第6章

第1節『動き出した歯車』

「どういうことかわかるように説明したまえ。」

 詰問する声が聞こえる。

「これで、ついに P.A.C. 計画が完成するのです。」

「そういうことを聞いているのではない。なぜ『魂魄の結晶』を抽出したマリアンヌが消滅するのだ。話が違うではないか!!」

「ですから、『魂魄の結晶』の抽出によってマリアンヌに人間の理性を取り戻させることができるとは言いましたが、彼女を永続的に救うことができるなどとは最初から申し上げておりません。」

「貴様は、この私をたばかったのか!?そもそも、なぜマリアンヌが『魂魄の結晶』を内包することを知っていた!そう言えば貴様はかつてアカデミー特務班の指揮官として本省から出向していたことがあったな。…まさか!」


「ふふ、ようやくお気づきになりましたか。」

 男は不敵に笑って見せた。

「そのまさかですよ、次席事務次官殿。マリアンヌが『古代屍術の魔靴』を愛用しているのを知って、アンデッドが群れなすアナンダ氷原に彼女を差し向けたのはこの私です。私にもアカデミーの最高評議会には何人か知り合いがいましてな。」

「何を言っているのだ、貴様は!ということはこの一連の『奇死団』騒動は、すべて最初から貴様が仕組んだことだとでもいうのか!?」

「ようやくお分かりになりましたか?その通りですよ。私が、マリアンヌをリッチー・クイーンに転身するように仕向け、そして P.A.C. 計画遂行に必要な遺体、特に貴重な瀕死体を集めるために、いわばあなたを利用したのです。」

「では…、それでは私は、娘の、グランデの真の仇のために手を貸していたというのか!?」

「まぁ、そういうことになりますかな?おかげで、P.A.C. 計画はまもなく最終段階を迎えます。いや、もうすでに完成に至っております。」


「貴様、恩をあだで返そうというのか!!」

 声の主があいての胸ぐらをつかみ上げる。

「恩をあだ《あだ》で返す?滅相もない。あなた様にはずいぶんとお世話になりましたから、私になりに最大限の謝意をお示しするつもりでおりますよ。」


「ふざけたことを!!」

「そういえば、私の研究成果をご覧になりたいとおっしゃっておられましたな。よいでしょう。最大限の謝意の証として、あなたを、私の最高傑作の最初の犠牲者にして差し上げます。」

 そういうと、その声の主は実験室らしい部屋の横手にある重い扉を魔法で開錠した。

「さあ、ごらんなさい。素晴らしい出来でしょう!あなたが欲しがっておられた研究成果です。その実力をその身でたっぷりと味わうがよろしい。それでは失礼いたしますよ、次席事務次官殿。」

 そう言って声の主が部屋を出ると、外から鍵のかかる音が聞こえた。そして、先ほど開いた扉の中からは、おぞましいものが姿を現すではないか!ひとしきりの残虐の後で、その部屋に再び静けさが戻ってきた。外では、男の高笑いが響いている。


 * * *


 厚生労働省の庁舎脇にある公園の植え込みで、同省の次席事務次官であり、グランデの父であるアルフレッド・トワイライト卿の惨殺死体が発見されたのは、新年が明けて間もない、雪の激しい日のことであった。その遺体は、何か大型の獣とでも争ったかのような無残な姿をしており、見る者は目を覆わずにはいられなかった。その事件は瞬く間に、魔法社会の人々の耳目に届くことになる。


「『奇死団』の一件以降、物騒なことが続くね。」

「年末に、やっとあの残酷な『裏口の魔法使い』が処刑されたばかりだというのに。」

「新年早々これとは、やりきれないよ。」

 そんな声が辻々のあちこちから聞こえてきた。市民たちの動揺を抑えるために、街には政府警察が、そしてアカデミー内には治安維持部隊が、常時厳重な警邏けいら体制を敷き、俄かに物々しい雰囲気を醸し出していた。


