第二話 黒衣の焔とその右腕 Ⅰ

 ここ、ケープバレーの酒場町から西にある小さな洞窟。そこには三十人の不気味な男達が続々と集まってきた、リーダー格の男は黒い帽子に黒いエルメア(注意:帝国軍服の事)を身に着けた十四歳の少年と、ニット帽と顔に似合わないほどの大きさを持つ眼鏡を掛けた十三歳の少年。

 その後ろには二十歳を超える男達が群れをなして歩いている、辺りから見えればその連中は不気味且つ恐怖を覚えさせる。彼等は義賊、他の賊とは異なり一般の人間には手を出さずに貴族やお金持ちに対してだけ盗みや強盗を働きその金品を貧しい村や人、家々に配って回っていた。それが祟って一つの盗賊から目を付けられ、今そこに向かっている途中との事かと。


 彼等がたどり着いた時には周りを八十人程の荒くれ者達に囲まれ、中央からテンガロンハットをかぶった体格の良い男が脇に舎弟を二人引き連れ、一番前に立っている少年の前へと足を進めた。


「俺達を呼び出した理由は何だい大将?」


 黒い帽子をかぶった少年が右手にロングソードを構えて大男の目を睨む、


「お前達に聞きてぇ事がある、最近ウチの若ぇのが四人帰ってこねぇんだ。何か知らねぇか?」

「知らねぇよ、仮に知ってたとしてお前らに言う義理はねぇな」


 帽子の左斜め上に入ってる大きめの切れ込みから右目を覗かせて大男をにらみつけた。


「そうか、知らねぇんじゃぁどうにもならねぇな。それともう一つ、お前ら俺らの傘下に入るつもりはねぇか?」

「傘下?」


 黒づくめの少年の眉がピクリと動く、右手に握るロングソードのグリップを握りしめて体の前に持ってきた。


「ふざけた事を言うな、お前らが俺らの傘下に入るってのなら考えてやってもいいがな」


 大男はその言葉を聞いて笑い始めた、まさかこの人数差をどうにかできるのかと思うと笑いがこみあげてくる、以前から気に入らないと思っていたこの少人数の賊。だが腕は立つと噂だったことから自分の傘下に入れようと思っていた。しかし、こうも舐められた口をきかれたのではこの男にも面子ってものがある。何より部下の目の前ということもあり。


「そうか、それがお前の答えか。野郎共!」


 こうなった。

 周りを取り囲んでいた男達は一斉に飛びかかってきた、だが数メートルの所で彼等の動きはピタリと止まりその場にひれ伏すように倒れた、彼等の身につけている金属はお互いに反応し合い近くにいた者達を引き寄せるかのようにくっついていく。


「話し合いだっていうから来たのに。おい、そっちは任せた。派手にやってこいよ」


 ニット帽をかぶった少年が笑いながら左手掌底を星が広がる大空に向けて伸ばしている、その手からは何かグニャグニャとした物が辺り一面を覆うかのように放たれていた。

 黒い帽子をかぶった少年は腰に付けていたもう一本の剣を左手に構えてどんどんと大男に近づいていく。少年は右に装備している曲剣を『グルブエレス』。左手に装備するグルブエレスより長くて細い剣を『ツインシグナル』と呼んでいた。

 黒い帽子は左目の上のところが少し斜めに切れ目が入っていてつばは全体に大きく広がっている、エルメアを腰の所でベルトで縛りその下はローブのように靡くようになっている。

