第2節『闇に蠢く影』
昨年の一件以来、4人は、休日などに誰かの部屋に集まって団欒だんらんの時を過ごすということをよく行うようになっていた。異国でいうところの女子会である。その集まりにはアカデミー嫌いのウォーロックも必ず参加し、他の3人と豊かに親交を温めていた。
今日は、ウィザードの部屋に集合して、さながらパジャマパーティの趣である。
「なぁ、よう。みんなはパンツについてどう思うよ?」
あまりにも突飛な会話の振り出しに、3人は互いに顔を見合わせたが、やがて年頃の少女らしく会話に花を咲かせた。
「やっぱり、かわいいのがいいんじゃない?」
とウォーロック。
「私は、ロコット・アフュームのものがいいと思います。」
「えー、ラヴィ・ムーンの方がかわいくない?」
「あそこの商品は、そのなんていうか、ちょっとデザインが美麗すぎて…。」
「それがいいんじゃん!」
ネクロマンサーとソーサラーが互いの好みを主張する。
知り合ったばかりのころ、ソーサラーはいかにも貴族のご令嬢という物言いであったし、今も必要な時にはその威厳を見せるが、気の置けないこの4人の集まりの中では、年齢相応の率直さと愛らしさを見せるようになっていた。
「ちげぇよ。それじゃなくてパンツをどう思うか、って聞いてるんだ?」
3人はどうにもよくわからない顔をする。
「だから、パンツでしょ?」
「いや、それじゃなくて。ほら、あのいけ好かない学則を作った教授がいるじゃんか。そのパンツって野郎についてあたしは聞いてるんだよ!」
「ああ!」
一同、得心のいった顔で互いを見やる。
「パンツェ・ロッティ教授のことね?」
とソーサラー。
「そうだよ、だから最初からそう言ってるじゃねぇか!」
「あのね、教授の名前はパンツ・エロッティじゃなくて、パンツェ・ロッティよ。」
諭すようにソーサラーが言った。
「そうなのか?」
「まぁ、あなたって、あんなに勉強できるのに、とんだ天然よね。」
ウォーロックがころころと笑っている。
「なんだよ、ちょっと間違っただけじゃねぇか…。」
「いずれにしてもだ、あいつちょっと異常じゃねえか?なんであんな絵にかいたような変態がアカデミーで教授やってんだよ。信じらんねぇ。」
その言については、3人はごもっともという顔をして見せた。
パンツェ・ロッティというのは魔法学の教授で、学内では知らぬもののない名物教授であり、迷物教授の二つ名で知られるほどの有名人である。しかし、その地位は傍目はために思う以上にずっと高く、政治力のあるハイ・マスターであると同時に政府高官でもあり、アカデミー学内ではずいぶんと幅を利かせる本物の実力者である。学内で彼に正面から苦言を呈することのできる者は限られていた。彼は、女学徒たちから極めて評判の悪い『学則8章6条』を策定した人物で、それは「スカート丈はできるだけ短くあるべし」というものである。同条項は、彼が前々回の『制服検討委員会』で強硬に主張したものがそのまま通ってしまったという信じがたい代物で、男子学徒の評判こそ上々であるものの、おかげで女学徒たちはその身を守るために、常にスカートの裾の動向に心をくだく必要に迫られていた。それは、それほどに丈の長さ、もとい短さを理不尽に要求してくるもので、一部ではその語呂に合わせて『エロ条項』とも揶揄されていた。
普段の生活場面においてはともかくとして、大会で空中戦を行う時などには、ひらひらちらちらとなにやかにやが見えてしまうため、男子学徒どもの好奇の目を前にして、どうにも集中力をそがれてしまうのだ。先月の、大会の折のウィザードとちょうど同じようにである。これは年頃の女学徒にとっては思う以上に深刻な問題で、異性の目を引くのにせわしない向きにとってはともかくも、そうでない者らには実に胃の痛い問題であった。ウィザードもまたその一人であったというわけだ。特に最近では携帯式光学魔術記録装置が一般に普及したため、破廉恥な盗撮が後を絶たず、そうした魔術記録が『神秘の雲』などで不正に売買されることもしばしばで、女学徒たちを大いに悩ませていた。ウィザードは先程から、そのことを言っていたのである。
「あの、なんだっけ、パンツェだったか?どうしてあんなスケベ野郎が魔法学の主任教授なんかやってんだよ。ありえねぇだろ。どう考えても完全なセクハラだぜ。しかも大会の時なんて、取り巻きの男どもと一緒になって、あんなくそ大げさな光学魔術記録装置を持ち出してきたりしてよ。頭がおかしいんじゃねぇかと思うんだ。重用するアカデミーもアカデミーだぜ。」
ウィザードはずいぶんトサカにきているようだった。
「乙女だもんね。」
ソーサラーがこれ見よがしに茶化す。
「うっせぇよ!」
ウィザードはすっかりふくれて憮然としてしまった。
「まぁ、言ってることはよくわかるわね。」
と言ったのは、ウォーロック。
「これだけ多くの女学徒の要望と不満を無視するというのは確かに横暴だわ。いくら学則でも、学徒の安全と安心、そして女性の尊厳を尊重するべきだわ。」
その言葉は俄かに真剣みをおびてきた。
「確かに、盗撮魔術記録の売買などもあるように聞きます。そんなのはちょっと許せないですよね。」
ネクロマンサーも同意のようだ。
「なぁ、みんな!」
ウィザードが声を上げて言う!
