第4章 特別編『愛と喜びを分かつ約束』

 リッチー・クイーン率いる『奇死団』の脅威はいよいよ高まりを見せていた。アナンダ氷原に駐留するその本体に、各地から『彷徨える屍』が合流してきており、辺境集落のいくつもが、奇死団の本体および合流を図る彷徨える屍によって蹂躙され壊滅されていた。その規模はすでに一個師団にも及ぶという試算さえあるほどで、アナンダ氷原には夥しい数のアンデッドの群れが結集していた。

 そこは、アカデミーや政府庁舎の集中する中央市街区から見て北西方向に位置しているが、その距離はさほど遠くなく、彼らの最終目的は、この魔法社会の中枢機能の破壊であろうというのがもっぱらの噂となっていた。いまだ氷原から動く気配を見せないものの、魔法社会全体においてその脅威は最高潮に達しようとしていた。

 政府は、アカデミーの対応を手ぬるいとして、有力な魔法企業である『ハルトマン・マギックス』社に対し、対アンデッド用の特殊法弾『人為のルビーの法弾』を開発を特別に要請した。同社はそれをうけ、法弾のみならず、その機能を最大限に引き出すことのできる『専用の錬金銃砲』を開発することで応えてみせた。政府軍事部門は、アカデミーの最高評議会を飛び越えてその私設軍事部門と独自の取り極めを交わし、アカデミーの優秀な学徒を選抜して対奇死団専門の『ルビーの特殊銃砲団』を結成、その脅威への準備を進めていた。ただ、ハルトマン・マギックス社製の、新錬金素材『炎鋼』をベースとするこれらの銃砲と法弾は、対アンデッド性能という点でこそ従来の装備の性能を大きく凌駕していたが、リッチー・クイーンの行使する、死霊術の奥義『死を呼ぶ赤い霧:Crimson Fog Calling Death 』、および彼女の能力を際立たせる『苦痛と苦悩を分かつ石』に対する対策は甚だ不十分なものであった。しかし、ただ座して死を待つわけにもいかぬ政府は、その特殊部隊を今まさにアナンダ平原へと派遣しようとしていたのである。


 * * *


― 8年前 ―

これは今につながる過去の物語


「マリーお姉さま。」


 かわいらしい声が聞こえる。あれはグランデね。そう思って振り返ると、高等部の学徒にはおよそ似つかわしくない『制御の魔帽』をかぶった少女が駆けてきた。

 この子の名は、グランデ・トワイライト。飛び級を何度も重ね、若干12歳にしてソーサラー科の高等部に進級してきた稀代の天才ソーサラーである。それゆえ、安定した魔力制御のために着用が義務付けられる『制御の魔帽』をいまだに身に着けていた(遺伝的に特別に大きな魔力特性をもつソーサラー科の学徒は、満13歳に至るまで、学則によってその着用が義務付けられている)。

