例えこの先、死がふたりを分かつとしても――。

ほしのしずく

第1話 例えこの先、死が僕らを分かつとしても。

ワシが無茶なことを言っても、バアさんは笑顔で頷く。


これは若い時から、ずっと変わりはしない関係。


いつも感謝をしているし、本当は何か気の利いた言葉を掛けてやりたい。そう思っているだが、昭和を生きてきたワシは、もう七十になるというのに、素直な気持ちを口にできやしない。


残念なことに――。




☆☆☆




――四月二十九日。


今日は結婚して六十年となる記念日。


当時、頑張って働いて買った一軒家の中。


ワシは、初めて出逢ったあの時を思い出してバアさん……かずえさんに声を掛ける。


「かずえさん、ワシと……いや、僕とお食事でも行きませんか?」


すると、かずえさんは出逢った当初と同じような柔らかい笑顔で僕に返す。


「うふふ、私はいい女ですから、お金が掛かりますよ? ひろしさん」


「ああ、知っている。知っているさ……何十年も一緒に居るんだからな」


かずえさんは、お金の掛からないどころか、僕の稼ぎが足らない時は、嫌な顔一つせず働きに出て一緒に家庭を支えてくれていた。


そのおかげで息子たちは立派になり、自分たちで生活することができている。


本当に頭が上がらない。


こんな僕と一緒になり、この歳なっても変わらない柔らかい笑顔を向けてくれる。


「うふふ、どうしたの? そんな怖い顔して――」

「な、なにもない! では、いこうか――かずえさん」

「はい、ではよろしくお願いしますね」

「ああ――」

「ずっと、はなさないでくださいね」

「……うん」

「うふふ――」


僕は、このしわくちゃとなってしまった小さな手を離すことはないだろう。


例えこの先、死が僕らを分かつとしても。


ずっと。

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