「ここらでいっちょ、あのパンツ野郎に天誅を加えてやろうぜ!」
「そうは言っても、どうするのよ?」
とソーサラー。
「あれだけの盗撮魔術記録が出回ってるんだ。あいつはきっとそれをたくさん隠し持っているに違いない。だから、あいつの執務室に忍び込んで、証拠をばっちり押さて、一発ぎゃふんといわせてやるんだよ!」
「威勢がいいのは結構だけど、バレたら退学ものよ!」
そんなことは到底無理だという調子でソーサラーが言った。
「私もそれはちょっと無謀が過ぎると思います。別の手を考えてみてはどうですか?例えば、署名を集めるとか…。」
ネクロマンサーも慎重の立場のようだ。しかし、
「そんなかったりぃことやってたら、あたしらのスカートの丈の方が先になくなっちまうぜ。」
と、ウィザードはどんどんとエスカレートするばかり。
「まぁ、ちょっと落ち着きなさいよ。」
そう言ってソーサラーが彼女をなだめていると、ウォーロックがすっくと立ちあがって言い放った。
「いえ、絶対にやるべきよ!私は賛成だわ!こんな横暴を許していたんじゃ、私たち学徒は委縮するばかり。理不尽な要求には断固抵抗するべきよ!」
「わかってんじゃん!」
同朋を得たウィザードは思わず手をたたく。
「でも…。」
その様子を見て、ソーサラーとネクロマンサーは互いに顔を見合わせた。
「これは私たちの使命だわ!」
しかし、ウォーロックはいよいよ悦に入り、それに向かってウィザードが声援を送り続ける。どうにも奇妙な構図だ。
「でも、やるといっても具体的な計画が必要よ。まず、見張りをきっちりやる必要があるけど、たった4人じゃできることが知れているわ。」
どこまでも、ソーサラーは慎重な姿勢を崩さない。
「それなら大丈夫よ!」
ウォーロックは、がぜん火がついてしまったようで、自信に満ちた正義感とも言うべき何ものかを呈しはじめた。
「あなたが、魂魄召喚でゴースト召喚して、それに見張らせればいいのよ。」
「私がやるんですか?」
珍しくその黒い瞳が丸くなる。
「そうよ。あなた以外にいないもの。」
まるでそれが当然であるかのようにウォーロックはいう。ネクロマンサーはあっけにとられていた。
「話が早えじゃねえか。やつの部屋の場所はわかってるんだ。証拠さえつかめばあいつはぐうの音も出ねぇよ。やろうぜ!これはいわゆる人権問題、正義の戦いだ!」
どこかで聞いたようなもっともらしいことをウィザードがまくしたてる。
普段なら「はいはい」で終わるところだが、今回はウォーロックが妙に熱を帯びてしまっているのが、どうにも始末が悪い。その後、本当に計画を決行することが決まってしまい、『パンツェ・ロッティ天誅計画』なるお題目までできあがってしまった。
ネクロマンサーとソーサラーの二人は、つきあいきれないという顔をしながらも、二人に調子を合わせていた。結局にして、次の水曜日の深夜、すなわち件の教授が『アカデミー法石学会』に出席中の留守を狙おうということで手はずが整ってしまった。目的は彼が隠し持っているはずの破廉恥な魔術記録を回収すること、そう決まったのである。
その後は、具体的にどうする、ああするとまるでゲームでも楽しむかのような感覚でやり取りがずっと続いっていった。冗談半分、本気半分の奇妙なハーモニーは、その夜、深夜遅くまで続いていった。
時は、『全学魔法模擬戦大会』からかれこれ1か月、秋虫の歌声で夜を盛んに彩られる10月の半ばに差し掛かっていた。
空は一層高く、天上にはこの季節ならではの星座が美しく配置されている。その輝きと地上のメロディーが、秋の宵をそれはそれは美しく演出していた。
人権と尊厳、自由と選択、幼かった彼女たちも、そういうことを考える年齢に差し掛かっているのだ。はたしてその無謀とも言える計画はどのような顛末を迎えるのか。夜が静かに更けていった。
* * *
さて、今宵は件の水曜である。深夜帯に至り、アカデミー全体はすっかり寝静まって、耳に届いてくるのはもはや秋虫の声だけとなっていた。しかし、その静寂の月明かりの下をこそこそと駆け回る一団の姿がある。
「本当にやるの?やっぱりやめない?」
