第56話 幼なじみに見せたいもの

 自宅に戻って朝食を食べ終わり、自室で自習をしていると、階段の入り口から母さんの声が聞こえた。


「優汰、お客さんよ」


 お客さんと聞いて、一瞬柚希が来たのでは、と思った。しかし、今日は柚希が引っ越しする日だ。部屋の窓から隣の家を見渡すと、引っ越し業者の人が数人出入りしている。柚希も動き回っていて、抜け出す暇はないだろう。誰なのか気にしながら玄関へ向かう。


「お邪魔しま~す」


 玄関の入り口には、可愛らしい色合いの服装をした小泉さんと秋色の装いをした栗原さんが立って僕に手を振っていた。


「小泉さんに栗原さん、おはよう」

「さっきぶりね、ユータ」

「お邪魔するわね」


 目の前に立っている小泉さんはピンク色のジャケットをはじめ黒地のパーカー、チェック柄のフリルスカート、絶対領域の見えるストッキング、ブーツで固めていた。一方の栗原さんは短パンと秋物のジャケットで、いかにも高校生といった感じだ。


「ところで、高橋さんはどうしたの?」

「ナツはちょっと遅れて来るって。ここの場所はメッセアプリで伝えたけど、大丈夫かしら」

「大丈夫だと思うよ。ナビ機能を使えば、だけど」

「それもそうね」


 小泉さんは笑顔を見せると、「上がらせていただきますね」と母さんに声を掛けてから靴を脱ぎ、二階の僕の部屋へと向かう。栗原さんも母さんに挨拶してから、小泉さんの後を追うようにして二階へと向かう。

 母さんは女の子が相次いで僕の部屋へと向かう様子を見ると、僕の顔を見て微笑む。


「柚希ちゃんと小泉さんばかりかと思っていたら、いつの間にまた女の子を連れてくるなんて。優汰もやるじゃないの」

「母さん、二人は単なる友達だからあまり気にしないでよ。それよりもお茶はどうしようか? 僕が持っていこうか?」

「母さんが持っていくから心配しないで。アンタはさっさと二階へ上がっていて」

「でも……」

「いいから、母さんの言う通りにしなさい。二人が待っているわよ」


 母さんはそう言うとキッチンへと消えていく。やれやれとつぶやきながら階段を上って自分の部屋に向かうと、定期試験の前と同じ光景を目にした。


「ん~……、やっぱりそれらしい本はないわね……」

「ね、アタシが話していた通りでしょ」


 なんと、ベッドの下を探していた小泉さんがベッドをソファ代わりに使っていて、栗原さんは身を屈めてベッドの下に潜り込んでいた。


「小泉さんに栗原さんも一緒になって、何やっているんだよ」

「エロ本探し……かな」

「そうよ」


 二人が何事もなかったかのように答えると、思わずため息が漏れた。

 それよりも、気になるのは柚希にどのようにして声を掛けるかだ。


「そ、そんなことはどうでもいいじゃないか! まずは幼なじみに……」


 顔を真っ赤にしながら話しかけると、小泉さんはスマホを弄る手を止めて、ドヤ顔で僕を見つめた。


「分かっているわ。『柚希にどのようにして声を掛けようか』って思ってるんでしょ」

「小泉さん、どうしてそれを?」

「顔に書いてあるわよ。もう少しすれば落ち着くし、それを待ってからでも遅くないでしょ」


 そう話すと、小泉さんはまたスマホに向き合う。表情から察するに何か動きがあったらしく、手を止める。


「ナツからだ。『優汰君の家の前だよ!』か……」


 小泉さんが聞き覚えのある口ぶりを真似した途端、僕の胸が高鳴る。家の前に高橋さんが来ているのだろうか。

 その途端、階段の前から母さんの声が聞こえた。


「優汰、またお友達が見えているわよ。高橋さんって方よ」

「今行くから」


 僕はそう答えると階段を降りて玄関へと向かう。すると、そこには日本人にしては高身長で胸も大きくてセクシーな大人の女性に見える高橋さんが玄関の前に居た。


「お待たせ。ちょっと遅くなったね」


 高橋さんはそう話すと、僕に向かって笑顔を浮かべた。秋らしい淡い色合いの服が実に見事で、思わず見とれてしまった。


「全然待っていないよ。さあ、上がって」

「お邪魔します」


 待たせないそぶりを見せると、高橋さんも靴を脱いで二階の僕の部屋へと向かう。


「二人とも、お待たせ」

「ナツ、良く来たわね。迷わなかった?」

「全然。奏音のおかげだよ」


 部屋に入ると、高橋さんは小泉さんと目の前で仲睦まじく話す。チア部に入ってから何度も見た光景だけど、僕の部屋の中で見せつけられるとちょっとだけ小泉さんが羨ましく感じる。

 それよりも気にしているのは幼なじみの柚希のことだ。部屋はだいぶ片付いていて、後少しで引っ越しの準備が終わりそうだ。


「もうそろそろ、かな」


 僕がそう話すと、小泉さんが無言でうなずき栗原さんたちが部屋の外に出る。

 ふと小泉さんの座っている場所に目をやると、いつも持ち歩いているスポーツバッグが視界に入る。もしかしてという期待が高まると、小泉さんが手招きをする。小泉さんの体からは、甘いムスクの香りが漂っていた。こちらへ来る前にシャワーでも浴びたのだろうか。


「何、小泉さん」

「ちょっとだけ着替えるから、少しだけ出て行って。お願い」

「ちょっとだけって、まさか……」

「……あなたの幼なじみに見せたいものがあるのよ。アタシが言えるのはそれだけよ。分かったら出て行って」


 ふと小泉さんの顔をちらりと覗き込むと、顔が少しだけ真っ赤になっていた。


「分かった」


 小泉さんにそう答えると、部屋の外に出る。


「小泉さん、何をする気なんだろう」

「さあてね」

「私も分からないよ」


 一体小泉さんは何をするつもりなのか気になりながら、僕たちは廊下で小泉さんが着替えるのを待った。隣の家の引っ越しの準備がいつ終わるのか、それを気にしながら。

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