爺vs婆
わしの孫、通称はる君はうちのことを「おばあちゃんち」と言う。
わしは「おじいちゃんち」と呼ばせるために試行錯誤してきたが、どれだけ誘導してもあの子は揺るがなかった。
あの歳で信念を持っているのかもしれない。
流石わしの孫。
畜生め。
わしが気になっているのは、はる君が頑なに「おばあちゃんち」と言い続けること、だけではない。
そもそも何故わしが「おじいちゃんち」にこだわるのかという話だが、きっかけはわしの妻、つまりはる君から見るとおばあちゃんである、かず子だった。
いつだったか、はる君がうちに遊びに来ていて、みんなでコタツに入ってテレビを見ている時
「おばあちゃんちってなんかおちつく~」
と言ったことがあった。
その言葉にわしは思わず頬を緩めた。
そして隣に座っているかず子も喜んでいるに違いないと思い、頬が緩まったままの顔をかず子の反応を確かめるように横に向けた。
その時見たかず子の表情を、わしは忘れることができない。
かず子は左の口の端だけを上げて、ニッと笑っていた。
わしは一瞬固まってしまった。
かず子のそんな表情は今までに見たことがなかった。
咄嗟に目を逸らした。
妻に恐怖を覚えたのは初めてだった。
やばい。
悪霊に取り憑かれているに違いない。
そう思ったわしは後日、霊媒師の人にかず子をみてもらった。
しかし
「奥様には何も憑いていないです」
と言われてしまった。
わしが
「お前憑かれてるんじゃないか? 一度霊媒師の方にみてもらおう」
と言いだした時に
「何を言ってるんですか。私はどこもおかしくありませんよ」
と怪訝な顔をしていたかず子は、霊媒師の人の言葉を聞いて
「だから言ったでしょう」
と呆れたようにため息をついた。
わしはかず子に悪霊が憑いたわけではないと分かって安心したと同時に、じゃああの表情はなんだったのか、とまた不安になった。
あの表情が脳裏に焼き付いてしまったわしは、しばらくかず子と目を合わせることができなかった。
かず子は一体どうしてあんな顔をしたのだろう。
あの状況、不敵に笑うような要素があっただろうか。
もう一度冷静に振り返ってみよう。
あの時何が起こった?
はる君が
「おばあちゃんちってなんかおちつく~」
と言ったな。
そこにヒントが隠されているに違いない。
わしは考え抜いた末、気がついた。
「おばあちゃんち」だ!
この言葉に反応してかず子は不敵な笑顔を浮かべていたんだ!
きっとそうだ。
そうに違いない。
あの日の数日前。
「はる君は本当にいい子だなー。今度来るのが楽しみだ」
「そうですねー。この前なんか私が洗い物していたら手伝ってくれたんですよ」
「わしは背中を掻いてもらったことがあるぞ。リアル孫の手だ」
「私だって転びそうになった時、あの小さな体で支えてもらったことがありますよ。あーあの時は嬉しかったなー」
「なんだと! ずるいぞ!」
こんな感じで自慢し合っていたら、いつの間にか言い争いになって、どちらがよりはる君に懐かれているか主張し合うというしょうもない喧嘩になったのだった。
きっとかず子はそのことを引きずっていたから「おばあちゃんち」に反応して、勝ち誇ったような気分になりあんな顔をしたんだろう。
そのことに気がついてからというもの、はる君が「おばあちゃんち」と言う度にかず子が内心ほくそ笑んでるのかと思うと、無性に腹立たしくなる。
だからわしは、はる君に「おじいちゃんち」と言わせたいのだ。
今週末はる君がうちに来る。
また戦いが始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます