第25話 佐藤先輩と一緒にお手伝い

「優汰君、久しぶりですね」


 体育館に入ると、真っ先に笑顔で声をかけてきたのは佐藤先輩こと佐藤眞耶だった。セミロングヘアとリボンで結んだレフトサイドアップ、そして体のラインを際立たせる衣装を見ると、得も言われぬときめきを感じてしまう。

 高橋さんと米沢さんの二人に比べると背丈は少しだけ低いものの、小泉さんよりはあるだろう。体つきも小泉さんとよく似て、均整が取れている。

 佐藤先輩の笑顔を見たのは実に二週間振りで、テストが終わったことへの解放感からか声も明るく、いつもの佐藤先輩を感じさせる。


「お久しぶりです、佐藤先輩。テストはどうでしたか?」

「英語の二教科はもちろんのこと、全ての科目で好成績が取れそうですね」

「共通テストの対象となっている情報もですか」

「はい! 一年生の頃のクラスメイトに教わりましたから、ばっちりですよ」


 佐藤先輩は屈託のない笑顔を見せては左手で親指をサムズアップした。久保田さんから見た目以上に親しみを感じる人だと聞いていたけれど、まさにその通りだった。彼女からは小泉さんと同等、いやそれ以上の人だ。

 笑顔で話す佐藤先輩に僕が感心していると、彼女のすぐそばには腰のあたりまであるロングヘアをなびかせている春風先輩とウルフカットの涼風先輩が近づいてきた。春風先輩は髪を軽くかきあげると、佐藤先輩に声をかけた。


「眞耶ちゃん、優汰君と話すのはこの辺にしてくれるかしら?」

「ごめん、春風。だって顔を合わせるのが二週間ぶりだから、ね」

「それはアタシたちも一緒だろ。なぁ、春風」

「そうね」


 双子姉妹というべきか、息の合った会話を繰り広げていると、春風先輩が僕の目の前に現れた。


「優汰君、積もる話をしたいのはやまやまだけど、一年生が今体育館倉庫に行っているみたいなの。一緒に手伝ってくれないかしら」

「僕がですか?」

「そうよ。ぜひ手伝ってもらえないかな」

「は、はい! それでは行ってきます!」


 直立不動の姿勢をとってから先輩たちに一声かけ、僕はステージ左側の体育館倉庫へと向かった。すると、後ろから佐藤先輩もついてきていた。


「佐藤先輩も手伝うんですか?」

「ええ。その代わり、春風ちゃんにはパソコンを用意してもらっていますから」

「日野先生に見てもらうためにですか?」

「そうですね。自主練する条件として、顧問の先生に見てもらうというのがありますから。それと、部活動中のいじめの防止という観点もあるんですよ」

「なるほど」


 ふと、部活動に入りたくないと言っていた同じクラスの生徒のことを思い出した。その生徒は中学校の部活動でいじめに遭い、部活に入ることを拒んでいた。

 最終的にその生徒は園芸部に入ったけど、どうしているのだろうか。


「優汰君、何を考えていたんですか?」

「え? ああ、ちょっとね……」

「おかしな優汰君。それより、もう倉庫の前ですよ」


 佐藤先輩に話しかけられて真顔に戻ると、目の前は体育館倉庫だった。倉庫の中は少し湿気がこもっていて、バスケットボールやバレーボールのスコアボードをはじめ、体育の時間でしかお目にかかれないものが置かれていた。

 小泉さんをはじめとした一年生数人はユニフォーム姿で倉庫内を歩き回って、マットなどを持ち出そうとしていた。


「遅かったじゃない、ユータ。それに佐藤先輩まで、どうしたの?」

「ごめん。二年生とちょっと話し込んじゃって。佐藤先輩もいるよ」


 僕が来るのを待ちわびていた小泉さんは隣にいる佐藤先輩を一瞥すると、納得した表情を見せた。


「奏音ちゃん、私も手伝うよ」

「いいんですか、佐藤先輩。春風先輩たちが待っていますよ」

「大丈夫だよ。二人に事情を話したら待っていてくれるって」

「先輩らしいですね。ユータ、今アタシたちが持っている厚手のマットを何枚か持ってくれるかしら」


 小泉さんの手元を見ると、体育の授業で使っているマットを抱えるようにして持っていた。女子が持つのは大変そうだから、ここは僕が代わりに持つべきだろう。


「僕が全部持とうか?」

「ユータ、本当に良いのかな?」

「別に構わないよ。これから雑用で動かなきゃならなくなるからね」

「さすがユータ、アタシが見込んだだけあるわ。それじゃあ、お願いできるかしら」


 小泉さんが笑顔を見せると、高橋さんたちだけでなく久保田さんもほっとした表情を見せる。分厚いマットを抱え込むように持ち上げると、ほかの部員もヨガマットのようなものを手にした。


「優汰のおかげで助かるわ。いっぺんに二枚も持って行けるなんて、力があるのね」

「楽器演奏のために筋トレをしていましたから」

「なるほどね。後で優汰の体、触ってもいいかしら」

「真凛、優汰は私と付き合っているから触るなら私が先だよ」

「いいでしょ、減るもんじゃないから。ね、優汰」

「う、うん」


 米沢さんに笑顔で問いかけられると、そう答えざるを得なかった。

 中学で吹奏楽部に入ったばかりの頃から肺活量を鍛えるために筋トレを欠かさずやっていたせいもあって、少し重いものを持ち上げることは余裕でこなせる。最近では筋トレができるゲームもあり、気分転換するときには欠かさずそのゲームで遊びながら体を鍛えている。

 柚希は僕の努力を馬鹿にしていたけど、そんなことでへこたれる僕ではない。どんなときでも冷静さを失わない。何を言われようと荒ぶることなく、自分は自分であり続ける。だからこそ、僕はあの柚希と上手く渡り合えたのだろう。

 先輩たちが待っている中、僕たちは体育館倉庫から運び出したマットなどを手早く敷く。全員が練習しやすいように体制を整えると、佐藤先輩が「こっちは大丈夫?」と高橋さんたちに声をかけた。


「もちろんです。奏音たちは?」

「こっちも準備できたわよ」


 小泉さんたちがコートの上半分に体育用のマットやヨガマットを敷いていると、西城姉妹のお二人はあっという間に柔軟を始めていた。もちろん、佐藤先輩も丹羽先輩と一緒になっていた。後を追うように一年生の部員も柔軟を始めていた。

 さて、何をしようかと思案を巡らしていると、突如ノートパソコンから「優汰君」と呼ばれたので振り返った。

 画面越しで日野先生が手を振っていた。テストのことでいろいろと忙しかったせいもあって、疲労の色を隠せなかった。


「日野先生、どうかしました?」

『優汰君、今日もお疲れ様。ちょっとだけ英語科の教員控え室まで来てくれるかな? 渡したいものがあるんだ』

「ひょっとしていつもの、ですか」

『そうだよ。いつもの』


 いつもの、と聞いてピンと来てしまったせいか、日野先生に「分かりました」と返事をして、僕は英語科棟にある英語科の教員室まで足を運ぶこととなった。

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