天童君には秘密がある 5〈KAC2024〉

ミコト楚良

前編  いろいろあって、彼が彼女が、その手を取る回

 はじめての街のスーパー。

 カートの買い物かごに、ニンジンとジャガイモとタマネギを入れた。

 そこで、ぎゅうこま切れ肉パックを手に取ると、「あ」と彼がつぶやいたから、気になった彼女は「カレーって、ぎゅうのこま切れじゃなくて?」と問いかけた。

 「祖父の家では、ぶたコマだった」と返ってきた。


「そうですか」

 彼女はぎゅうこまパックを陳列棚に戻そうとした。すると、やさしく、「触ったものは買わないと」と彼に注意された。


「そうですね」

 彼女はぎゅうこまパックを、彼が押すカートの買い物かごに入れた。そして、「次は、ポークカレーにしましょう」と言い添えた。


 それから、ふたりで、味噌がどこにあるかわからなくて、高いところにある商品案内のパネルを見ながら、カートを押していく。

「……塩、砂糖、油、みそ。ん、味噌って、油と同じ並びにあるのか」

 彼が自覚なく、つぶやいている。



『この任務は——』

『了承した』

処処しょしょ、最善を尽くせ』


 ほんのひと月前、彼は、そういう文言を言う彼女の上司であった。

 彼女は、おかしくてたまらなくなった。

 肩をふるわせて笑いをこらえる。

 彼がとしているのが、さらにおかしい。


「カレーの付け合わせは?」

 にじんだ笑い涙を彼女は指でふいて、どうにか今日の任務に立ち戻る。


「べったら漬け」

 彼の答えで、また、彼女は任務遂行が不可能になった。



 結局、エコバックふたつ分の食料調達を終え、彼の方が重い方のエコバックを持って、家まで歩いて帰る。 


(いつか、ポークカレーがわたしの、あたり前になって。

 ポークカレーの付け合わせが、べったら漬けで、あたり前になるのかな。

 そのとき、あなたが、わたしのそばにいることが——)

 

 まだ下校がはじまらないスクールゾーンは、彼女と彼とふたりだけのみちのようだった。

 彼女は思い切って、彼の空いている左手に、自分の空いている右手をすべり込ませた。


 それでもう、ふたり互いに、他の人に預けたくない荷物を持っているって言ってもいいですか?

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