第19話 最後の戦い

 魔王がとうとう目覚めたことを魔王軍の面々もフィルと共に喜んだ。彼らはずっとフィルと魔王を見守っていたが、とうとう我慢できずに二人の周りに集まって来た。


 「魔王様、やっと起きた!」

 「よかった…本当に」


 彼らにとっては魔王本人と実に数百年ぶりの再会である。リシャールはもらい泣きをしているし、ドラゴンとグリフォンは魔王に飛びつきそうな勢いだ。


 だが、魔王城の玉座の間から何か大きな物がうごめく不気味な音が響いた。再会の喜びもつかの間、全員に緊張がはしる。


 「今のって…」

 「玉座の間のほうからだよね」

 「魔王様が目覚めたことがバレたようだね」


 魔王はグリフォンから闇の剣を受け取ると、みんなの方を振り返って言った。


 「このまま玉座の間へ行き、闇の魔物と戦う。魔王城を取り戻すぞ!」


 魔王の呼びかけに魔王の部下たちは返事をする。みんなの心は一つになっていた。


 全員で玉座の間へ向かった。かつて魔王が一人でここを訪れた時と同じように魔王は玉座の間の大きな扉を開け放った。玉座にはあの青年がまだ居座っていた。


 「目覚めちゃったんだね。倒してやろうと思ったのに」


 魔王は油断なく闇の剣を構えた。


 「私はこうして戻ってきた。もう私は一人ではない。我が城を返してもらう!」


 青年は見下すように全員を玉座から見渡す。


 「へえー。魔王のくせに仲間なんかいるんだ。僕には仲間なんか必要ない。闇の魔物の餌食にしてやる!」


 そう言うなり無数の闇の魔物を呼び出した。しかし、闇の剣を持った魔王にあっさり斬り伏せられた。


 だが、青年は恐ろしいほど巨大な闇の魔物を即座に呼び出した。前に王宮に現れた魔物より更に大きく、周りを取り巻く闇が濃い。その魔物の身体から更に小さな闇の魔物が生み出される。魔王を守ろうと魔術師はとっさに結界を張った。


 「こいつらを相手にしても際限なく呼び出される。もとになっている青年にとりついている闇の魔物を追い出さないと」

 「でも、どうやって?」

 「奴に近付いて直接、月の光の魔法をかけるしかない。そうすれば、いかに強い力でとりついていても追い出せるはずだ」


 魔王がそう言うと魔術師はうなずいた。


 「その通りですよ、魔王様」


 それを聞いた魔王の部下たちは勢いづく。


 「だったら、みんなで隙を作ろう」

 「その前に、こいつをどうするかだよねえ…」


 魔術師が結界を維持しながら呟く。結界のすぐ外にいる巨大な闇の魔物は結界を壊そうと近づいて来ていた。王宮を呑み込もうとした闇の魔物よりも力が強そうだ。結界を攻撃されたら、ひとたまりもない。


 フィルは光の剣を抜いた。剣の力を使う時がきたと思った。日の光の魔法はこの世界の始源から存在する日の光の精霊の強力な魔法だ。どれだけ闇の魔物が大きくて強くても、その力を退けられるはずだ。


 フィルは勇者に教えられたとおり日の光の力を貸してほしいと強く念じた。今こそこの剣の力が必要だ。ここにいるみんなを守るために。


 フィルが光の剣を掲げると刀身からまばゆいばかりの白い光があふれ出した。魔王の月の光の魔法とは異なる日の光の暖かくも強い光だ。


 闇の魔物はおびえるように身をすくませた。周りにいた小さな闇の魔物も動きが止まる。


 魔術師が結界を解除すると同時に魔王は闇の剣を手に玉座へ向かった。玉座に向かう魔王を邪魔しようと追いかけてくる小さな闇の魔物をリシャールとジェイドが攻撃して蹴散らした。


 巨大な闇の魔物が再び動き出して魔王の行く手を阻もうとしたが、ドラゴンがとっさに体当たりをして魔物を弾き飛ばした。


 フィルは光を帯びたままの剣を手に巨大な闇の魔物に駆け寄った。そして、思いっきり魔物に剣を突き刺した。刀身から日の光が放たれる。巨大な闇の魔物は暴れ始めたがドラゴンが必死に魔物にしがみついて押さえつけてくれた。フィルは光の剣から手を放さなかった。


 やがて巨大な闇の魔物は日の光の魔法によって消え去った。


 「やった…」


 フィルとドラゴンは何とか強力な闇の魔物を倒した。その間に増え続ける闇の魔物をリシャールとジェイド、グリフォンと魔術師がそれぞれ倒し続けていた。みんな玉座に向かう魔王の邪魔をさせないために戦っていた。


 魔王は背後でみんなが戦ってくれているのを感じながら玉座への歩みを止めなかった。時折、魔王の歩みを阻止する闇の魔物が現れたが闇の剣でなぎ払った。


 青年はあの巨大な闇の魔物を呼びだした後、意識を失ったかのように玉座にもたれかかって動かなくなっていた。やはり闇の魔物にとりつかれているようだ。


 魔王は何とか闇の魔物たちを退け、玉座にたどり着いた。玉座にいる青年の周りには闇そのものが渦巻いている。生命を喰らうという闇の魔物たちの力が集まって渦を巻いているのだった。