「どうしたの、グランデ?」

 そう言うと少女はひとつの法石らしきものを取り出して言った。

「あの、これを作ったんです。」

 その石は、シルクに覆われたようななめらかな部分と、カットにより美しい光沢を放つ部分とが巧みに入り混じった青白い魔法光を放つ、見事な人為の法石であった。

「驚いた。あなたがこれを錬成したの?」

「はい、この間、マリーお姉さまが教えてくださった錬金術と魔法の応用を試してみたんです。」

「へぇ~、あなたって、本当に天才なのね。あの基礎理論だけで、本当に法石を錬成するなんて。」

 そういうと、少女はその小さな顔を恥ずかしそうにうつむけた。

「そんなことないです…。」

「ほんとうに見事だわ。これにはどんな効果があるの?」

「それは『愛と喜びを分かつ石』といって、それを与えた者と、持っている者との間で愛と喜びを分かちあい、それらを倍増することができるのです。それで…。」


 少し言いよどんでから、少女は続けた。

「私は、それをお姉さまに持っていてほしいのです。お姉さまと私の、ふたりの間の愛と喜びを増し加えるために。」

「まぁ、とても素敵ね。じゃあ、これはもらってもいいのかしら?」

 そう聞くと、少女は小さな頭をこくこくと頷けて見せた。その上で大ぶりの制御の魔帽がゆさゆさとゆれている。

「ありがとう、グランデ。」

 そう言って、私は自分のローブに嵌められていた法石を外し、グランデのくれたその『愛と喜びを分かつ石』を取り付けた。

「どう、グランデ。似合う?」

「はい、お姉さま。」

 そういうグランデの笑顔は真夏の太陽を一身に受けて咲き誇るひまわりのようであった。

「大切にするわね。」

「はい。」

 高等部在籍者の平均年齢はおよそ17から18歳といったところである。そのため、この幼いグランデがその環境に馴染むことは容易でなかったであろう。ただ不思議なことに、編入の初日からこの子は妙に私に懐いてくれた。末娘の私にとって、妹のようなその存在はものすごく新鮮で、私たちはそれほどの間をおくことなく親交を温めるようになっていった。お互いにソーサラーだからということもあるが、街に買い物に出かけた時などは、本当の姉妹に見間違えられることもしばしばであった。

 このかわいらしい妹をずっとそばに置いておきたい、グランデにはそんな気持ちにさせる魅力があった。


 * * *


 そう考えていると、グランデが私の履いている『増魔の魔靴』を不思議そうに眺めているのに気が付いた。

「どうしたの?」

 そう訊くと、グランデは小さな首を少しかしげてこう聞いた。

「お姉さまの履いていらっしゃる増魔の魔靴はみなさんのものとはずいぶん違うのですね。それはどちらのブランドのどのような商品なのですか?」

 教えようかどうしようか少し躊躇ったが、彼女には伝えることにした。

「いい、グランデ、ここだけの秘密よ。」

 そういうと、彼女はまたこくこくと頷く。魔帽が優しく前後する。

「これはね、『古代屍術の魔靴』といって、実は禁忌法具なの。」

 グランデの目が大きく丸くなる。

「危なくないのですか?」

「もちろん大丈夫よ。これは身に着けているだけで呪われるということはなくてね。力を引き出すには自分の意志でそれを解き放つ必要があるの。だから、普段は全然平気よ。でもね、とても強い力を持っているから、私は愛用してるわ。」

「そうなのですか。でも、絶対にその力を使わないでくださいね!」

 グランデの声が大きくなる。

「大丈夫よ。そんなことしたらグランデに会えなくなるもの。」

「信じてますから!」

 そんな話をしているうちに、午前の講義開始を告げる予鈴が聞こえてきた。

「それじゃあグランデ。またお昼にでも会いましょう。」

「はい、マリーお姉さま。」

 そうして私たちはそれぞれの教室へと向かった。


 季節は12月の中旬を迎え、あたりはどんどん寒くなる一方だ。北方の平原や氷原はすでに雪と氷に覆われていることだろう。そう思って窓の外を眺めると、粉雪が舞っていた。23日はグランデの誕生日だ。24日の生誕祭とあわせて盛大にお祝いをしよう。そういえば、グランデのほしいものをまだ聞いていたかった。あとで確かめておかなければ。そんなことを考えながら、午前の講義に集中していった。

 こんな穏やかな日々がいつまでもつづけばいいのに…。


 * * *


 そんなある日のことだった。アカデミーの学徒に様々な職を斡旋する『全学職務・時短就労斡旋局』を経由して、私は、アカデミー最高評議会から呼び出しを受けた。当局を経由したということは、何らかの任務が与えられるのは間違いなかったが、呼び出し元が最高評議会というのは驚きだった。なんだろう?初めてのことで一抹の不安を抱えながら、アカデミーの中央尖塔に位置する最高評議会の議場へと向かった。ここに来るのは高等部進級のための口頭試問の時以来だ。


 ドアをノックすると「入れ!」という声が中から聞こえた。

「失礼いたします。」

 そういって静かにドアを開け入室すると、そこは何かの儀式を執り行うような荘厳な構えを見せていた。」

 いよいよ不思議になって、戸口であたりを見回していると。

「進み出よ。特別の辞令を交付する。」

 そいう言われたので、辞令書を持っているらしい評議員の前おずおずとに進み出た。


「マリアンヌ・イゾルデ。汝に『禁忌術式』の使用命令付き使用許可を下す。」

 それを聞いて耳を疑った。禁忌術式へのアクセスは上等位階に進んでからでなければ原則として許可されない。高等部の段階で不正アクセスすれば、最悪退学にもなる、そんな代物だ。評議会はそれを私に「使え」と命じている。全身に緊張が走った。

