何もない。

言ちゃん

火のないところ

 ダムの底に沈んだ村、なんて話はよく聞くもんだけどさ、あのダムに関しちゃそんな噂は全くの出任せなのよ。…いや、まあ一応、根も葉もないってわけではないんだけど。



 ていうのも、当時そのダムの建設計画が立ち上がって、予定地の周りを色々調査してもらったんだけど、まあ移転する必要のある村落があるなんてことはなかったし、立地的にもここしかないってな場所だったんだ。


 そんな風にトントン拍子に話が進んで、さあ工事開始だってなった頃から、現場に変な人が来るようになっちゃってね。毎日のように現れては、「ダム建設を即刻中止しろ!」「私達の村を水の底に沈めるなんて許されない!」なんて叫ぶわけよ。


 といっても、事前に周囲の調査はしてるわけだから、そんなもん取り合う人はいなかったんだけどね。俺なんかはちょっと気になったもんだから、昔は近くに村落があって、そこの縁の人なのかななんて思って調べたんだけど、調べられた範囲ではそんなもん影も形もなかったのよ。大体年号を一つ二つ遡るぐらいまでは調べられたんだけどね。それでもそんな人里があったなんて史料は見つかんなかったんだ。


 それにその人も、そんな昔の人というか、おじいちゃんおばあちゃんなんて年でもなくて、なんなら若いほうだったから、単なるいたずらか、病気の人なのかななんて話になって。まあその時その時で手の空いてるやつがなんとかなだめながら作業を進めて、特に大きなトラブルはなく無事に完成したんだ。


 結局その人は工事が終わるその日までずっと現れ続けて、「建築をやめろ」「お前ら全員呪ってやるぞ」なんて喚いてたんだけど、まあ途中から皆慣れたもんで、まあまあ落ち着いてお茶でも飲んでくださいよ、なんて言って事務所に入ってもらって落ち着かせてたんだわ。


 でまあ、そんな風に完成までは何事もなかったんだけど、いよいよ運用開始だってなった頃にちょっとまあ、嫌なことがあって。嫌なことというかまあ、人死にが出たのよ。


 その時俺も現場にいてさ。遠目から見ても間違いなくあの「建設反対派」の人だったんだけど、その人が、どこから入ったのか、いつの間にやら貯水池の端に立って、何やら物をポイポイと投げ入れてたんだ。そんなもん、もちろん止めなきゃいけないんだけどさ、足でも滑らせたら助かる高さじゃないし、近づくわけにもいかないし、とりあえず一緒にいたやつに警察へ電話しに行かせて、俺はとにかく「なにしてんだ!危ねえぞ!」「とりあえずこっち来い!」なんて叫んでたんだよ。


 そしたら、こっちに気づいたのかふっと顔を上げて、しばらくじっとしたと思ったら、あっ、と思うまもなく貯水池ん方にフラッと落ちてっちゃって。足を滑らせたってよりは自分から身投げしたって感じだったな、あれは。


 俺もそんなとこ見るの初めてだったもんだから、ちょっとパニックになっちゃって。警察が来るのも時間かかるし、どうしようどうしようと思って、とりあえずその人の立ってたとこを見に行ったんだ。


 そしたらそこに、貯水池に投げ入れてた物の残りなのか、服やら食器やらの家財道具が散らばってるのよ。それも見る限り、新品みたいに小綺麗なのばっかで。何だこれは、何でこんなもんを、とは思いつつ、まあ変に触ったりするわけにもいかないからさ。結局警察が来るまでそこでじっと待ってたよ。


 そっからはしばらくバタバタしたねえ。といっても、警察の話では事件性はなく単なる自殺だって話だったし、再発防止のために部外者が入れないようにしっかり対策をしてくれってなぐらいで割とすぐに落ち着いたんだけどさ。




 とまあ、こういう話があるから、あのダムの底に村が沈んでる!なんて噂の出どころも、この話に尾ひれ背びれがついてっただけなんだろうね。


 その後?何もないよ。そりゃ俺は人が目の前で死ぬとこ見ちゃったもんだから、しばらくは気落ちしてたけど、一年もたてば落ち着いたし、ダムの方で何かあったなんて話も聞いたことないなあ。

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