 この事件の後、3人はアッキーナ婦人からの連絡を受けて、今『アーカム』を訪れている。


「事件についてはもうお聞き及びですね。」

 アッキーナ婦人が3人に確認した。3人は頷いてその問いに答える。

「アルフレッド・トワイライト卿は、ご存じの通り、グランデさんの御父上です。あのひどい殺されようは尋常ではありません。きっと大きな闇がその背後にうごめいていることは明らかです。」

「で、あたらしらにどうしろというんだよ。」

 ウィザードがアッキーナに訊ねた。

「この事件の真相を調べてほしいのです。」

「しかし、あまりに手がかりが少なすぎませんか?」

 と言ったのはネクロマンサーだ。

「しかも相手は厚生労働省でしょ?私たちに取り合うかしら?」

 ソーサラーも心配そうな表情を浮かべる。

「政府警察の公式見解では、トワイライト卿は魔獣に食い殺されたことになっています。しかし、あの傷は魔獣によるものとは考えにくく、それよりももっと力の強い存在の仕業のように思えます。また、周辺に魔獣の目撃情報が一切ないのも気がかりです。」

 アッキーナは、現在の状況に関して見解を述べた。


「でもよぅ、トワイライト卿がその強大な力とやらにどこかでやられて、その遺体が発見場所に運ばれたのだとしたら、それこそ調べようがねぇぜ。目撃者が皆無ってことだろ?」

 ウィザードが正鵠を射た質問を投げかける。


「グランデさんなら、最近の御父上の行動についてなにか思い当たることがあるのではないでしょうか?」

 そう切り出したのはネクロマンサーだ。

「しかし、今、彼女に聞き込みをするのはどうにも気が引けるぜ。マリアンヌのことがあってから半月かそこらで、今度は親父だからな…。」

「そうね。彼女の心情を思うと、難しいかもしれないわ。」


「いずれにしてもこの事件を放っておくことはできません。」

 アッキーナは毅然と言い放った。

「とにかく、なんでもいいのでまずは情報を集めてください。」

「わかりました。とにかくできるだけのことはやってみましょう。」

 そう言って、ネクロマンサーは二人に目配せした。

 ウィザードとソーサラーもそれに呼応して頷く。


「これは、ギルド『アーカム』からの正式の依頼です。きっとお願いしましたよ。」

 それから、3人はアーカムを後にした。しかし、引き受けてはみたものの、あまりにも雲をつかむような話過ぎて、正直みな途方に暮れていた。ひとまず、事件の接点と言えば、グランデしかいない。3人は大きなためらいを抱えながらも、インディゴ・モースに彼女を訪ねることにした。


 街ではまだ、新年の賑わいが続いている。多くの市民にとって惨殺事件は他人事だった。魔法誌や魔法報道局は事件を面白おかしく書き立て、騒ぎ立てはするが、それは人々の関心を引こうとするばかりのことで、肝心のことは何も捉えていなかったのである。


 * * *


 インディゴ・モースにある『グランデ・トワイライト』本店は、喪に服し、新年のセールをすべてキャンセルしていた。本来であればひっきりなしであるはずの客足が、すっかりと途絶えていたのが印象的である。幸い、従業員は店に出てはいるようで、グランデとの取次を頼むことはできた。グランデも応じてくれて、3人は今、彼女の私室にいる。


「グランデさん、この度は本当に…。」

 弔意を告げるネクロマンサー。

「ありがとう。まさかお父様があんなことになるとは思わなかったわ。」 

 グランデはやはり憔悴しょうすいしていた。

「でもね。くよくよ泣いてばかりはいられないわ。」

 そう言って、グランデは涙をぬぐった。

「私はこれから、ここの主任デザイナーとして経営者であるお母さまを支えていかなければいけない。お姉さまたちのこともある。私がしっかりしないといけないのよ。…それで、今日は?」