「よく聞け。これから、汝はアナンダ氷原に赴き、ノーデン平原の本体から分かれた北方騎士団の分遣隊、その数およそ300を許可された禁忌術式の使用により撃滅せよ。これが今回の、最高評議会からの汝への特別辞令である。」

 そういうと前に立つ評議員がうやうやしくその辞令書を私に手渡した。

「質問はあるか?」

 この問いは儀礼であって、最高評議会の命令に質問したり意見を述べたりすることは許されていない。

「ございません。マリアンヌ・イゾルデ、謹んで辞令を拝領いたします。」

「よろしい、それでは直ちにソーサラー科の研究棟に向かい、禁忌術式へのアクセス手続きを済ませたまえ。必要な準備はこちらで済ませてある。以上だ。」

「かしこまりました。」

「なお、報酬・保険その他の事務手続きについては、全学職務・時短就労斡旋局から別途連絡する。行きたまえ。」

「はい。」

 そういって私は評議会の議場を後にした。

 まさか、私に評議会直々に禁忌術式の使用命令付き使用許可が下されるとは思ってもみなかった。それは、私の実力が評議会に認められたということでもあり、名誉なことなのは確かである。しかし、禁忌術式とは、その効果において敵味方を識別しない全領域無差別殲滅魔法であって、その行使が前提となる作戦には、犠牲を避けるために味方を伴うことはできず、たったひとりで臨まなければならない。今回の場合、私ひとりだけで、実に300騎の兵力を相手にしなければならないことを意味していた。故に、この辞令は学内では『死刑宣告』として恐れられていた。

 極度の緊張が身体に走るのがわかる。しかし、アカデミーの、とりわけ最高評議会の命令は絶対だ。覚悟を決めるしかない。ソーサラーの禁忌術式の殲滅性は群を抜いていると聞く。幸いにして相手は組みしやすい北方騎士団の兵員だ。油断さえしなければやりおおすことはできるだろう。胸元の愛と喜びを分かつ石を固く握りしめて、自分にきつくそう言い聞かせた。


 * * *


 辞令を受け取ってから研究棟に向かう前に、荷物を取りに教室に戻ると、偶然そこにグランデの姿があった。

「マリーお姉さま。」

 小さなグランデが駆けよってくる。

「まぁ、グランデ。午後の予定はもう全部終わったの?」

「はい。お姉さまはこれからどちらかへお出かけですか?」

「ちょっとソーサラー科の研究棟まで行ってくるわ。」

「そうなのですか。私もお供してかまいませんか。」

 いつもならば、一緒に連れて行くところだが、今日はそうもいかなかった。

「ごめんなさいね。グランデ。実はね…。」

 そういって私はグランデに事の次第を説明した。

「お姉さま、それって!」

 グランデが目を潤ませ、いまにも泣き出しそうな顔をする。

「大丈夫よ、グランデ。どうしてそんな顔をしているの?」

「だって、だって…。みんながそれは死刑宣告だって…。」

 その美しい青い瞳から、いよいよ涙が零れ落ちそうだ。

「確かに危険な任務には違いないけれど、相手は北方騎士団の分隊よ。特別強力な魔法使いを相手にするというわけでもないわ。だから、何も心配しないで待っていてちょうだい。24日にはあなたの誕生日会を兼ねて楽しい生誕祭を一緒に過ごしましょう。」

 そういうと、その顔にわずかだが安堵の表情が戻ってきた。

「そういえば、まだ聞いていなかったわね。グランデは、今年のお誕生日には何が欲しいの?生誕祭の分も合わせて奮発するわよ。」

 グランデは少しうつむいてから、照れくさそうに言った。

「あの、お姉さまに、マリーお姉さまに『増魔のリボン』を結んでほしいです。」

「そうか、もうすぐ13歳だものね。」

 増魔のリボンとは、13歳以上の中等部の学徒、および高等部の学徒が制御の魔帽の代わりに身に着ける魔法具のことで、学内ではちょっとした大人の証、というような性質をもっていた。グランデは、ようやく制御の魔帽をかぶらなくてよい歳になるので、私に、そのリボンを自分の頭に結んでほしいと、そう言っている。

