第2章 米沢真凛 - うまくいくようにするための魔法
第11話 たいしたことがない理由
チアリーディング部への入部届を出した次の日、一番僕が気にしていたのは後藤のことだった。校内の情報には常にアンテナを張っている可能性が高く、僕がチアリーディング部のマネージャーとして転入部すると後藤に知られたら、いろいろと探ってくるかもしれないと思ったからだ。
僕はおはようと言いながら一年三組の教室の引き戸を開き、自分の席へと向かった。既に情報を手に入れていて勉強をしながら待っていたのか、既に座っていた後藤は僕をジッと見ており、席に着くと同時に後藤は椅子を僕の座っている方向に向けると、身を乗り出して話しかけてきた。
「おう、清水。相変わらず早いな」
「当たり前だろう。吹奏楽部の朝練でこの時間に登校するのは慣れっこだよ。それと……」
後藤が見つめてくる中で僕はカレンダーをチラリと見る。
「もうすぐテストだからな。お前、いつも寝てばかりで大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。英語の二科目は問題ないし、それ以外の科目は写真部の連中と一緒に勉強するからさ」
「その割に英語の二科目以外では赤点すれすれの成績を出して、桜井先生に白い目で見られたのはどこのどいつだったかな……」
「ぐっ……」
後藤は途端に口ごもる。
後藤は女の子の情報を集めることには熱心だが、肝心の学業成績に関してはコミュニケーションと表現以外は今ひとつ振るわない。おまけに体育の授業では女子に視線が行きがちで先生によく注意されている。僕としては、もうちょっと英語以外の科目も頑張ってほしいところだ。
「そ、そんなことはどうでもいいじゃないか!」
「どうでも良くないだろ……」
「それよりお前、吹奏楽部を休部してチアリーディング部に入ったのは本当か?」
やはり情報は手に入れていたようだった。
「どこでそれを聞いたんだ?」
「お前と小泉さん、昨日お昼の時にいろいろと話していただろう? それでだよ。どうしてお前、吹奏楽部を休部したんだ? お前が演奏する姿、写真に撮りたいほどに良いなと思っていたのに」
残念そうな表情に罪悪感から胸が痛む。あの時は演奏に夢中で、後藤が居たことに気が付かなかった。それに、普段は容姿の良い女の子しか目に入らない後藤が僕のことを気にかけるなんて思いもよらなかった。
そんな後藤の様子に、僕は戸惑いを隠せなかった。
「まぁ、それはその……、だな。柚希の件があったからだよ」
「ユズキって確か、俺がいつも大したことないってしゃべっている六組の阿部柚希のことか?」
僕が無言でうなずくと、後藤は腕組みをしながら少し考え込む。いつもとは違った険しい表情をしていて、そこにはいつも女子に対して見せるような表情を浮かべる後藤はいなかった。
「大したことがないって言ったのには理由があって、見た目はそこそこ良いけど、自分勝手な奴って意見をよく聞くんだよ。たとえ自分が悪くても謝罪することなんてないし、平気で他人のコンプレックスを逆撫でするからな。お前も心当たりはあるんじゃないか?」
「もちろんだよ。こないだ柚希から別れを切り出されてな、僕のことを友達作りの踏み台にしていたって平気で口にしたんだよ」
「だろ? それで、別れを切り出されたのっていつだ」
「先週の土曜日だったかな、公園に呼び出されたかと思ったら同じ吹奏楽部の沼倉と付き合っているって言われたんだよ」
「沼倉? ホントか?」
僕は無言でうなずく。すると、後藤は頭を抱えながらため息をついた。
「はぁ……、沼倉も大変だな。まあ女を見る目がなかったとしか言いようがないか」
「同感だ。少しでも気にしていた僕が言えたことではないけど」
「目が覚めたんだから良いだろ。さっきも話した通り、六組の阿部は性悪女だからな。ところで、沼倉はイケメンだというのは知っているか?」
「もちろん知っているさ。甲子園の予選会でも吹奏楽部の女子が甲高い声を上げていたからな。もしかして沼倉の人気って、チア部の高橋さんに匹敵する感じか?」
「そう考えて間違いないな。俺の調べではチア部の高橋さんとはベストカップルになるかもと一部では囁かれていたぞ」
「なるほど」
後藤の話はもっともだ。美男と美女というのはいつの時代でもお似合いだなんて言われる。それ以外の組み合わせなんて見向きもされないどころか、意外だとかもったいないとか言われる。もっとも、本人たちからすれば大きなお世話ではあるけれど。
そんなことを話していた時だった。
「おはよー」
小泉さんが引き戸を開けて入ってきた。そのまま僕たちに近づいてくると、後藤を見て驚きながら口に手を当てる。
「ゴトーにしては早いじゃない。その上、机の上には教科書やノートがあるし……、テストの日の天気は槍かしらね」
「なんて言い草だよ! 俺のイメージはどうなっているんだよ!」
小泉さんはため息混じりで答える。
「体育の時間に女子をじろじろ見てくるエロ男よ。見るにしてもレンズ越しだけにしときなさい。もっとも、イヤらしい目的だったら殴るけどね」
「カメラを持つ者にとって、被写体の様子を見るために観察するのは仕方ないことなんだよ」
「けど、眼福とは思っているんでしょ?」
「当然だ」
それの何が悪いと言わんばかりの態度に、小泉さんは「ダメだ、こりゃ」と言わんばかりに首を横に振る。
「まあ犯罪にならないようにだけはしなさいね。よし、せっかくだからアタシもテスト勉強しようかな。後藤みたいに先生たちを心配させたくないから」
「うぐっ……」
「ということで、アタシも混ざるわね」
それは決定事項なようで、小泉さんは鞄を自分の席に置いてから筆記用具やノートなどを持って戻ってきた。そして朝のホームルームが始まるまで僕たちはテスト勉強をしながら雑談を楽しんだ。
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