第43話 Go! Fight, win!
準備を終わらせてからSHRが終わると、再び体育館へと向かった。
ステージ脇の待合スペースに入ると、佐藤先輩たちのほかにも先陣を切って応援をする応援団の姿があった。小泉さんが話していた通り厳つい男子生徒も居れば、そうでない男子生徒も居た。
「応援練習の時に見かけたけど、意外と少ないんだな」
「佐藤先輩の話だと、今は応援団に入る子って割と少ないらしいよ。対抗戦で顔を合わせる高校でも男子よりも女子が多くて、実質チアリーディング部になっているって話していたよ」
「それにね、アタシのキッズチア時代の友達も居るのよ。恐らく、アンタも気に入るはずよ」
「ホント?」
「ええ、アタシの目に狂いはないわ。なんだったら、球技大会の後に紹介してあげましょうか?」
小泉さんのキッズチアの友人と聞いて、米沢さんのように顔面偏差値が高そうな女性なのかと期待を抱いた。ただ、心配なのは高橋さんがどう思うかだ。
「いいけど、高橋さんが……」
胸を張って話す小泉さんを横目に、高橋さんの方に目を向ける。小泉さんとの話を聞いていたのか、少しだけ頬を膨らませていた。
「高橋さん、どうしたんだ?」
「別に、何でもないわよ」
「もしかして、僕が他の女の子と仲良くするのが嫌なのか?」
「うん、ちょっとね。……大っぴらに言うとまずいことになるから、これ以上はちょっとね」
「そうだな。それに、そろそろ応援団の出番だから静かにしようよ」
僕が一年生全員に忠告すると、応援団の生徒たちが壇上へと昇る。
応援団に所属している生徒をこの目で見たのは甲子園の県予選会以来で、代替わりしてからは今日が初だ。
見た感じだと二年生が三人、一年生が二人居る。右端には太鼓担当が居て左端は団旗担当、そして一年生に挟まれるようにステージ中央に立っているのは次期団長だろう。イケメンだと聞かされていたけどもまさにその通りで、最近になってイケメン風味だと自覚するようになった僕でさえも霞む感じがした。
「皆さん、今日は球技大会です。校長先生や次期生徒会長、実行委員長の話に続いて我々の出番となりますが……」
応援団長がマイクを取って挨拶をすると、不思議にも応援団長であることを一切感じさせない。声も男性の僕が聞きほれるほどのイケボだし、学ランを脱いだら普通に生徒会長にも見える。
「カッコいいですよね、応援団長。優汰君も憧れますか?」
「そりゃあ、その通りとしか言えません」
「ですよね。何せイケメンでありながら男子生徒からも慕われる方ですから。……そろそろ始まるので、静かにしましょう」
「はい」
佐藤先輩の指示通りに口元を閉じると、僕は壇上に立っている団長に注目した。
団長が息を大きく吸って腹の底から声を出す。
太鼓持ちが太鼓をドン、ドンと叩き鳴らすと、体育館が大きく揺れる。
そして最後のエールに入ると、腹の底から叫ぶような大声が体育館を包み込む。
その声を聞いていると、次第に胸が熱くなる。甲子園の県予選会に行った時のことがありありと思い出される。あの一体感は、今でも心に残っている。もちろん、高橋さんたちのダンスも。
「ありがとうございました!」
団長が挨拶を終えてお辞儀をすると、体育館は満場の拍手に包まれる。すると、球技大会実行委員の生徒が佐藤先輩のもとに近寄った。
「そろそろスタンバイお願いします」
「分かりました」
佐藤先輩は実行委員の生徒にそう話すと、僕の手を取った。彼女の手は柔らかくて温かく、高橋さんと似たような感じがした。
「一体何をするんですか?」
「円陣を組むんです。優汰君も部員の一人なので、一緒にやりましょう」
佐藤先輩がそう話すと、小泉さんをはじめとした生徒たちが集まる。嗅ぎ慣れたデオドラントの香りに包まれると、得も知れぬ熱気を感じる。応援団のそれとは全く違う熱気が僕の心を熱くさせる。
「これが三年生引退後の私たちの初ステージです。今まで練習してきた成果を思う存分見せましょう! せーの……」
「ブルースターズ、ファイ、オー!」
掛け声をかけ、一点に集めた右手を離すとチア部の部員たちはステージへと向かった。
僕は生徒たちにポンポンを手渡しすると、皆の出番を待つ。
放送部の部員が持ってきた機材で音楽を流し始めると、全員が踊りはじめる。
「レッツゴー!」
掛け声とともに、佐藤先輩たち二年生は次から次へと大技を繰り出した。エクステンションからのヒールストレッチをはじめ、一年生では小泉さんと米沢さんのタッグでしか出来そうにない大技も次から次へと惜しみもなく披露する。
もちろん、一年生も負けてはいられない。上級生に負けたくない一心でキッズチア経験者の二人が高度な技を繰り出すと、生徒たちからは拍手と惜しみない喚声が沸く。
「ゴー! ファイト、ウィン!」
掛け声がかかると同時に、事前の打ち合わせ通りに機器を操作して音楽を再生する。
昨日、一昨日と佐藤先輩たちに「このタイミングでお願いしますね」と言われた通りだ。
ダンスパートでは一年生と二年生が負けない気持ちで激しい踊りを見せる。全員の顔は辛いとかそういったものとは無縁だ。経験者の二人はともかくとして、未経験者の高橋さんと久保田さんも、そして佐藤先輩も輝いている。
いよいよダンスパートが終わると、部員全員が生徒たちに向かって最後の掛け声をかける。
「ゴー、ゴー、ヴィクトリー!」
ちょうどそのタイミングで曲が止まり、全員が決めのポーズを取る。
刹那、体育館のあちらこちらから拍手が巻き起こり、先ほどの応援団のエール以上に体育館を包み込んだ。
「ありがとうございました!」
全員が一列に並んでお辞儀をすると、また割れんばかりの拍手が巻き起こる。
会場と演者であるチア部の部員が一体化した瞬間に、僕は立ち会った。
「お疲れ様でした!」
ステージが終わると、全員が舞台袖から待機所に戻ってきた。
十数人居るチア部の部員の汗の臭いが鼻腔を直撃し、途端に思春期男子の悪い部分が目立ちそうになった。本能に負けてたまるかとの気持ちで目を閉じながら全員にタオルを渡し、拭いた生徒たちから真っ先に回収する。
タオルから漂う汗の臭いに顔を歪めていると、佐藤先輩が声をかけてきた。
「どうしたんですか、優汰君。目を瞑ったりして」
「いや、先輩たちが汗を拭く姿を見ないようにしたいと思ってまして……」
「平気ですよ。だって優汰君、私たちに対しては変な目で見なくなりましたから」
「それはそうですけど、僕は男性で先輩たちは女性ですよ。変な目で見てしまいそうで怖いんですよ」
「クスッ。優汰君ってウブなんですね」
「ウブっていうか、今まで女の子は幼なじみしか知りませんでしたから」
先輩は笑いながら話す。
「ちょっとこのままだと居づらいので、外で待機していますね」
「はい。終わったら荷物運びとタオルの洗濯もお願いします。袋は優汰君が分かる場所に置いておきますから」
先輩に見送られながら、僕は舞台の両袖から外へ向かう。
開会式はとうに終わり、生徒たちがあちこちに移動している。一番の目玉競技であるサッカーは雨が上がるまで順延となったけど、それ以外の競技は予定通り行われるとのことだ。
「よし、いつも通り頑張るか」
僕は軽くつぶやいて自分自身を引き締めた。先輩たちの甘い香りに惑わされないためにも。
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