はる
僕の名前は、はる。
はる君と呼ばれている。
この前小学一年生になった。
趣味はニュース番組を見ることと、絵を描くこと。
幼稚園の頃、祖父の誕生日に僕は絵を描いてプレゼントした。
正直自分でも子供の落書きに過ぎないと思っていたそれを、祖父はとても喜んで受け取ってくれた。
その経験から僕は絵を描くことが好きになったのだ。
僕がプレゼントしたその絵は今でもおばあちゃんちの壁に飾ってある。
まぁそれはいいとして、僕には最近悩みがある。
まさにその祖父、というか祖父と祖母の二人についてのことだ。
僕の頭上を二人の意味深な視線が飛び交っている。
ついこの間気がついたことだ。
なんとなく見てはいけない、気づいてはならないことのように思えた。
子供には分からない、なにかしらの「大人の事情」ってのがあるに違いない。
本能的にそう悟った僕は見て見ぬふりをすることにした。
しかし、気になる!
気になってしょうがない!
結局僕は好奇心に勝てず、視線の真相を探ってみることにした。
僕はまず、どんなタイミングで視線が飛び交うのかを明らかにしようと思い、作戦を立てた。
その名も「トイレに行ってメモる作戦」。
視線を感じ取ったらトイレに行くふりをして会話から一時離脱。
そして出来るだけ詳細に前後の会話をメモ。
この作戦を実行した結果判明したこと。
それは、視線を感じるのは決まって僕が発言した後だということだ。
このことから僕の発言の内容に謎を解く鍵があることは言うまでもないことではあるが、しかし。
いくらメモを見返してみても僕の発言は至って平凡なものであり、何時間考えても真相に辿り着くことはできなかった。
が、ここで諦めるような僕ではない。
いつも父から言われている。
「はるの長所は何事にも諦めずに向き合えること。でも短所は諦めが悪すぎることだ。何が言いたいか分かるな? 過ぎたるは猶及ばざるが如しということだ」
僕は子供の頃……いや今も子供か。
えっと、二年くらい前?
母と大型ショッピングセンターに買い物に行った。
そこで見つけたのだ。
黒く眩いノートパソコン。
無論ノートパソコンが発光していたわけではない。
しかし僕には光り輝いているように見えた。
一目で心を奪われた僕は母に
「これかって!」
と子供らしくお願いした。
しかし母が首を縦に振ることはなかった。
「おねがい……」
目をうるうるさせる感じに上目遣いで見ても効果は無かった。
この方法、もはや通用しない手となってしまったのか。
ちょっと前まではこれでなんとかなっていた。
僕が子供ながらに「子供」として振る舞っていることに気づかれ始めたのだろう。
ちくしょうめ。
まぁいいさ。
違う角度で攻めてみよう。
「実は病気の妹がいて……どうしてもこれを買ってあげたくて……」
「あんたに妹はいない。それ家族に通用する手じゃないでしょ」
「実は僕今日誕生日なんだよね」
「違う。あんたの誕生日は二か月先」
「くっ!」
僕と母によるこの高度な駆け引きは実に二十分にわたって繰り広げられた。
「もういい加減にして。早く帰るよ」
「……諦めない」
「は?」
「僕はッ! 決して諦めないッ!」
「買わないわよ」
「そいつはどうかな? ……この手ばかりは使いたくなかったんだけどね」
「……なによ」
「買ってくれるまでここに座り込む、と言ったらどうする?」
そう、僕は動かないことにした。
しびれを切らした母がノートパソコンを買ってくれるまで静かに待つことにしたのである。
喚いたり地団駄を踏んだりなど、そんな情けないことはしない。
ただ、静かに。
その時を待つ。
その場に座った僕は、座禅を組んだ。
そしてゆっくりと呼吸し始めた。
呼吸は、吐くことをより意識して行う。
長く吐いて、短く吸う。
それをひたすら繰り返す。
そんな僕を母は冷めた目で見下ろしていた。
「あんたいつまでもそうしてるつもり?」
「……」
「買わないからね」
「……」
母が何を言っても僕は黙っていた。
そうして僕は四時間座り込んだ。
結局根負けした母はノートパソコンを買ってくれた。
と、まぁそんな感じで僕の諦めの悪さは凄まじい。
話がかなり逸れてしまったが、とにかく僕は諦めるという選択をしなかったということだ。
「トイレに行ってメモる作戦」によって得ることができた唯一の情報。
視線は僕が発言した後に感じる、ということ。
それを活かして次の作戦、「隙を見て表情を確認する作戦」を実行することにした。
僕の発言の何がトリガーになっているのかは分かっていない。
しかし視線を感じるタイミングは決まって僕の発言の後であることが分かっている。
ならばたくさん会話をすることだ。
会話すればするだけ表情を確認するチャンスが増える。
僕は今までよりも二人と話をするようにした。
そして祖父と祖母との会話の最中、いつでも顔を盗み見ることができるように常に気を引き締めた。
更にチャンスを増やすため、積極的におばあちゃんちに遊びに行くようにした。
いつも辛そうに自分の肩を揉んでいる祖父には肩たたき券を数百枚送ったり、腰を痛そうにしている祖母には守護霊の如くどんな時も張り付いてお手伝いしたり。
異常な諦めの悪さに自分でもちょっと引いた。
そしてついにその時が来た。
視線を感じた瞬間に二人の表情を確認することができたのだ。
しかしそのことによって真相は明らかになるどころか、より意味が分からなくなった。
僕は見た。
祖母は勝ち誇ったような表情を浮かべていて、その祖母の顔を祖父が恨めしそうに睨んでいたのだ。
なにこれ。
どういうことだ。
祖母の方はまだ分かる。
あれは悪霊に取り憑かれているのだ。
見たら分かる。
僕には分かる。
間違いない。
しかし祖父の方は……?
なぜ祖母に恨めしそうな視線を向けるんだろう。
……。
駄目だ。
まったく分からない。
やはりこれは子供には理解できない「大人の事情」的なことなのだろうか。
僕は考えた。
考え続けた。
答えはでなかった。
しかし。
覚えているだろうか。
僕は諦めが悪い。
何があっても諦めない。
絶対に諦めない。
こうして謎を解き明かす僕の戦いは幕を開けたのだ。
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