第32話:ばぶばぶ

「ふう、なんかこう、感慨深いな」

「そうですね。短い間でしたが、私はこの場所を一生忘れないと思います」


 ボロボロ一軒家の契約はスムーズだった。

 面倒な書類が沢山あると思ったが、名前とちょっとしたサイン、お金を払って終了だ。


 エアコンで得た報奨金はすべてなくなったが、これからまた稼げばいいだけの話。


 荷造りを終えた俺たちは、少しガランとした家を眺めていた。

 サーチを鞄に入れようとしたが、酷く嫌がり、俺の肩に乗っている。

 外に出て逃げやしないかと不安だが、おそらく大丈夫だろう。


 王都に来て家を借りてから色々な事があった。

 慣れない生活、自炊、仕事。

 能力があっても、心はどこか寂しかった。


 しかしレナセールと出会ってからは世界が変わった。

 起きるのが楽しく、寝るのが寂しく、食べるのが美味しくて楽しい。


 彼女もそう思ってくれているのか、最後の掃除は念入りにしていた。

 名前の通り、生まれ変わった場所だからだと。


 だがそれは俺も同じだ。


 ベルク・アルフォンとして、今後も頑張っていきたい。


 そのとき、サーチが外に反応した。

 だが予定通りだ。

 扉を開けると、現れたのは小さくて可愛らしい女性のドワーフだった。


「こんちゃーす。引っ越し屋でーす」

「どうもどうも、こちら荷物はまとめました」

「え? うひゃー! ありがとうございます! ここまでしていただけだなんて!」


 軽快な喋りのテンポは、俺の知っているドワーフとは少し違う。

 異世界で家を契約したのはいいものの、そういえば引っ越しってどうしてるんだ? とすぐに気づいた。

 調べると王都には引っ越し屋というものが存在したのだ。


 商人ギルドからのおすすめでお願いしたである。


「ここまでとは?」

「普通はまんまですからねぇ。これならすぐっすね」


 俺とレナセールは必要なものを木箱に詰めていた。

 浴槽は流石に不可能だったが、ほとんどが綺麗にまとめられている。


 なるほど、異世界ではそういった常識がないのだろう。


「んじゃ運び出しますね。一軒家まで一緒に乗っていきます?」

「ああ、そうだな。お願いしたい」

「はーい。それじゃ、外で待っててくださーい」


 もちろん彼女だけではなく、同じようなドワーフがいっぱいいた。

 鍛冶屋のイメージだったが、普通に考えたら全員がそうではないだろう。


 しかし力持ちだ。


 チラリと視線を向けると、二人でいっぱいいっぱいだった木箱を軽々しく持ちあげている。

 ……凄いな。


「あれ? 馬車はどこでしょうか?」

「確かにないな。……もしかしてあの人たちに担がれるとか?」


 そんな訳はないだろうと思っていたら、さっきのドワーフが出てきて木箱を持ち上げながら口笛を吹いた。


「まったく、すぐ目を話したら遊ぶんだから。――ほら、戻っておいで」


 戻る? と考えていたら太陽が隠れていく。

 暗闇が突然訪れ、何かと思っていたらバサバサと翼の音が聞こえる。


 慌てて上を見上げると現れたのは竜――いや、ワイバーンだ。

 背中に運搬用の籠を背負っている。


 静かに降り立つと、大人しく背中を丸めた。

 ドワーフたちは、手慣れた様子で木箱を積んでいく。


「凄いですねベルク様」

「これは驚いたな。テイム能力だろうか」

「どうでしょうか。ドワーフは魔法を使えないはずなので、懐いてるだけではないです?」

「それならペットだな。サーチも飛んでくれないだろうか」

「にゃーご?」

 

 無茶な注文をしていると、俺とレナセールの愛の素ならぬ、愛の浴槽が運び出されていた。

 ちなみに前夜もたっぷり楽しんだので、綺麗に洗ってある。


「……なんだか恥ずかしいですね」


 ちなみにレナセールの頬は赤かった。


 テキパキと運び終えると、すべてがワイバーンの背中に綺麗に収まった。

 元々それほど多くはなかったが、すがすがしい速さだ。


 しかしそこで――。


「どうしました? 乗らないんです?」


 ドワーフが、俺たちに向かっていった。

 そういえばそうだった。


 不安だが、童心が呼び起こされる。

 レナセールがぎゅっと俺の腕を掴んだ。


 サーチが落ちるといけないのでしっかりと抱えて、ワイバーンの尾から登っていく。


 全員の準備が出来た瞬間、ワイバーンが翼を広げ、高く飛び上がった。


 飛行機とは違う浮遊感。気づけば視界は見たこともないほど広がっていた。

 視界でおさまりきれないほどの王都の街並み、空が手を伸ばせば届きそうで、あれほど高いと思っていた時計台が下にある。


「凄い、凄いですねベルク様!」

「確かに。これは、引っ越し以上の価値があるかもな」

「あはは、そりゃよかったです」


 残念ながら到着は一瞬だった。

 あれよあれよと運び出され、すべてが終わって金を渡す。

 だが随分と安くしてくれていた。


 木箱に詰めていたことが嬉しかったらしい。


 はやてのごとく消えていくドワーフたちは何とも清々しかった。


「今日から我が家だな。まさか、家を買うとは思わなかった」

「ふふふ、でもその分家賃が浮きますね」

「にゃあああおお」


 サーチはすぐに居心地のいい場所を見つけたらしい。

 今までのように魔力値探知をしてくれるのかが、少し心配だ。

 しかしそのときはまた何か考えるか。


 そのとき、時計台が鳴り響く。


 耳をつんざくような音、サーチが毛を逆立てた。

 俺たちも耳をふさいだが、一分間は何もできなかった。


 これが一日二回、しかしすでに対策はできている。


「荷ほどきが終わったらすぐに設置するよ」

「私も手伝います! でも、完全に聞こえなくなると寂しいですねえ」

「そのあたりは微調整で何とかなるだろう。前の家でも聞こえたしな」

「前の家……何だか寂しい響きです」

「すぐ良い思い出に変わるさ」


 時計台の音を相殺する金属装置は既に作り終えていた。

 これのおかげで格安で買えたのだ。


 それでもやることは山ほどある。

 

 だがそれがまた楽しい。


「ベルク様、いっぱい思い出を作りましょうね」

「ああ、思い出せないほどのな」

「そういえば、さっきベルク様」

「ん、どうした?」

「……ドワーフさんのお胸見てませんでしたか?」

「え?」

「見てましたよね?」

「さ、さあ……」

「お胸、好きですもんね」


 ぎ、ぎくと表情がこわばる。

 実は言わなかったが、ものすごくたゆんたゆんだったのだ。

 別にやましい気持ちではない。ただ、見てしまっていたのだ。


 その日、その質問は七回ぐらいあった。


「はいベルク様、私のはお好きにしてください」


 そしてその夜、初めてバブバブプレイをした。


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