第53話 忘れられた乳母車

壇鉄の遺品を整理していた甚九郎は、物置の隅に隠れていた古びた乳母車を見つける。その乳母車は時間の重みを感じさせる色あせた塗装と、幾度となく修繕された跡があり、長い年月を経た証として静かにその場に存在していた。


甚九郎は物置を整理する中でこの乳母車を見つけ、最初はただの古い物の一つだと考えていた。しかし、彼がよく見ると、乳母車のハンドルに壇鉄の名前が彫られているのを発見する。この発見により、乳母車が壇鉄のものであること、そして何らかの特別な意味を持っている可能性があることが甚九郎の心に火をつけた。


興味を持った甚九郎は、壇鉄が生前に語った話や日記を再び読み返し、その乳母車についての手がかりを探る。そこで彼は、壇鉄が幼少期にこの乳母車で多くの場所を訪れ、それが彼の最初の冒険であり、芸術に対する愛情が芽生えるきっかけとなったことを知る。


この発見に触発された甚九郎は、乳母車を修復してその物語を現代に甦らせることを決意する。彼は地元の職人たちと協力して、乳母車を丁寧に修復し、かつての美しさを取り戻す作業を開始した。修復作業は繊細で時間がかかったが、甚九郎と職人たちの手によって、乳母車は新たな生命を吹き込まれた。


修復が完了すると、甚九郎は地元の歴史博物館で「壇鉄の初めての旅」と題した展示を開催し、修復された乳母車を中心に、壇鉄の幼少期の写真や彼が訪れた場所の記録、そして彼の芸術への早期の影響を紹介した。展示は大成功を収め、多くの人々が壇鉄の生涯とその芸術への情熱の原点に触れることができた。


このプロジェクトを通じて、甚九郎は壇鉄の遺産を次世代に伝える新たな方法を見出し、彼の記憶を保存することの重要性を再認識する。夕日がアトリエの窓から差し込む中、甚九郎は静かに乳母車を眺め、壇鉄の幼い日々が今も彼と共にあることを感じていた。

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