第七話 希望の光とギズー・ガンガゾン Ⅲ
「いつか殺してやる! 絶対に殺してやるからな!」
そのころガズルはと言うと、まだ逃げていた。
次から次へとケルヴィン兵達が追いかけてくる、それも筋肉の固まりから化け物に近い犬まで様々だ。かれこれ一時間は走りっぱなしだろう。
「何で俺ばっかりこんなにもくじ運が悪いんだよ!」
必死で逃げるガズルの足が突然止まった、目の前に壁が立ちふさがる。右を見ても左を見て逃げられるようなスペースは無い。
「や、やべぇ」
直ぐさま引き返そうと後ろを振り返った瞬間そこには隙間がないほどにケルヴィン兵達が押し寄せていた。次から次へと汚い言葉や聞き慣れない言葉が飛び交う、ガズルはほとんど泣きそうな顔をして覚悟を決める。
「もうやけくそだ!」
その言葉と同時にガズルは目の前の兵隊達に飛びかかった、重力波の乱れ撃ちや連続蹴りなどで次から次へとなぎ払う。
「どけぇ!」
無我夢中で走りながら見た事もない技を繰り出す、後ろを振り返らずにどんどんと突っ込んでいく。彼にしてみればもう技なんて固定された疑念にすがっている場合ではなかった。この攻撃の手をゆるめれば自分は殺されてしまうかも知れない。それだけが頭の中にはあった。
「うぅぅぅりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」
気が付けば最後尾の方まで到達していた、そして最後の一人の頭を蹴り飛ばし首から上を吹き飛ばした。そしてそのまま逃げた。
「ふざけんじゃねぇって、いくら雑魚でも数が多すぎんだよ!」
暫くそのまま走り続けた、どの位この城の中を走ったのかも忘れてしまうほど走った。だが不思議と息は切れてなかった。
ふと、ガズルは不思議な事に気付く。
「おかしい、今までの調子なら次の追っ手がもうやってきても良いハズなんだけど。追ってこないという事はもう全滅って事かな?」
密かにガッツポーズを取るガズル、だがその考えもすぐに否定される事になった。突然目の前の壁が爆発した。爆風が容赦なくガズルを捕らえる。
「へぇ、まだ子供なのね?」
「だ、誰だ!」
壁の中から一人の女性が出てくる、鉄の杖を持った自分より大分身長が低い女性だった。鮮血のように真っ赤に染まった髪の毛は腰まで伸びており軍隊用の制服を着用している。
「私は“ケルヴィン領主軍第三番隊団長シトラ・マイエンタ”。貴方が先ほどこの城に攻め込んできた何とか軍って人間ね?」
「三番隊団長、やべぇかな?」
「答えなさい、何が目的なのです?」
「生憎おばさんに答えるギリはないね、もっと綺麗で美人な人をよこしてきたら話は――」
突然ガズルの言葉が止まった、そしてすぐに後方へとバックステップをした。ガズルがいた場所にはシトラと名乗った女性が勢いよく杖を振りかぶって地面をたたき割った。
「へ?」
「坊や、よく聞こえなかったわ。もう一度言ってご覧なさい?」
「……はい?」
完全に怯えきったガズルは死の恐怖まで感じた、そして目の前のおぞましい光景に泣きそうになる。それはシトラの髪の毛が逆立ってガズルの事を睨んでいる。
「貴方に質問するは、私のこといくつに見える?」
「……三十」
そう言った瞬間またガズルは後方の方へとバックステップをした、デジャヴを見ているかのような光景だった。
「……三十?」
「い、いえ! 二十二歳ぐらいに見えます! 俺は嘘は大嫌いな人間ですから間違い有りません!」
ガズルは本気で怯えていた、目の前の女性の顔に笑顔が戻る、その顔を見てホッとした。ゆっくりと立ち上がる目の前の女性を見ながら少し涙目でガズルはズリズリと後ろの方へと下がっていく。それは彼が下がっているのではなく、無意識のうちに後退していた。
「あなた……」
「ひっ!」
真っ黒な髪の毛が左右に揺れた、まるで今から人を殺すような目をガズルへと向ける。
「ねぇ……」
ゆっくりとガズルの方へと近づいていく、ガズルは本気で殺されると思いこみ知らず知らずのうちにまた後方へと移動している。
「可愛い顔ね、良く見たら私好みじゃない!」
「へ、はぁ!?」
「それに帽子を取ったら結構格好いいかも知れないわね、ちょっと帽子取ってみてよ」
「え……何……ちょ……うわぁ!」
逃げようと後ろを振り返ったとき強引に襟元を捕まれて帽子を脱がされた、帽子はいとも簡単に脱げてシトラの手のひらで踊る。ガズルの髪の毛を楽しそうに撫でながらキャイキャイとはしゃぐ。
「貴方の髪の毛良いニオイがするわね、気に入ったわ」
「き、気に入った? はぁ!?」
「うん、決めた。私をあなた達の仲間にしてくれない?」
「な、仲間って……何言ってんですか!」
「そのままよ、私部屋に戻って支度するから必ずここで待っててね!」
ガズルはその場に尻餅をついた、痛そうに顔を歪めスキップをしながら遠くの方へ行くシトラを見た。
「逃げた方が身の安全だな、早くアデルに報告しねぇと」
「……」
ケルヴィン領主は頭を抱えていた、目の前にいるシトラの申し出とギズーの事で深く考え込んでいた。
「以上です、私は今日にてケルヴィン領主様の部隊を下ろさせて頂きます」
