第35話 とれとれ市場とガスマスク

 異世界の野菜は甘くて美味しい。

 キャベツとレタス、大根にトマト、ニンジン、ほうれん草、玉ねぎ。


 驚いたのは、日本と同じ野菜が市場で売っていたりするのだ。

 これは完全に仮定でしかないが、俺と同じ転生者がいたのだろう。

 

 もしくは、現在進行形・・・・・・か。


 ただたんにお金の目的か、農家に興味があったのかはわからないが、慣れ親しんだ野菜があるのはありがたい。


 とはいえ異世界ではまだ少なく、種になりそうなものをいくつか購入して商人ギルドへ向かう。

 足りない品種であったり、市場にはない果物の種なども家庭菜園で試してみたい。


「今の人、凄くおっぱいおっきかったですね」

「そ、そうなのか?」

「はい、見ていませんでしたか?」

「ああ、レナセールとの野菜作りを想像していたからな」

「ふふふ、楽しみですね」


 街を歩いていると、露出の高い女性がよく通り過ぎる。

 そのとき、ギャルゲームのような選択肢が突然に現れるので、答えるのがドキドキだ。


 どうやら大満足だったらしく、胸をぎゅっと腕に押し付けてきた。


 人前なのだが、段々と大胆になってきている。

 

 俺はあまり知らないが、なんかこう、ヤンデ――なんちゃらな気がしてきた。

 今のところ強く何かを言われたことはないので、実際そうなのかはわからないが。


 商人ギルドに到着して扉を開く。

 いつもの見慣れた――ではなく、とても慌ただしかった。


「んがあああああ、解体間に合わないよこんなの!」

「内臓腐るから先にこっち処理してくれ!」

「先に金払っといて! 急いで!」


 奥の処理場では、なかなかにグロい魔物が大勢積まれていた。

 血、血、血、――うーんすさまじい。


 レナセールは大丈夫だろうかと思い視線を向けると、めちゃくちゃ鼻をつまんでいた。

 前かがみになりながら、できるだけ空気を吸わないようにしている。


「レナセール、大丈夫か?」

「へ、平気です……」

「外で待っていてもいいぞ」

「ベルク様と離れたくありません……から……」


 とてもつらそうだ。

 次に来るときはガスマスクを作ってあげよう、そう誓った。


 少し待っていると、ミュウリさんが駆け寄ってきた。


「お待たせしました。すいません、慌ただしくて」

「いえ大丈夫ですよ。大盛況ですね。何かあったんでしょうか?」

「小規模なスタンピードがあったらしいです。被害はなかったのですが、モンスターの素材の買い取りが大量に増えまして」


 なるほど、それで街に見知らぬ冒険者も多かったのか。

 治安も少し悪くなるかもしれないので気を付けよう。


「先ほど依頼書を確認しましたが、依頼は『野菜の種』『果物の種』でしょうか? 農業でも始めるのですか?」

「いえ、そんなたいそうなもんじゃないですよ。一軒家を購入したので、庭で野菜でも育てようかと思いまして」

「そうなんです……す、すごくいいお家なんです」


 顔色が悪いまま相槌を挟むレナセール。

 もういい、休めっ。


「ふふふ、レナセールちゃんとベルクさんはいつも楽しそうで羨ましいです。でしたらこちらに詳しい品種の記載をお願いできますか? 冒険者さんが多いので、早い日数でお届けできると思いますよ。あ、それとこの前、仕入れを二倍って言っちゃったんですけど……」


 するとばつが悪そうに、ミュウリさんが言った。

 ああ、そのことか。


 さすがにそう上手い話があるわけがない。

 きっと、いつも通りでいいということ――。


「その、もしできればでいいんですが、三倍って可能ですか?」

「え? 三倍?」

「はい。予約待ちがさらに増えてしまいまして、二倍でも追いつかないんですよ。もちろん規定量と合わせて速達の追加料金の支払いもしますので」


 速達料金とは、通常よりも1.3倍ほどで買取してくれるものだ。

 となると、毎月の給料が90万くらいになる。


 ……凄くないか?


 毎日ステーキを食べられる。

 いやそれどころか遠方に旅行すら可能だ。


「問題ないですよ。でしたら、来週にまとめて持ってきますね。合わせて素材だけ購入していきたいのですが、よろしいですか?」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 ルンルンのミュウさんの後ろ姿を見ながら微笑んでいたら、レナセールが苦しそうな表情のままガッツポーズしていた。


 とりあえずお金が入ったら、高性能のガスマスクを作ってあげよう。

 できるだけ可愛い色にして。



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