそく、作戦開始だ!!」


 見てろタルウィ、一撃食らわせてやるからな!!

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