「ならん、貴様以外に誰が三番隊を指揮するというのだね」
「そのことでしたら、既に『ケルティット』に任せております、彼女でしたら十分役目を果たすでしょう」
だが領主は首を振って、頭を抱えて暫く俯いていた。数分の時間が流れた後領主は突然頭を持ち上げて何かを決意した。
「宜しい、ただし条件がある。シトラにはギズーの監視役をしてもらう、それが条件だ」
「監視役ですか?」
「そうだ、何とか軍とやらにギズーを易々と渡してたまるモノか。用件がすめばすぐに引き戻せるように準備をしつつ警戒をするように」
「あの……」
「何だ?」
困った様子で領主の顔を見る、だが領主はキョトンとした様子でシトラの顔を見た。
「私はもう領主様の元で働くのは止めると言っているのですが」
「何だと?」
領主はやっと事を把握した、シトラは完全に自分の元で働くのをいやがっている事に気付く。だが領主は何度言っても聞かないシトラに苛立ちを始めていた。
「何度も言いますが領主様は他人を軽蔑しすぎています、部下が領主様にどういった感情を抱いているかお解りでしょうか? 何度も三番隊の部下達から相談を受けました、ですが私からは何も言えませんでした。一番隊と二番隊が解散になった理由はそこにあります。一度お考え下さい、その答えが出たとき……私は三番隊ではなく、一番隊の隊長として戻ってくる事をここに約束します」
領主は何も言えずにただ一礼してその場から去っていくシトラの後ろ姿だけを虚しく見ていた。
「領主様」
側近の一人が見た事のない領主の姿に声をかけた、領主は何も反応せずもせずにただただ椅子に座っていた。
だが突然人が切り替わったように立ち上がり剣を手に取り急いでその場から去った。
「……はぁ」
アデルはギズーを連れて外に出ようとした所でシトラと名乗る女性に呼び止められた、アデルの後ろではガズルが震えて縮こまっていた。
「だから、そう言う話だから私も付いていくわ。何か問題でもある?」
「いえ、俺は別に無いんだけど……」
アデルは後ろを振り返り怯えているガズルを見た、ガズルは本当に涙目になっておりアデルのエルメアを掴んだままただ震えていた。
「ガズルがこんな調子なんでね、ちょっと事情を聞きたいんだけど」
「あら、ガズルって名前なんだ。ちょっと可愛がっただけだよ? ね、ガズル君?」
「ひぃ!」
にっこりと笑顔を見せるとガズルは数メートル後ろの方に下がった、そして戦闘態勢に入る。
「まぁ、あいつに危害を加えないのであれば俺達は別に構わないが」
「うむ、確かにシトラの力は絶大だ。アデル、後で注意事項を言っておくからそのことだけには触れないでくれ。死にたくなければだが」
アデルは再度ガズルの方を見る、そしてギズーが言っている注意事項がどれだけ恐ろしいのかを理解してパーティーにシトラを入れた。
ガズルはシトラと大分距離を置いてびくびくしながら門を出ようとした。
「待ちたまえ!」
と、突如後ろから大きな声が聞こえた。ギズーはやれやれと首を振った、アデルとガズルは何事かと後ろを振り向く。シトラは振り向かなかった。
「君達か、我が城に侵入しギズーをさらって行くという何とか軍というモノは」
「それが何か?」
アデルは眉一つ動かさずにケルヴィン領主が手に持っている剣を見る、そして自分の剣を何時でも引き抜けるように腰へと手を回す。
「受け取りたまえ」
そう言うと刀を一つアデルの方へと放り投げた。
「これは?」
「貴様達が戦ったのはレイヴンと聞いている、レイヴンと同等に戦うのならばその剣が必要になるだろう」
アデルは驚いて目を丸くする、なぜ自分たちがあのレイヴンと戦った事を知っているのだろうと疑問を抱いた。だがそれはすぐに理解出来た。
なぜなら彼はこの大陸を納めている王であり、この大陸で起きた事はほぼ全て理解していて当然の事だろうと考えたからである。
「何故、俺にこの剣を?」
「貴様が着ている服はカルナックのお下がりではないのか?」
その言葉にまた驚く、今度は理解出来なかった。
「どうしてそのことを」
「カルナックに合えば分かる事だ、それに……まだ完全にインストールをマスターしていないと見受けられる。貴様が炎帝をインストール出来るとは思えんが持っていて損はない。持っていきたまえ」
「レイヴンも言っていた、そのインストールってのは何だ?」
「それは私の口から言う事ではない、師であるカルナックにでも聞くと良い」
そう言い残して領主はまた自分の城へと戻っていった、問題が山住になったアデルはレイの事を忘れて暫くそのことで考え込んだ、何故カルナックの事を知っているのか。インストールとは何の事なのか。そしてこの剣はいったい何なのか。
今は何も分からない事だらけではあるがそれは全て師であるカルナックに聞けば分かる事だという事は頭の中にはあった。カルナックの家にはもう何年も帰っては居ない、しかし……あそこが自分の家である事には違いない。
「帰ってみるか、あそこに」
振り向き様にそう言って彼等はリーダーの元へと急いだ。
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