不安と躊躇いを隠しきれないソーサラー。
「ばっきゃろう。もう作戦は始まってんだ!ったく、貴族令嬢ってのは根性なしでいけねぇ。」
「まぁ!」
「静かにしてください!」
そんな二人をネクロマンサーがふたりを諫めた。
パンツェ・ロッティ教授の私的執務室は教員棟の東側3階の角部屋にある。外から忍び込むには絶好の場所だ。見張り役はネクロマンサーと、そのお供に駆り出されたかわいそうな数体の幽霊たち。連絡役はソーサラー、忍び込みを決行するのはウォーロックとウィザードというように配役が決まっていた。時は深夜をゆうに過ぎている。
月明かりがその目的地をあかあかと照らし出している。絶好のチャンスだ!
ネクロマンサーは召喚した幽霊たちに命じて、あたりの警戒を怠りなく行っていた。ソーサラーは連絡用の携帯式光学魔術記録装置を手にして、なんとも落ち着かない様子だ。
「じゃあ、行ってくる!」
「お願いだから、へましないでよ。」
「任せとけって!」
「じゃあ、行きましょう。周囲のことは頼んだわよ。」
ウォーロックの号令で、ウィザードとふたり、3階のその部屋の窓まですっと上昇していく。大会の時と同じ虚空のローブを身にまとっているようだ。案の定すべての窓は固く施錠されていたが、ウォーロックは余裕をのぞかせていた。
『錬金の力を司る者よ。我にその技巧を授けよ。閉ざされたものを開き、開かれたものを閉ざせ!不触の鍵:Invisible Keys!』
彼女は、めずらしい術式を行使した。ウィザードはすっかりそれに感心している。
窓の一つがカチャリと小さな音を立てた。ウォーロックがそれに手をかけると、すっと開いた。
「やった!」
二人は顔を見合わせる。そして下の状況を確認すると、厄介ごとに付き合わされたかわいそうな幽霊たちが、あちこちをふらふらを行きかっているのが見えた。そのとき、携帯式光学魔術記録装置に着信の明かりが点滅する。
「なんだよ?」
「どう、うまくいってるの?忍び込めそう?」
「あたしたちを誰だと思ってるんだ!ばっちりだぜ!」
そう言うや、ウィザードは一方的に通信を切ってしまった。
「さぁ、ここからが本番よ!」
二人はその窓からそっと室内に入り込んだ。月明かりが十分に差しているとはいえ、さすがに室内は暗い。しかし明かりをつけるわけにはいかないため、目を凝らしながら、室内を見て回った。そうこうしているうちに、次第に目が慣れてくる。ウォーロックは壁づたいに書棚やクローゼットを物色し、ウィザードはこの部屋の主の執務机に近づいて行った。
「あったぜ!」
そう言って、ウォーロックを呼び寄せる。
「見つけたの?」
「ああ、こいつ隠してさえいねぇ。」
目的物たるその破廉恥な魔術記録は、執務机の上に乱雑に散らばっていた。その数は想像よりもはるかに多く、100枚はゆうに下らないように見える。よくもまぁこれだけ集めたものだ。そこにはいろいろと映っていたが、どうにもそれらは明らかに盗撮の類だった。
「とりあえず、まずはこの状況自体を魔術記録に残して、あとはこの中から10枚くらい持っていきましょう。」
「そうだな。」
ウィザードは手持ちの携帯式光学魔術記録装置の照明の瞳の出力をぎりぎりに調整してから、執務机の現状をありありと魔術記録に収めた。
「これでいいだろう。」
「じゃあとは現物ね。できるだけ破廉恥なのを持っていくのよ。」
「うへぇ、いやな役回りだぜ。」
そう言うと、二人は十分な証拠能力があるだろうと思われる魔術記録を10枚ほど選定し、それをローブの内ポケットにしのばせた。
「それにしても、ここはあいつの執務室だろう?仕事中にいったい何やってんだよ!」
「そりゃ、いろいろじゃない?」
ウォーロックがいたずらっぽく言うと、月明かりの中でウィザードの顔が真っ赤になった。
「さぁ、行きましょう。」
そう言うと、二人は先ほどの侵入したのと同じ窓から部屋を抜け出た。魔術記録を失敬した異常、侵入があったことは遠からず露見するだろう。しかし、足がつくようなへまはしていないはずだ。犯人の特定は無理に違いない。そう思い定めて、ウォーロックは先程と同じ術式で窓を施錠した。二人ががゆっくりと下に降り立とうとしていたちょうどその刹那、