「お父様のことで、何かお心当たりはありませんか?」

 ソーサラーがそう問うてみる。


「そうね。あまりにも突然のことで、正直、私にも状況がよくわからないわ。」

 グランデも少なからず困惑しているようだ。

「例えばよ。どこかに最近頻繁に出かけていたとか、そういうことはないか?」

 ウィザードがそう訊ねると、

「そういえば…。」

 グランデには思い当たる節があるようだ。

「お父様はお仕事熱心な方だから基本的には家と庁舎を行ったり来たりするばかりだったけれど、一昨年あたりから、『ラウンド・オーソル』街のとある料亭によくお出かけになられるようになっていたわね。そのころ、私はマリーお姉さまのことでふさぎ込んでいたのだけれど、お父様が言うには、そこに私の悲しみを癒せるかもしれない情報があるのだとのことだったわ。これくらいのことしかないけれど、何かヒントにならないかしら?」


 ラウンド・オーソルは中央市街区の中でも、政府庁舎や議事堂が特に集中する政治の一大拠点である。


「その料亭の名前はわかりますか?」

 そう訊ねるネクロマンサーに、

「確か、お父様がそこの会員証をもっていらしたわ。ちょっと待ってて。」

 そう言うとグランデは自室を出て、2階に上がっていった。


「どう思う?」

「そこで、誰かと会っていたことは間違いないわね。」

「でも、厚生労働省の次席事務次官が庁舎外で会う人物って、いったい誰なのでしょう?」

 ネクロマンサーは首をかしげている。

「いや、省外の人間であるとは限らないぜ。重要な話だからこそ、省内ではできないということだってあるはずだ。」

 その指摘は鋭く正鵠を射ていた。

「グランデさんからその場所を教わったら、一度訪ねてみましょう。」


 そんな話をしているところにグランデが戻ってくる。

「あったわ。これよ。」


 それは『カロン・ラクザス』という、誰もが知る高級料亭の会員証であった。政治家や官僚、アカデミー高官らの御用達の店で、様々な政治密談が行われることでつとに有名な場所であった。こうした店の従業員の口は往々にして堅い。聞き込みには困難が予想された。


「ありがとうございます。それではひとまず、そこに行って事情を聴いてみます。」

 そう言うと、ネクロマンサーはその会員証を魔術記録に収めた。 

「気を落とさないでね。」

「無理をするなよ。仇はあたしたちがとってやるからな。」

 ソーサラーとウィザードがグランデを気遣って見せる。

「ありがとう。あなたたちも無茶をしないで。」

 その言葉に見送られて、3人はグランデのもとを後にした。


 * * *


 3人が『カロン・ラクザス』を訪問したのはそれから2日後のことである。


「いらっしゃいませ。」

 瀟洒なたたずまいの受付嬢が3人を出迎えた。こんなときは、ソーサラーの出番だ。


「今日は、お伺いしたいことがあってきました。」

「どのようなことでございましょう?」

「先ごろお亡くなりになられたアルフレッド・トワイライト卿が、一昨年ほど前からこちらのお店を頻繁にご利用になられていたと思うのですが、どなたとご面会になられていたかわかりますか?」

 受付嬢は、困ったという顔をして返答した。

「まことに恐れ入りますが、お客様のことをお話しすることは出来かねます。」


「そこをなんとかお願いできませんか。私たちは亡くなられたトワイライト卿のご息女の友人で、卿の死の真相を知りたいのです。」

 ソーサラーが負けじと食い下がるが、

「そうおっしゃられましても、私共は口が堅いことが身上でございますから、どのような事情であれ、お客様の情報をお話しすることはできません。」

 受付嬢もそう言って譲らない。しばらく押し問答を続けたがどうにもらちが明かないので、仕方なく引き上げようということになった。それで、店の出口を出て、前庭から門へと向かおうとした時であった。


「もし。」

 3人を呼び止める声がした。振り返ると下働きの従業員なのであろう、3人より2つ3つ年下の少女がそこにいた。


「あの、アルフレッド様の死の真相をお調べになっておられるというのは本当ですか?」

 その少女が話始める。

「ええ、そうです。あなたは?」

 そう問うソーサラーに、

「私はここで働いているラマンダと言います。実は私はアルフレッド様には大恩がありまして。それで、さきほどお話が聞こえたものですから、お声がけした次第です。」

 と、少女は静かに応えた。


 少女は恐る恐る言葉を紡いでいく。聞くところによると、その少女はこの料亭の店先で身売りに出されようとしていたところを、偶然そこに居合わせたトワイライト卿に救われ、卿が、彼女の身代金を支払ってくれたのみならず、その身元引受人となってこの料亭で下働きできるように世話してくれたのだとのことだった。卿に恩義を感じるこの少女は、その不幸な死の真相を暴くために役立つならばと、協力を申し出てくれたのであった。


