第51話 温泉の語り部

壇鉄の願いを継ぎ、地域の伝統工芸を復興させるプロジェクトが軌道に乗り始めた頃、甚九郎は壇鉄との思い出が詰まったある温泉地を訪れることにした。彼の目的は、かつて壇鉄が愛した温泉で静かに過去を振り返り、次の創作活動に向けて新たなインスピレーションを得ることだった。


甚九郎が到着した温泉地は、山間にひっそりとたたずむ小さな宿で、壇鉄が若いころに訪れ、多くの時間を過ごした場所だった。宿の主人は壇鉄の古い友人であり、彼のことを良く知る人物であった。甚九郎が壇鉄の弟子であることを知ると、主人は壇鉄の知られざる話を語り始めた。


主人によると、壇鉄はこの温泉で多くの作品のアイディアを練り、また地元の職人たちと交流を深めることで自身の技術を磨いていたという。特に壇鉄が感銘を受けたのは、温泉地で見つかる特有の石や土を使った陶芸品で、その自然な質感と色合いが彼の作品に大きな影響を与えたのだった。


甚九郎はこの新たな話に心を動かされ、自身もその自然の素材を使った作品を創ることを決意する。宿の主人の案内で、壇鉄が愛した山や川を訪れ、その土地固有の石や土を集める。これらの自然素材の特性を生かした新作を通じて、壇鉄の芸術的な感性を現代に再解釈しようと考えた。


滞在中、甚九郎は温泉の静寂の中で深く自己を見つめ直し、壇鉄との対話を想像しながら新たな創作への意欲を高めた。温泉から帰る頃には、彼の心と手には新たな作品のビジョンがしっかりと宿っていた。


帰途につく甚九郎の心は、師である壇鉄と過ごした日々と、これから生み出すであろう作品への期待で満たされていた。温泉で聴いた壇鉄の話は、彼の工芸人生において新たな章の始まりを告げる貴重な贈り物となった。

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