「隠れてください!」
そう言うネクロマンサーの小声が聞こえた。
「はやく!その茂みにでも。」
見ると2本向こうの通りを、『アカデミー治安維持部隊』に所属する学徒の一団が夜回りをしている様子が見えた。とっさにふたりは近くの茂みに身体を隠した。
「危なかったぜ。」
「そうね。」
そういうウォーロックの表情は、これまでには見たことのない、言いし得ない嫌悪感をたたえていた。ウィザードは彼女がなぜそんな顔をしているのか気になったが、その時は、あえて何も言わなかった。
しばしの間、一同の間に極度の緊張が走ったが、幸いにも夜回りの学徒達は2本向こうの通りをそのまま行き過ぎていった。やれやれと、めいめい胸をなでおろす。
「さあ、今のうちに早くいきましょう!」
ネクロマンサーの促しで、4人の女盗賊たちは、秋の宵闇に溶け込むようにして消えていった。
秋月はいよいよ明るさを増し、周囲の石畳を白く照らし出している。今宵、彼女たちはちょっとした冒険を経験した。夜はなおも続く。朝まではまだまだ長い。
* * *
さて、それから数日を経て、4人は今、『アーカム』にいる。
入り口は引き開きで、また、めずらしく例の貴婦人が来店しており、幼いアッキーナがなにかと彼女の世話を焼いていた。
彼女たちが今日ここを訪れたのは、これからどうするかについて、俄かに意見がまとまらなかったからである。
ウィザードは、手にした証拠を突き付けて直談判すべきと強硬に主張したが、それは、盗人は我々でございと、ルビをふって教えるようなもので、退学まっしぐらの無謀であった。
事ほどの次第を記した書面と共に、アカデミーの掲示板に張り出してはどうかというのは、ソーサラーの提案であったが、その魔術記録には公共の掲示に耐えられるだけの倫理性の欠片がもはや残されていなかった。
ネクロマンサーは、魔法雑誌に事情を添えて送ってみたらどうかと訴えたが、取り上げられなかった時には貴重な証拠をみすみす捨てることになるとの反対論に阻まれた。
なにより肝心のウォーロックが、ウィザードの提案を強力に支持するという有様で、議論百出、議場騒然、どうにも意見がまとまらなかったため、今後どうすべきか相談するべく、今ここにいるのであった。そこに、例の貴婦人が居合わせたことは4人にとって僥倖であった。
「お久しぶりです、マダム。」
話を切り出したのはウォーロックだ。
「見ていただきたいものがありまして。」
「まぁ、何かしら?」
貴婦人に誘われるように、ウォーロックは例の魔術記録を胸元から取り出し、カウンターにならべてみせた。
「まぁ!またずいぶんと面白い魔術記録があったものね。これはどうしたの?」
「はい、アカデミーのある教授の執務室からとってきました。」
「あらまあ、それはなんとも大胆なことね。それで、どうしようというのかしら?ここで売ればいいお金にはなるわよ。」
そう言って、貴婦人は目元を細めて見せた。
「それが問題なんです!」
少しばかり語気を荒げるウォーロック。
「こんなことが今、アカデミー内では平然と横行しています。それらが盗撮なのは明々白々で、この破廉恥さは女学徒に対する明らかな侮辱です。何よりこれを可能にしている学則が許せません。」
「そうね。あなたの気持ちはわかっているわ。ごめんなさい。ちょっとした冗談よ。ひとまず落ち着きなさいな。」
そう言うと貴婦人はおもむろにそのうちの1枚を手に取った。
「確かに、ずいぶんとひどいわね。十分に立派な人権侵害だわ。」
「そうですよね!」
彼女の賛同を得られたウォーロックの声が上ずる。
「これらの証拠を使って事態を改善する方法はないでしょうか?」
「そうね…。実は、私の友人に、『魔法社会における人権向上委員会』の理事がいます。」
手元のカップのお茶を一口傾けてから、貴婦人が言った。