「いいわよ。とってもかわいいリボンをあなたに結んであげるわ。」

「本当ですか!?きっと、きっと、約束ですよ。」

 その瞳はまだ涙で潤んでいたが、しかし、喜びと期待の光を同時に灯していた。胸元の愛と喜びを分かつ石がほんのりと魔法光を浮かべている。なるほど、これが愛と喜びを分かち合うということか。グランデの喜びが自分自身の喜びであるように感じられた。

「きっと、約束。だから、なにも心配しないで、待っていてね。」

「はい!」

 天真爛漫なその笑顔は私の心をとらえて離さなかった。


 冬の陽は短い。あたりはすでに明るさを失っている。

「さあ、もう暗くなるわ。ほんとうに陽が短くなったわね。送っていくわ。」


 そういって私はグランデのまだ小さな手を引いて寮棟まで連れていき、それから研究棟へと向かった。雪がしんしんと降り続き、足元に積もった雪が静かにきしんでいる。いよいよ冬本番だ。アナンダ氷原か…、きっと雪と氷に深く閉ざされた場所なのだろう。辞令のことを思い出しながら、私の足は研究棟に向かう上り坂に、雪の足跡を刻んでいった。


 * * *


 12月20日。グランデとの約束の日まであと4日。

 ついに、辞令が命じるその作戦を決行する日が来た。アナンダ平原の南に展開されたアカデミー特務班のキャンプを出発したの夕方のことだ。十分な防寒装備をととのえ、その上から魔法特性の極めて高い『金縁のローブ』を着込んでいるが、それでも身体を裂くような寒さが襲ってくる。陽が完全に沈み切る少し前に作戦遂行地点に到達した。まだ北方騎士団の姿は見えない。作戦概要では、その分隊の全容を捉えた時点で、こちらに気づかれる前に禁忌術式によって殲滅することとされていた。

 いよいよ陽は沈み、これまでに周辺の雪と氷を照らしていた陽の光が、月と星によるものに次第に変わっていく。太陽は地平線のぎりぎりのところでゆらゆらと揺れていた。不気味に寒さが増してくる。しばらく目を凝らしていると遠くに移動する物陰が見えた。

 来た!確実に殲滅するには、十分に引き付ける必要がある。身構えてその動向を見守る。その影が次第に近づいてくる。


 おかしい…。北方騎士団は基本的に騎馬兵だ。たとえ常歩で進んでいるのだとしても、進軍速度がこんなに遅いはずがない。俄かに緊張が高まってくる。そうこうしているうちに、一団の上空を飛び回る、明らかに鳥とは違う影が視界に入るようになってきた。

 まさか!息をのんで警戒にあたる。アカデミーが、まして最高評議会が間違った情報をよこすはずがない。しかし、あれはどう見ても人間の姿ではないように見える。いよいよその影が近づいてきた。そして、夕日の残光の中にその姿がはっきりと照らし出される。

 あれは北方騎士団なんかじゃない。アンデッドの群れだ!


 まだ十分な距離がある。今なら特務班のキャンプまで撤退して、対処法を考えることもできる。しかし、そんなことをしたのではグランデの期待を裏切り、彼女に恥をかかすことにもなりかねない。

 アカデミーの任務では、事情にかかわらず、撤退は作戦の一次的な失敗を意味する。まして、最高評議会の命令をしくじるというのは、大きな失態以外のなにものでもなかった。

 きっとやれる!胸元の愛と喜びを分かつ石をぐっと握りしめて私は立ち上がった。いよいよ太陽がその姿を地平線の裏に隠そうとしている。アンデッドとの距離はもう十分だ。これ以上は危険ですらある。私は詠唱を始めた。

『水と氷を司る者よ。その胸中を開き、汝の敬虔なる庇護者に神秘の秘術を授けたまえ。禁じられた知性への道筋を示し、我に軌跡をなさしめたまえ。いま、大気と大地を絶対の低温で覆わん。すべての生きとし生けるものから生命の炎を奪おう。殲滅せよ!絶対零度:Absolute Zero!』

 詠唱が終わるや、自然界では絶対にありえない低温があたりを覆いつくす。迫りくるアンデッドの群れは、瞬く間に凍り付いて動かなくなった。


 あたりは静寂につつまれ、風の音以外には何も聞こえなくなった。目の前のアンデッドたちは氷と寒さによって完全に動きが止まっている。


 やった!