 全体的に黒い衣装で身を固め髪の毛までも黒と何か嫌な感じがするこの少年、長い髪を靡かせながら大男の目の前まで来て、


「どうする? このまま俺の剣が大将の身体をひき肉にするか大将が逃げるか、俺はどっちでも良いよ、出来れば逃げてくれると速く事が進んで有り難いんだけどな」


 意地悪そうに笑顔を作り両手に持っている剣を逆手に持ち替える、月の光でむき出しになった刃は不気味な輝きを放ち同時に少年の顔を照らす。


「ふざけるなぁ!」


 大男は勢いよく脇に有った剣を取り出すと力任せに横に一閃をたたき込む、だがその剣はしっかりと少年が構えているグルブエレスに受け止められていた。


「これが大将の答えか、しょうがないな」


 グルブエレスで大男の剣をなぎ払うとツインシグナルが横一杯に走る、その軌道は綺麗な円を描き大男の身体をすっと通り抜ける、弾かれた剣は大男の身体の直ぐそばに金属音と共に地面に突き刺さった。

 少年がずれた帽子を直そうと両手に持っていた剣を鞘に収め帽子の角度を調整し始めた、それが終わるや否や大男の身体は右肩から左腹辺りにかけて曲がる事のない一直線な筋が入り大男の身体は鮮血を飛び散らしながら大きな音と共にその場に崩れ落ちた。


「手下の皆さん、あんた達のリーダーみたいになりたくなければ俺達を今すぐにここから逃がしてくれると有り難いんだけどどう思う?」


 ニット帽をかぶった少年が楽しそうに言うと恐怖を骨の髄まで味わった部下達はその身体が自由になると一目散に逃げ出した。その光景を見ながら手を下ろす少年に後ろでびくびくしていた男達は立ち上がり少年達に「流石ですね、お二人とも強い」等と軽い言葉が飛び交う、その言葉に黒い帽子をかぶった少年が言う。


「相手が弱すぎるだけだ、お前達も鍛錬を積めば簡単に勝てるさ」


 そうそう、そんな言葉をニット帽をかぶった少年が軽く流す、すると黒い帽子をかぶった少年はくすくすと笑い出した。その笑い声に周りの男達も笑い初めて最後はニット帽をかぶった少年まで笑い始めた。




※1

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※2

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 翌朝、彼等は身支度を簡単にすませると近くにある町に立ち寄るためその荒野を歩き出した。

 その日、町では何者かが町を荒らしていた、食料売り場ではほぼ脅しに近い状態で食べ物を漁っていく、周りの人達は怯えて何もする事が出来ずにいた。


「オヤジ! 俺達は帝国兵だ、だからちょっと割り引いてもらえねぇか?」


 懐にある剣をちらつかせながら不敵な笑みでガトーに商談を迫った。だがマスターは眉一つ変えずに、


「駄目だ、帝国だろうが何だろうが商売の邪魔をするならここから出て行ってくれ」

「んだぁ? ずいぶんと舐められてるな俺達も」

「知らん、さっさと出て行ってくれ」


 ガトーの挑発ともとらえられる発言に怒り出した、腰に据え付けている剣を取り出すとカウンターに身を乗り出そうとした時隣でコーヒーを飲んでいた少年に腕を捕まれた。


「喧嘩なら余所でやって下さいよ、朝のコーヒーが台無しだ」

「なんだこのガキ、俺様達に意見するのか?」

「意見? とんでも無い、命令だよ」


 オーナーの言葉と少年の挑発的な言葉に沸点の低い頭が沸騰する、怒ったのではなく完全に理性を飛ばしたのである。少年の腕を掴み外に引きずり出しそして放り投げた。


「待ってろよくそ野郎! テメエはこのガキの後だ!」

「はいはい、その子に勝てればね」


 そんな捨て台詞をはきながらガトーは少年の使っていたカップを下げる、その余裕に三人に怒りが収まらない、この男達は少年一人に対して大の大人三人が路上で剣を片手に少年を睨んでいた。


