ハンベーとアイシャ

十三岡繁

ハンベーとアイシャ

 ハンべーは相棒のゴーレム、アイシャと共に森を歩いていた。今日は天気が良くて気持ちがいい。実に山歩き日和だった。茂った木々の葉っぱが日除けになってくれるので暑くもない。時たま吹き抜けていく風が心地いい。

 突如として前を歩いていたアイシャが足を止める。それに気がついてハンベーも立ち止まりアイシャに声をかける。


「どうした?何かあったか?」

「この先で誰かが倒れていまス。怪我をしているようでス」


 倒れていた者は気を失っている様だったので、アイシャが担いでハンベーの暮らす山小屋へと連れ帰った。そうして傷口を消毒してから包帯を巻く。不慣れではあるが弱い回復魔法もかけた。意識が戻らないのでそのままベッドに横にした。小屋にはベッドが二つあった。ハンベー用のものともうひとつは何年か前に亡くなった妻のものだった。


 翌日倒れていた者は目を覚ました。アイシャが運んできた水を飲む。水を飲み終わったところで彼はこう言った。

「ご老人、助けて頂いたようでありがとうございます。もし助けて頂かなければ私はあのまま死んでいた事でしょう。この御恩は一生忘れません」


 ハンベーはこう答える。

「なーに、困ったときはお互い様じゃよ。体力が回復するまでゆっくりとしていくがいい。どうにも回復魔法は苦手でな、それぐらいが儂にできる精いっぱいいじゃ」


 倒れていた者の名はナーガと言った。ナーガはハンベーに聞く。

「ご老人はなぜこんな山奥で暮らされているんですか?失礼ですがご老体にはこのように不便なところは何かと酷なのでは?」


「儂には町よりは山や森で暮らす方が性にあっとるんじゃ。アイシャ…このゴーレムが力仕事でも何でもやってくれる。儂一人じゃ確かにここで暮らすのは酷かもしれんがな」そう言ってハンベーは笑う。

 アイシャの顔には赤く光る目以外のパーツが無いので表情は変わらないが、それを聞いて一緒に笑っている様にも見えた。


 雑談をしていると玄関扉をドンドンと激しく叩く音が聞こえた。アイシャが応対に部屋を出て行く。

「客人とは珍しいのう。儂も様子を見に行くとしよう。ナーガ殿はゆっくりされておくといい」そういってハンベーもアイシャに続く。


 アイシャが玄関扉をあけると、そこには王国の兵士が立っていた。兵士はアイシャの存在を無視して、後ろのほうにいたハンベーに高圧的に大声で話しかける。


「このあたりに化け物がうろついているとの情報が入った。目撃したらすぐに連絡するように!」

「承知しました。そのようなものを見かけましたら直ぐにご連絡いたします」

 ハンベーがそう答えるや否や、兵士は乱暴に玄関扉を閉めて森の方へと行ってしまった。


 ハンベーはベッドのある部屋に戻るとナーガに話しかける。

「お騒がせ致しましたな。どうも連中は偉そうでかなわん」

「私の事を良かったんですか?」

「ん?あんたその化け物にでもやられたのかな?」


 それを聞いてナーガは驚いた。

「この頭の角を見れば私が人間ではない事はお分かりですよね」


「すまんのう。儂は目が良く見えないんじゃ。しかし化け物はそんなに丁寧な物言いはせんじゃろ。アイシャは亡くなった妻の最高傑作でな。儂に危害を加えそうな存在には容赦しないように作られておる。そのアイシャがお前さんを助けるというんだから、化け物のはずがあるまいよ。化け物じゃないんだから儂に報告する義務などありはせん」


 部屋の隅にある背の低い引き出し台の上に写真が置いてある。若い頃のハンベーと妻の写真だ。妻の瞳も赤かった。写真の中の彼女は笑っていた。


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