 

 そう思った時だった。氷が裂け、雪がきしむような音が聞こえて、あたりの動かないはずのものが、再びその活動を再開した。

「そんな馬鹿な!!」

 最大級の禁忌術式をまともに受けて、アンデッドといえども活動を継続できるはずがない!しかし目の前の現実は、私の知っていることとは厳然と異なる様相を示していた。重苦しい影が再び私に迫ってくる。逃げるしかない!そう思い定めた時、足元からも無数のアンデッドが姿を現し、すっかり取り囲まれてしまった。残った魔力を使って『氷刃の豪雨:Squall of Ice-Swords 』を繰り出し、退路を確保しようとするが、多勢に無勢、それは無数にわき続けるかのように私の周りを囲んでくる。そうこうしているうちに、迫りくる本体にも追いつかれてしまった。

「どうしてこんなことに…。」

 その場から駆けだそうとした瞬間、雪の中から手を伸ばしたアンデッドに足首をつかまれ、私はそこにひざまずいてしまう。

 私はここで死ぬのか?差し迫る死の恐怖がいよいよ現実となりつつあった。嫌だ。もういちどグランデに会いたい。彼女が贈ってくれた石を強く握りしめる。あの光り輝くような笑顔をもう一度見るまでは、彼女の頭に増魔のリボンを結んでやるその約束を果たすまでは絶対に死ねない!!

 そして私は足首を掴むその穢れた手を振り払い、祈るような姿勢で詠唱を始めた。

『古代の魔を司る者よ。我が願いを聞き入れたまえ。我が肉体をささげよう。引き換えに屍術の奥義をなさしめん。我が名はマリアンヌ・イゾルデ!我と契約し、我に永遠の命を授けよ!古代屍術:Ancient Necromancy!』


 履いていた古代屍術の魔靴からおぞましい色の魔力が漂い、私の周囲に禍々しい色の魔法陣が展開した。周囲のアンデッドたちもその魔力に圧倒されたのか、明らかに怯んでいる。

「待っていて、グランデ。約束はきっと果たすわ。」

 その後、私の自我は暗い渦に飲み込まれていった。あぁ、グランデ…。


 * * *


 アカデミーの遺体回収特務班が、マリアンヌの作戦執行予定場所に到達したのは、それから数時間後のことであった。彼女たちが現場に到着したとき、アンデッドの群れはすでにその姿を消しており、同時に、そこにあるべきマリアンヌの遺体もまた忽然と姿を消していた。

 特務班は何組かの捜索隊を結成して、周囲の相当範囲を捜索したが、結局彼女の遺体を発見することはできなかった。このようなことは、特務班にとっては初めての経験であった。

 やむなく、捜索隊を撤収してキャンプに帰還した。事態をありのままに報告すると、特務班の指揮官であろう男が言った。

「おそらく、彼女の遺体はアンデッドに捕食され、跡形もなくなったのだろう。これ以上の捜索は必要ない。ご苦労だった。」

 回収特務班の面々は責任を追及されず安堵したという面持ちであったが、その傍で、その指揮官らしき男はなにかほくそ笑むような不気味な表情を浮かべていた。


 その後、アカデミーでは、犠牲者マリアンヌ・イゾルデを悼んで荘厳なる葬送の儀式が挙行された。参列したグランデはもはや涙におぼれていた。その小さな心は喪失という大きな穴にひどく苛まれており、その空虚はいまなお彼女の心の中で満たされていない。


― それから8年の月日が流れた ―


 グランデは齢21となり、母のユリア・トワイライトが経営する一大魔法具チェーン『グランデ・トワイライト』の主任デザイナーを務めている。マリアンヌのことはずっとその心に留まり続け、彼女は会社の研究室にこもって商品の研究開発に没頭していた。そのあまりの集中と情熱(というより悲しみを忘れるための没頭)の姿に、両親は深く心を痛めていた。

 特に娘を愛してやまない父のアルフレッド・トワイライト卿の心痛にはただならぬものがあった。娘に対する父のその愛情はどう報われるのか?グランデのその顔に、再びあのひまわりのような燦然と輝く笑顔が戻ることはあるのか?マリアンヌの死の真相は?


 時の歯車はそれぞれを噛み合わせて、新たな時を静かに刻み始めていた。


続く。

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