第35話 女教師

少し遠回りになってしまったが、工業の技術革命は遅かれ早かれ必要なことだったので問題はない。

むしろ俺個人で言えば最優先にしたかったくらいだし。


後はガイアとスミスさん達に任せれば問題ないだろう。

魔族の組織化を目指している俺だが、職人達の技術を伸ばすためには個人主義も必要である。


農業・畜産、工業に続いて次はいよいよ教育の見直しだ。

すぐに成果が現れるものではないので、しっかりとした計画と、やりきる・やらせる実行力が必要となる


「それで私は何をすれば良いのかしら魔王様?」


「まずはこれを…」


今日も白衣姿のアクアスに黒い縁の眼鏡を手渡す。


「レンズは入っていませんのでまず身に付けて下さい。」


スチャ

「これで良いのかしら?」


これでアクアスは白衣姿に少し吊り上がった黒縁眼鏡、という理系タイプの女教師の外見となった。


しばらくアクアスを見つめ続けてその姿を瞼に焼き付け、俺は無言で頷く。最高です。


「今、魔族の教育は、私の見ている限り個人の力量を伸ばすことだけに特化している内容になっていると思います。」


「えぇ、それは昔から変わらない、先人たちの時代から受け継いできたものよ。」


魔族としての気概なのか、アクアスは力強く答える。


「ではまず一旦それは全部忘れましょう。」


「………」


その容姿で睨みつけられてもプレイでしかないので自重して下さい。

順を追って説明しますので。


ゴホン

「まず、私の考える教育改革の基本は指揮官の育成です。」


「………。」


表情から察するにまだ納得はしてないだろうが話を聞くつもりはあるようなので続ける。


「今の魔王軍の体制で、アルス、セニア、それに四天王の皆さんがいなくなったとしたら、魔王軍を率いれる人材は育っていますか?」


「……いないわ。」


「この先益々人間との争いが激化していって、更に戦乱が広がった場合、指揮官と成り得る人材は足りますか?」


「………足りないわ。」


悔しそうに俺の質問に答えるアクアスではあるが、逆にいえば指揮官が不足している常態で人間と互角に戦ってきたことは誇って欲しい。


「であるならば、今は指揮官の育成が急務だと思うんです。アクアスさんのおっしゃる先人から受け継いできた自己研鑽、これは人に言われるまでもなく皆さんなら続けられると私は考えています。」


俺は決して魔族の文化を否定している訳ではない。

むしろ人に監視されていない状態でも、自分の意志できついトレーニングを続けられる心の強さこそ、魔族の最大の武器だと考えている。


前世での俺は、今日は筋肉痛が酷いから、もう夜遅いから、日付けのキリが悪いから、来月から、などあらゆる先延ばしにする為の理由を作り、大抵の決意は三日坊主で終わっていた。


「………何から始めればいいのかしら?」


「それを今日は決めていきましょう。教育分野に関する改革は、魔族の今後を決めると言っても過言ではないので、焦らずじっくり話し合って決めていきましょう。」


そう言いながら俺はエレナさんに合図して、アクアスをエスコートした。





「次はねえぞ?」


「あ゛い、ずびばぜんでじだ…」


今回も何の説明も無しにアクアスを龍型エレナさんの背中に乗せた。

非常に叫び声がうるさかったが、俺の古民家に到着してからの方がもっとうるさかった。

余りのアクアスのキレっぷりに同乗していたアルスとセニアですら俺を庇ってくれなかった。

魔族は女性も打撃が強力なので気を付けなくてはならないと学んだ。


古民家では夕食を取りながら、俺とアルス・セニア・アクアス・はちべえで今後の教育について話し合った。


中等部までの教育は基本今まで通りにすることにした。

自分でトレーニングを続けるにしても、そのやり方を身に付ける必要がある。


自分で気付くことも無意味ではないが、基礎的なところまでは大人がサポートした方が良い、というのが全員の共通見解だった。


問題は高等部の教育だ。


指揮官の育成、と一口に言っても、正直言って全員が指揮官に慣れる訳ではない。

人をまとめるのが得意な魔族、個人の能力が高い魔族、サポートが得意な魔族、特徴はそれぞれである。


しかし、魔族は個人の能力、しかも物理によった考え方が強く、本来は魔法や他の得意分野を成長させた方が良い魔族ですら、無理矢理物理よりのトレーニングを続けている。

その為、魔族達は本来自分がどんな分野が得意なのか把握していない。


まずはその問題を解決する為、高等部ではチーム制度を導入することにした。


初年度は6人で1チームとしてチーム分けを実施。

冒険者ギルドが管轄する初級のモンスター討伐を通し、全員が指揮官、アタッカー、サポーターの役割を実体験する。

そこで自分が得意な役割を探しつつ、全役割の基礎知識を全員が学ぶ。

連携を取るうえで他者の動きを理解することは非常に重要なことだ。


2年目以降は、指揮官・アタッカー・サポーターの中から自分が得意な専攻を決めて班分け。

教師とギルドのサポートの元、中級モンスターの討伐を通して、連携を強化。

また、それぞれの専門分野のより深い知識も学ぶ。


3年目は同様に上級モンスターの討伐を目指す。

最低限生徒の安全を確保した中で、極力教師たちはサポートを控える。

チームで考えチームで行動する、自分たちで考え動く、学園卒業後必ず必要となるスキルを実体験を持って学ばせる。


まだまだ検討すべき事項は沢山あるが、ガイドラインとしては一旦これくらいで良いだろう。

アクアスも特に文句はなさそうだ。


久し振りに頭を使って疲れたから早く温泉で癒されよう。





カポーン


「アルス、魔王様は一体何者なの?」


「魔王様は魔王様よ。言いたいことは分からない訳ではないけど、あの方を理解しようと頭を悩ませるだけ無駄よ。」


「魔王様の思考回路はどうかしてるわ……。こちらの世界に転生されてまだ1年程度だというのに、私たちのことを私たち以上に理解している気がするわ。」


アクアスの言うことはアルスも十分に理解できる内容である。

魔王が突如意味の分からないことを言いだしたとしても、後々魔王の言っていたことが正しかった、という事が一度や二度ではない。


最たる例は、アルスとセニアの長時間労働についてだ。

あの時、初めて魔王のいうことに反論した2人だったが、結局魔王に根負けし十分な休憩を取るようになってから、目に見えて作業効率が改善された。


働く時間が短くなって仕事量が増すなんて考えたことすらなかったが、結果が全てを物語っている。


「ちなみに魔王様はやりたい事の1割りもまだ出来ていない、といつも言っているわ。」


愉快そうにアルスは話すが、アクアスにしてみればこれ以上の改革など到底想像も付かない。


「……まだまだ慌ただしい日々が続きそうね…」




カポーーン


「魔王様、人間側の方で数日以内に何か慌ただしい動きがありそうです。」


温泉に浸かっている柴犬がだらしない顔をしながら俺に進言してくる。

えー面倒くさいなー。


「魔王様、命令してくれれば俺が行ってくる。」


隣にいるセニアが話に加わるがその必要はない。


ちなみに、俺が人間と接触したことは誰にも言っていない。

戦争を終わらせる為にもこれ以上互いに死傷者を出したくないので、しばらくは俺一人で対処するつもりだ。


「いやー多分俺の予想ですけど大丈夫ですよ!」


「…必要があれば言ってくれ。」




今度は向こうの騎士団長ではなく王様と直接話さないとダメかな…

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