「ラマンダ。ここでは、なんだから。お部屋を1つお借りできる?」

 ソーサラーが少女に尋ねる。

「はい、もちろんです。ご案内いたします。」

 少女はそう言うと、2階の1室に3人を案内した。

 そこは手狭ながらも非常に洗練された内装の見事な部屋で、まさに高級料亭の一室というたたずまいである。

「なぁ、おい。こんなところ、大丈夫なのかよ?あたし、金はないぜ。」

 ウィザードが慌てている。

「大丈夫よ。任せておいて。」

 ソーサラーはそう言って笑って見せた。


「とりあえず、簡単なお料理と飲み物をお願いね、ラマンダ。それから、これからしばらくあなたは私たちの客人だから、その旨、お店の方に伝えてちょうだい。

「かしこまりました。」

 そういってラマンダは部屋を後にした。しばらくして料理と飲み物が運ばれてくる。それは見事な海鮮と美しい白ワインであった。


「ラマンダ、あなたも召し上がれ。」

 もじもじしているラマンダにソーサラーが料理を進めた。

「あの…、あの、本当によろしいのですか?」

「もちろんよ。あなたは私たちの大切な協力者だもの。」

「心配しないでください。あなたから聞いたことは絶対に秘密にします。ですから、知っていることをすべて話してもらえませんか?」

 そう促すネクロマンサーの顔を見つめて、ラマンダはぽつぽつと話し始めた。


「アルフレッド様がここにおいでになられるようになったのは、一昨年くらい前からです。それからは、週に一、二度、定期的においでになられるようになりました。そして、その時はかならず、同じお相手と面会しておられました。」

「その相手の名前はわかる?」

 ソーサラーが問うと少女は首を横に振った。


「お名前はわかりません。しかし、漏れ聞こえてきたお話を聞く限りでは、同じご職場の方のように感じられました。そのお相手の方の研究に関することがいつも主な話題であったように思います。」


「その人物の顔を見ればわかりますか?」

 そう言うと、ネクロマンサーはローブの内ポケットから1枚の魔術記録を取り出して、それをラマンダに見せた。

「この方ではなかったですか?」

 それはマークス・バレンティウヌの魔術記録である。


「そうです。こちらの方です。この方のご研究に資金を繰り出すかどうかというお話をいつもしておいででした。なんでも、この方がアルフレッド様のお嬢様のご心痛を和らげることのできる可能性をお持ちでいらっしゃると、そのように聞こえたように思います。」

 3人は我が意を得たりという顔をした。グランデのことだ!


「なんでも、アルフレッド様の末のお嬢様のご心痛を和らげるには、あるものを手に入れる必要があるのだけれど、それに先立っては、まずお役所とアカデミーの衛生部門に緘口令かんこうれいを敷かなければならず、そのために、アルフレッド様の協力が必要なのだと、そのようにもお話になられておりました。」

 どういうことだろう?その「手に入れる必要があるもの」というのが『魂魄の結晶』を指しているのは明らかだったが、マークスの研究とはいったい何のことか?また、そのために卿が協力していたとはどういうことか?緘口令ということは、卿が立場を利用して情報操作をしていたということなのだろうか?様々な憶測が脳裏をめぐったが、確たることはただ一つ。卿の死に、かのマークスが関与している可能性が極めて高いということであった。


「最近でも、その魔術記録の人物はお店を訪ねてきますか?」

 ネクロマンサーが訊くと少女は首を横に振った。

「アルフレッド様がお亡くなりになられた時期を境にして、まったくお姿をお見掛けしなくなりました。」

「この人物のしていた研究というのが何だかわかる?」

 ソーサラーが訊ねると、

「いいえ、わかりません。ただ、P.A.C. という言葉がおふたりの間によく上っていました。それが何を指すのかは私にはとんと見当が付きませんが…。」

 ラマンダが応えた。

 P.A.C. !!!