 だが、魔王はひるまなかった。闇の剣で渦巻く闇を払いのけた。一瞬、闇が薄くなったタイミングを見計らって魔王は青年の目の前まで進んだ。


 魔王は青年の頭に触れると月の光の魔法をかけた。途端、とりついている闇の魔物が激しく抵抗し始めた。月の光の魔法をかき消そうと圧倒的な密度の闇の渦が魔王を襲う。


 ここで退くわけにはいかない。自分のために戦っている部下たちやフィルのためにも。


 魔王は月の光の魔法を強めた。ここで押し勝つしかない。ただ魔法をかけ続けることに集中する。だんだんと渦巻く闇が魔王の身体を傷つけ始める。


 「負けるものか。今こそ決着をつけてくれる」


 それが自分をここまで導いてくれたみんなに応える唯一の方法だ。


 やがて魔王の月の光の魔法が闇の魔物たちの力を凌駕し始めた。金色の月の光が闇の魔物の力を消し去っていく。


 辺りに金色の光が満ちた。


 魔王はその瞬間、青年の記憶を垣間見た。深い森の奥で生まれた精霊とも化身ともつかぬ不安定な姿の存在。それがあの青年だった。一人ぼっちで力の強い獣や他の力の強い精霊におびえ、過ごしている日々。そのうち自分にもっと強い力があればと思うようになった。


 その日々の中で開ければ強い力が得られると言う禁忌の小箱のうわさを耳にした。それは闇の魔物が封じられていただけの禁忌の小箱の中身が誤って伝わったうわさだった。


 禁忌の小箱を開けてしまった彼は闇の魔物にとりつかれた。その代わりに皮肉にも強大な力を得た。その時、不安定な姿から青年の姿へ変わった。


 闇の魔物にとりつかれた青年はひたすらに力を求めた。そして、それは魔王城を乗っ取り、魔王になろうとすることにつながっていく。青年が魔王になりたかったのも単に強い力を得るための手段であった。魔王に本当になりたかったわけではない。


 「奴も一人だったのか。そして不運にも禁忌の小箱を開けてしまった」


 魔王の月の光の魔法に包まれ、青年にとりついていた闇の魔物は消えていった。そして、青年自身も光になって消えた。闇の魔物を取りつかれている間に自身の力を蝕まれていたのだった。


 「消えちゃったの…?」

 「どうかな。もしかしたらまた、どこかで別の精霊として生まれ変わっているかもしれないね」


 魔王も魔王の部下たちもフィルも光が消えていくのを見送った。


 さっきまでの激しい戦いが嘘のように辺りは静まり返っていた。


 とうとう魔王城を取り戻した。だが、みんなは喜ぶと言うより放心していた。ただ、ぼんやりとがらんとした玉座の間を眺めていた。


 やがて窓の外から朝の光が差し込んできた。とうとう夜が明けたのだ。


 「勇者の末裔ちゃん、村に帰ろう。きっと、みんな心配してる」


 ドラゴンにそう言われてフィルはうなずいた。そこでフィルを村までみんなで送って行こうということになった。


 みんなで魔王城の外へ出てみると妖精の王と騎士たちが待っていてくれていた。闇の魔物たちと魔王城で戦っている時、城の外にまで闇の魔物があふれてきたらしい。妖精の王と騎士たちは闇の魔物を隣町やフィルの村に行かせないように戦ってくれていた。


 また、妖精の騎士たちの馬に乗せてもらって村へ帰ることにした。


 村に着くと、いつもの朝の光景が広がっていた。家々の煙突から煙が出ていて、何人かの人が仕事に行くために出入りしている。フィルが日常の中で何度も見てきた光景だったが、こんなにほっとした思いで見たことはなかった。


 村の入り口まで行くとフィルの両親とおばあさんが待っていてくれているのが見えた。


 「みんな、フィルが帰ったよ!」


 おばあさんの一言で朝の仕事をしていた村人たちが一斉に村の入り口まで集まってきた。


 フィルは我慢できずに馬からすぐに降りると、両親の胸の中に飛び込んだ。


 「フィル、お帰りなさい」

 「ただいま!」


 フィルはようやく自分の村に帰ってくることができたのだと安堵した。


 「魔王ちゃん、おかえりなさい」


 おばあさんがそう言うと魔王はうなずいた。


 「ああ、帰ってきた。フィルのおかげだ」


 そう話しているうちに、村人たちが更に集まってきてフィルと魔王たちを囲んだ。お祝いをしようと村人たちが口々に話す。


 「フィル、まずは休みなさい。それから、みんなでお祝いをしましょう」


 母にそう言われてフィルはうなずいた。夜通し戦っていたせいでとても眠かったことに安心した今、気づいたのだった。

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