『魔法社会における人権向上委員会』とは、およそ魔法社会全般の人権問題、とりわけ子どもや女性、社会的弱者の権利向上を訴える組織で、政府に対しても強い影響力のある有力な任意団体であった。確か、『キュリオス骨董堂』の店主である、キューラリオン・エバンデス女史が、その座長を務めていたはずである。彼女のパンツェ・ロッティ嫌いは魔法社会でも広く知られており、魔法雑誌の対談などを通じて、彼を公然と非難してのける数少ない人物のひとりであった。もしかしたら…、そんな期待が4人の胸中をめぐっていく。
「とにかく、これを私に預けませんか?委員会経由で告発できないものか働きかけてみましょう。」
「はい、ぜひともお願いします!」
ウォーロックは力強く言った。ほかの三人も貴婦人の提案に異論はないようだ。
「それでは、お預かりするわね。アッキーナ、これを大切にしまってちょうだい。」
「はい、マダム。」
そう言うと、幼いアッキーナは小さな手でカウンター上の魔術記録を拾い集めた。とんとんとみみをそろえ、封筒に入れてから、カウンター裏に置かれた皮のカバンの中にしまった。
「少し待ってて頂戴ね。きっと朗報を届けるわ。」
貴婦人の目元が優しく緩む。
「ありがとうございます。」
4人の女盗賊の顔にようやく安堵の色が浮かんだ。
「さて、それじゃあお茶にしましょう。アッキーナ、『ルクスの緑』をいれてちょうだいね。」
「はい、マダム。」
そう言うと、アッキーナはいつものようにいそいそと奥の台所に消えていった。
「あなたたちも大変ね。でも、これはきっといいことだわ。時には禁を破ってでも悪をただすということは必要になるものよ。」
貴婦人はそう言うと、手元のカップに視線を移した。
しばらくして、両手にお盆を抱えたアッキーナが戻ってくる。
「お待たせしました。『ルクスの緑』です。マダム、こちらはおさげします。」
そう言うと、幼い少女はヒスイ色の美しいお茶をめいめいにふるまってくれた。マダムが先ほどまで口にしていた方のカップはお盆に戻すと、その小さな影はふたたび台所へと姿を消していった。
「さぁ、召し上がれ。」
「頂戴します。」
4人はめいめいにカップを手にし、その神秘的なお茶を口に含んだ。
「このお茶には、飲む人の精神に魔法的に作用して、その冒険心を喚起し、正義感を強める作用があるのよ。また、何が正しく、何が間違いであるか、それを見極める感性を研ぎ澄ますわ。今では忘れられたそんな古いお茶…。」
貴婦人がお茶の薬効を説明してくれた。
ひとくちふたくちそのお茶を口に含んだ後、彼女は立ち上がって言った。
「ごめんなさいね。もう少しゆっくりお茶を楽しみたいところだけれど、これから行かないといけないところがあるの。お先に失礼するわね。」
そう言うと、先ほどアッキーナが例の魔術記録をしまった皮のカバンを手に取って、店の奥の闇に消えていった。4人はそれを静かに見送る。
その後しばし談笑していると、そこにアッキーナが戻ってきた。
「ごめんなさい。そろそろ閉店の時間なんです。」
「まぁ、ごめんなさい。」
ウォーロックがアッキーナを気遣った。
「アッキーナ、いつもいろいろありがとう。」
その言葉を聞くと、少女はちょっと照れくさそうにして、その小さな頭をふるふると横に振った。
「お帰りはお分かりですか?」
「コイルを逆順に!」
今やその声は、四重奏をかなでている。
M.A.R.C.S.を逆順にたどって4人が日常のアカデミー前に帰り着いた時には、秋の陽はもうすっかり地平の裏側に落ちていて、ひんやりとした宵闇が彼女たちを取り囲み始めていた。
「とにかく、婦人を信じて待ちましょう!」
ウォーロックのその声に、3人は大きく頷いてこたえる。
「きっとうまくいくさ。」
そういうウィザードの手をソーサラーがしっかりと握った。
「では、みなさん。また明日。」
別れの挨拶をするネクロマンサー。
「また明日。」
そう言葉を交わしてから、4人はめいめいの寮棟へと戻っていった。
秋の深まりを告げるひんやりと乾いた風が心地よい。きっとうまくいくはずだ。今宵も点は一層高く、星々と星座の色どりは日に日に美しさを増していた。かすかに、冬の気配も顔をのぞかせ始める。少しずつ11月が近づいていた。
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