 ここにきて、点が線をなしつつある。おそらく、P.A.C. というのがマークスの研究のことであり、それが何であるか具体的にはわからないが、少なくとも、その研究をトワイライト卿が支援していたこと、そしてそれが『魂魄の結晶』となんらかの関係がある、ということだけは明らかになった。あとは、マークスが、3人に欺瞞を弄してまで『魂魄の結晶』を手に入れたがった理由がわかれば全容を解明できるかもしれない。ラマンダの証言によって、歯車が静かに噛み合い始めたような気がしていた。


「ありがとう、ラマンダ。とても参考になったわ。」

 ソーサラーが謝意を伝える。

「お役に立てましたか?」

「もちろん、大いに役立ったわ!」

「どうか、アルフレッド様の無念を晴らして差し上げてください。あの方がいらっしゃらなかったら、私は今頃色街に売られていました。あの方は私の恩人なのです。」

 そういうラマンダの瞳は涙に潤んで輝いていた。

「約束するわ。きっと卿の敵は私たちでとるわね。」

「ありがとうございます。きっとお願いします。」

 それからしばらく料理を楽しんだ後で、3人は料亭を後にした。会計は目玉が飛び出るような金額だったが、ソーサラーは涼しい顔でその支払いを済ませた。ウィザードとネクロマンサーはただただ目を丸くしている。


 * * *


 さて、トワイライト卿惨殺事件の背後に、かのマークス・バレンティウヌの存在があることは、これで明らかとなった。しかし問題は、マークスに至る糸が切れてしまっていることである。厚生労働省に問い合わせても、マークスに連絡をとることはできなくなってしまっていた。厚労省は、セキュリティ上の理由を主張するだけで全くらちが明かない。

 3人は、マークスが技官でありながら、アカデミーによる葬送の儀式に必ず出席していたことを思い出し、アカデミーの衛生部門に接触を図ることにした。ネクロマンサーの話では、遺体の搬出と一時保管に関する職務は、その職務内容の性質上、担い手が非常に少なく、そこにおける人的なセキュリティ・レベルを維持するのが存外難しいのだとということである。そこで、やりようによっては担当者をうまく篭絡ろうらくして情報を引き出せるのではないかということになり、その人物に接触を図ることになった。


 遺体の安置所を現在管理しているのは、シモネンという酒やけした赤ら顔の小男だった。周囲の話では、酒と金にだらしなく、それらのためであれば親でも売るというもっぱらの評判で、そこで3人は十分な手土産を携えて、そのシモネンを訪ねたのである。