 一方少年は青い玉を小物入れから取り出し軽く手のひらで弾いていた、ぽんぽんと同じリズムで空に放られてはまた自分の手の中に戻ってくる。


「それで? その剣で僕をどうするつもり?」


 笑顔でそんな事を言う少年に対して真ん中の男がいきり立ったまま前へ出る。


「こうするんだよ!」


 その後に二人は続ける、着々とその距離を縮めていく帝国兵に対して笑ったままの少年は玉を投げるのを止めて交差するかのように帝国兵の三人とすれ違い、その手には先ほどまでは無かった大きな剣が握られていた。


「やれやれ」


 紅茶を片手に店の入り口でその様子を見ていたガトーは首を横に幾度か振った、紅茶を音を立てて飲み干している間に帝国兵は血を流しながらその場に倒れた。

 その時町から一斉に大きな声が聞こえてきた、それはよくやってくれた、とか、最高だ。なんて声も聞こえる。


「全く、朝から退屈させてくれないよこの町は」


 朝のコーヒーを邪魔された少年は不満そうにそう呟く、


「所でレイ、こいつらどうするんだ?」


 レイと呼ばれた少年は剣を再び青い玉に姿を戻し小物入れにしまった、腕を組み暫く首をかしげて考えていたが暫くすると、


「死なない程度で終わりにしたから自分たちで逃げるでしょう?」


 レイの言葉通り帝国兵の三人はゆっくりと立ち上がり剣を手に取りレイを睨む、すると何処にそんな力が残っていたのか分からないが一直線にレイに向かって走ってくる。


「小僧ぉ!」


 レイは凄まじい勢いで振り返り大きく振りかぶられた剣を避けることなく手で弾きバランスを失った身体に回し蹴りを一発入れる。

 大きく吹っ飛び苦しそうに胸を押さえる、そこへ足下がいくつか見えた。男は顔を上げると黒い帽子に黒いエルメアを着た青年を見る。そして足にしがみつくように助けを求める。


「助けてください! あそこのガキが俺達を殺そうと――」


 だが男の首は勢いよく弾かれ宙に舞った、首と体を切断された男の亡骸を見て黒い帽子の少年が汚れた裾を叩き「何が殺そうとだ、これだから帝国は」一言だけつぶやいた。

 少年が辺りを見回しレイの所に近づく、


「あんた、ここの町長を知ってるか?」

「ん? あぁ、直ぐそこの風見鶏がついてる家だよ。それにしても強いな君、凄腕の剣の持ちぬ――」


 そこでレイの言葉は止まり黒い帽子をかぶった少年の顔をじっと見続けた、気味悪そうに黒い帽子をかぶった少年は後ろに一歩下がり帽子を上げる。


「何だ、俺の顔に何か付いてるか?」

「あぁ!」


 突然レイが大きな声で叫んだ、その声は黒い帽子をかぶった少年の耳の鼓膜を破らんとばかりに響いた、あまりの大声に周りにいた人間が何事かとレイの方を見る。そばにいた彼等は直ぐに耳を塞いだ、長く響くその声は暫く続いた。


「痛ててて、なんだよ!」


 まだ耳がキーンと鳴っている、左手の人差し指が左耳の穴を塞いでいる。


「アデル? あんた『アデル・ロード』だろ!」

「あぁ? そうだけど、お前誰だ?」


 何故この少年が自分の名前を知っているのか疑問に感じた、見たところ旅人の格好をしているこの少年が何処かで合って居るかのように懐かしそうに顔がにやけている、だが自分の中ではこの少年との面識はないと語っている。


「僕だよ僕、ほら!」

「だから誰だよって何だぁ?」


 レイは小物入れから一つ青い球を取り出しそれを剣の形に変えてから黒い帽子をかぶった少年に放り投げた、その剣はアデルと呼ばれた黒い帽子をかぶった少年の手の平に渡るとがくんと一気にその手から落ちるように重くなる。

 階段でその重い剣を見ながらアデルは叫んだ。


「この馬鹿みたいに重たい剣、レイだな!?」

「ご名答!」

「分かった! 分かったから早く『霊剣』を取ってくれ、手が潰れちまうよ!」

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