70 ただ幸せだ

梓は勇太との一夜を過ごしている。


最後まではシテない。だけど気持ちは繋がったと思えた。


婚姻届けは、勇太の前世と同じで住民票がない町でも受け付けてくれる。


起きたら出しに行く。


2人が仲良しだった幼少期。夏休みになると、梓は勇太のところに泊まりにきていた。


ホテルの窓から一緒に遊んだ海岸線が見えた。


夕べ眠った梓を見ながら、ふとパラレル勇太の記憶を探って確認した。


「そんで、あんまり楽しすぎて梓を嫁にするって言ったんだろ。だったら、その責任を持って接しろよ。本当にあいつ、無責任すぎ」


ぶつぶつ呟く勇太だが、お前も勇太だろと言いたい。


◆◆

翌朝、早めにチェックアウトした。


今は市役所に来ていて、前世のマイナンバーカードのような機能を持つ、『出生番号』を提示して婚姻届を出した。


「この証明書はおふたりが通われている高校に、それぞれ提出して下さい。おめでとうございます」


「ありがとうございます」

「ふふ、ありがとうございます」


梓が、LIMEでルナとカオルにも知らせた。


『おめでとう、2人とも』

『おめでとー!』


『お先です』


ルナ、カオル、梓のチャットを見て、本当に嫉妬とか少ない世界だと改めて思った。


海岸で散歩。今、海岸に続くコンクリートの段差に2人並んで座っている。


勇太にすれば懐かしい場所。前世の風景に似た海岸線もある。


前世では、小さな梓の手を引いて歩いた記憶がある。


今は横に、すっかり大人の女性になった梓が寄り添っている。なんか不思議だ。


前世だったら、年の差は5歳だった。病気になってなくても、こんなくっつき方をすることはなかっただろう。



「俺、梓を幸せにしないとな」


「ふふ。こっちこそ、ユウ兄ちゃんのこと幸せにできるように頑張るよ。正直に言うと不安だったんだ。ユウ兄ちゃん、カフェでもすごい人気だし」


「俺なんて、これからはモテないって。顔も普通だし。カフェで働いてる男が増えたりすれば埋没するよ」


梓は返事をせずに、こてんと勇太の肩に頭を乗せた。世間の常識をここで議論するより、2人の時間を楽しみたい。


スマホを構えている人も気にならない。


ホテルの人には、梓がネットで注目の勇太と泊まってくれたお陰で、早くも予約が増えていると感謝された。


今は、どうでもいい。


ただ幸せだ。



男女比1対12の世界。


女が男を大事にするのは当たり前でも、男が女を守ることは話で聞いた程度しかない。


間違いなく、勇太にはカフェの前でピンチに救われた。


梓はルナから1番目の妻の座を奪ってしまったと思った。だけど、そのこともルナが歓迎してくれる。


梓は勇太に、何人の妻が欲しいか聞いた。


勇太は変な顔をした。梓、ルナ、そしてカオルとも魅力的すぎ。自分には3人でも多すぎる。そんな風に笑う。


「梓、お前は自分が悲しい思いをしてでも、俺を幸せにしたいって思ってくれる。俺も梓のためなら命をかけられる自信がある」


愛していると囁かれるより、嬉しいと思えた。


思わず、スマホを構えている人がいるのに、勇太に抱きついてしまった。


ネットではごく少数、梓のアンチもいる。散々、女と遊んできたくせに、勇太とルナに割込むなと嫉妬する同性も増えている。


だけど、気にならない。怖いのはひとつだけ。



同じ学校の人達だ。


うれしすぎて、無防備になりすぎた私。色んな人に入籍がバレた。


梓はクラスメイトや、同じパラ高1年、そしてバドミントン部の人たちには、勇太との入籍のことは内緒にしていた。


ホテルで朝食を摂ったシーンから入籍、今の散歩まで、きっとネットに流出している。


スマホは消音にしてバイブ機能のみにしているのに、荷物入れから飛び出すんじゃないかってくらい、スマホがブー、ブーって震えている。


LIMEの送信者に『佳央理先生』って見えた気がする。


梓は問題ないはずだと思っている。


15歳から結婚できるし、パラ高の事務室に、入籍から30日以内に役所でもらったばかりの証明書を持って行けば問題ない。


名字も坂元から変わってないし、やっぱりアレかと思っている。


最近の佳央理先生は、看護師軍団と勇太の食事会などをネットで見て、年上も好きなのかと梓に聞いてくる。


まさか、あの人まで勇太を狙ってる・・などと頭の中をよぎった。



勇太は変わらず梓に優しい。2人で海辺の街で水族館に行き、色んな場所に立ち寄りながら帰った。


もちろん、デートの光景がネットに流れている。


水族館には、2人では初めて来た。だけど前世勇太は、こことそっくりの水族館に前世梓と行ったことがある。


販売コーナー。


勇太は梓が言うより先に、梓がネットで見て気になっていたピンクのイルカの所に行った。


梓は、そんな話は誰ともしたことがないのに・・


「ほら梓、これ好きだっただろ?」


「え・・うん。よく分かったね、ユウ兄ちゃん。不思議だね・・あ」



笑顔の勇太を見て、梓も笑顔になった。そして確信した。


自分にも、勇太とルナの出会いのような、不思議な『特別』があるんだと。




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