「初めまして、シモネンさん。」

 ソーサラーが挨拶を交わす。

「あっしに何用で?」

 酒の匂いが、そこら中から漂ってきた。

「厚生労働省の元技官で、アカデミーによる葬送に毎回参列していたマークス・バレンティウヌ氏をご存じですね?」

「旦那がどうしたというんで?」

「アカデミーによる葬送とマークス氏の関係について、何か知ってることがあれば話してほしいのです。」

 ソーサラーが切り込んでいくと、その刹那、男の目がきらりと光った。

「お嬢さん方が知りたいというのは、旦那のご商売のことで?」

「ご商売?」

「ええ、旦那は葬送の儀式を使ってちょっとしたご商売をしておいででしてね。」

「詳しく話していただけますか?」

「そりゃあ、構いませんがね。ただ、あっしは少々のどが渇いておりまして。」

 そう言って男はほくそ笑んだ。


「そうですか。では、こちらなどいかがですか?」

 ネクロマンサーがブランデーのボトルを取り出して見せる。

「これをあっしにいただけるんで?」

「もちろんです。お納めください。」

「こりゃあどうも。」

 そういうと男はネクロマンサーの手からボトルを奪うようにして、自分の傍らにそれを置いた。

「それで、マークス氏の商売というのは?」

「どうやら、旦那はご自分の研究に葬送の儀式をご活用なさっておいででだったようで。」

「と言うと?」

「へへ、あっしもアカデミーの従業員ですから、守秘義務というのがありまして。なかなか簡単にお立場ある方のことをお話しするわけにはまいりません。」

 そう言いながら男はにやにやしている。

「そうなの。じゃあ、これでいかがかしら?」

 ソーサラーはかなりの数の金貨が入っているらしい革袋を男の手に握らせた。男は早速その革袋をあけて値踏みをした後、上目遣いで話し始めた。


「実のところですね、あっしらにとってはけったいな話ですが、旦那は死体、とりわけ瀕死体を非常に欲しがっておいでだったんです。それで、特務班が移送してきた瀕死体はアカデミーではなく、厚労省の医療班に極秘裏に移送し、遺体についてもこっそりどこかに運び込んでおいででした。」

「そんなことを!?」

 3人の顔に俄かに緊張が走る。


「あっしらは、旦那から金をつかまされてそれを黙認していたんで。そんなわけで、ここ最近頻回に行われていた葬送の儀式に用いられたひつぎは、大方というか正直その全部が空っぽだったと、まあ、そういうことでさぁ。なんでも旦那が取り組んでおられる研究には、いっぺえの死体が必要なんだとかで。だから、あっしらはせっせとその手伝いをしておりましたという寸法です。」


「なんてこと!でも、そんな不正はすぐに厚労省が把握するでしょうに!」

 ソーサラーが怒りをにじませる。

「それなんでさぁ。その厚労省のかなり上の方に旦那の協力者がいらしたらしく、旦那の行状はことごとく伏せられていたんですよ。あっしらが口を割らない限りまずバレることはないってくらいに情報統制は完璧だったようですぜ。」

「その協力者というのは誰?」

「ほら、先ごろ殺された。なんて言ったか?でっかい魔法具屋の奥さんを持つお人でさぁ。」

 トワイライト卿のことだ!

「なぜその方が、マークス氏に協力していたかわかりますか?」

 そう問うネクロマンサーにまたしても男はいやらしい笑顔を向けた。

「いやあ、何と言いますか、守秘義務がですね。」

「もちろんよ。」

 そう言って、ソーサラーはもう1袋革袋を渡した。男はまたもや袋を開いて値踏みしながら続けていく。

「なんでも、その御仁のお嬢さんを助けるためだそうで。そのお嬢さんはなにやらえらくひどい悲しみに暮れておいでだったそうなんですが、旦那の研究がその解決策になるかもしれないと。それと引き換えに旦那の研究について目をつぶれというか、まあ協力しろということだったみたいでさぁ。」


 つながった!グランデの心の傷をいやすため、つまりマリアンヌを救済するために、卿は黙認する形でマークスの研究に手を貸していたのだ。そして自分たちがマークスに欺かれたように、卿もまたきっと騙された。それでトラブルとなって殺された可能性が高い!!!犯人は間違いなくマークスだ!


「で、マークス氏が今どこにいるかわかる?」

「それが、とんと見当もつかねえんで。あっしらとしてもいい金蔓がいなくなって商売あがったりですよ。へへ。」

 なんとも下卑た笑いをその男は浮かべた。しかし、マークスの行方を知らないというその言葉に嘘はなさそうだ。

「ありがとう。これもとっておいて。」

 そう言うと、ソーサラーはもう1袋、革袋を男に手渡した。

「こりゃあどうも。」

 男は慇懃無礼なお辞儀を繰り返しながら、仕事場へと戻っていった。


 トワイライト卿の死にマークスが直接関与しているのはほぼ確実となった。しかし、マークスの目的が今一よくわからない。葬送の儀式から遺体や瀕死体を奪っていったい何をしようというのか?3人は頭を抱えていた。真相を究明するには、やはりマークスのしっぽを掴むしかないのかもしれない。


 年が明け、1月も半ばに差し掛かるが、冬はまだ厳しく、魔法社会全体が深い雪に覆われていた。マークスはどこに消えたのか?またその目的とは何か?3人の探求は続いていく。

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