第3章 第3節『告発と弁明』

 4人がアーカムを訪れ、貴婦人に例の件を依頼してからおよそ2週間を経た11月初旬のある日のことである。アカデミー内は俄かに騒然としていた。『魔法社会における人権向上委員会』の主席理事、キューラリオン・エバンデス女史から、パンツェ・ロッティ教授の行状に対する告発文が直々かつ正式にアカデミーに届けられたのである。もちろんその事実を一般の教職員や学徒が直ちに把握できるわけではなかったが、魔法社会一般において大衆にもっとも強い影響力を持つ週刊誌のひとつ『ウィークリー・ソーサリー・スプリングス』が11月第1週号のカバーストーリーとして、その告発文の全文と、問題の破廉恥な魔術記録をつぶさにスクープ掲載したことから、学内は上へ下への大騒ぎとなった。


「あの教授、前々から胡散臭いと思ってたけど、こんなことやってたのね!」

「許せないわ、こんな写真を盗撮して販売するなんて!」

「最高評議員のお父様に言いつけて解任してやるんだから!」

 女学徒たちが口々に怒りをあらわにする一方で、

「いや、これにはきっと何か理由があるんだよ。」

「教授は高等術式使用後の残留魔力の発散について研究しておられたから、きっとその一環だと思うな。」

「とにかく、週刊誌の記事をいちいち真に受けちゃだめだよ。」

 男子学徒の反応は実に対照的で、パンツェ・ロッティに同情的だった。それは、自分たちの楽しみがこれで潰えてしまうかもしれないことを内心おそれているかのようですらあった。

「なによ、あんたたち!私たち女学徒の人権を軽んじるつもりなの!?」

「これだから男ってやぁよ。どいつもこいつもいやらしいんだから。もぅ、ちょっとどこ見てるのよ!?」

「いや、別に僕たちにそんなつもりはないんだよ。ただ、あくまでも一週刊誌の報道であって、事実確認はできていないんだから、不必要に騒いじゃいけないと、ただそう言っているだけなんだ。女性の人権を尊重するのは、当然のことだろ?」

「ふん、どうだか。あんたがこれに一切関与がない証拠なんてどこにもないんだから。」

「そんな、いくら何でもそれは飛躍だよ。」

 女性と男性の、とりわけ男という生き物の悲しい性がつぶさに現れていた。4人は、そんな男子学徒の見苦しさに辟易しながらも、貴婦人が手際よくこの事態を手引きしてくれたことにひそかに感謝してた。


 この告発と衝撃的な写真のスクープをめぐるさまざまなやりとりが、ゲート、エントランス、ホール、教室に始まり、教務員室の中に至るまで、アカデミー全体をすっかり覆ってしまっていた。キューラリオン女史のその告発は実に厳しく、また添えられた魔術記録は非常に生々しいもので、その説得力は十分すぎるほどであった。これほど学内が騒然とすることは、めったにない。それくらいに、この告発文に関する雑誌スクープは大きな影響力を行使したのであった。以下がその全文である。


 * * *


パンツェ・ロッティ教授に対する告発文


創世年紀2315年10月28日

魔法アカデミー総務部倫理科綱紀委員会 御中


拝啓


 私たち魔法社会における人権向上委員会はその独自の調査の結果、貴魔法アカデミーの魔法学部長であるパンツェ・ロッティ教授の不適切かつ破廉恥極まる人権軽視行為を発見し、それに深刻な懸念を抱いております。教授の行動は、アカデミーの倫理規定、さらにはこの神聖なる魔法社会全体の倫理規範に著しく反しており、即刻の調査を要するものです。

 私たちの懸念は、以下の証拠に基づいています:


第一号証:

 教授の執務室の執務机の机上の状態を示す写真。これは教授の職務上の不適切かつ非倫理的な行為をつぶさに証明するものです。


第二号証の1~13:

 極秘に入手したパンツェ・ロッティ教授自身によって撮影された写真群の一部。これらは、当該教授が破廉恥極まる盗撮行為に直接関与していたことを明らかにするものであり、同時に、同教授がその密売に関与していたことを示唆する証拠であって、同教授の行為の悪質性および非倫理性を明確に示しています。


 これらの証拠は、パンツェ・ロッティ教授が、女学徒の、下着を着用した下腹部及び臀部を不正かつ破廉恥な個人的目的において観察し、剰え、それを不道徳極まる魔術記録に収めた事実を総合的に明らかにするもので、同教授が、学内規定および一般的な魔法社会の崇高なる倫理観に違背する行動を取ったことを明示しています。また、それを学内において制度的かつ合法的に可能ならしめるために、貴学学則第8条第6節を不正に創設したことを強く推認させるものです。このような行為は、アカデミーの信頼と尊厳を著しく損なうものであり、学徒及び職員の安全と福祉に対する重大な脅威となっています。なにより、女学徒について最大限尊重されるべき人権への重大な挑戦であります。

 したがって、私たちは貴アカデミーの綱紀委員会および関連各部局に対し、パンツェ・ロッティ教授の当該行為に関する即時の調査を求めます。また、適切な対応と処置を講じるよう強く要請いたします。

 教授の当該行為がアカデミーの価値観と規範に反するものであることを踏まえ、この問題に対する迅速かつ公正な、そして賢明なご判断と対応がなされることを期待しております。


敬具


魔法社会における人権向上委員会

代表理事 キューラリオン・エバンデス


 * * *


 こうした話題が社会を駆け巡るスピードというは、えてして光よりも早いものである。各魔法誌の出版社や魔法報道局の記者・特派員がアカデミー・ゲートを取り囲むまでいくばくも時間はかからなかった。

 ゲートでは広報担当者が顔中にあふれんばかりの汗をふきふき、しどろもどろに対応に当たっている。アカデミー最高評議会への出席も許される高位の学術位階の持ち主の、しかも世間の耳目がいかにも好みそうな類の一大スキャンダルである。さらに彼はアカデミーと政府を架橋する政府高官でもあり、おおあわを食ったのは最高評議会を頂点とするアカデミーの管理層で、彼らは直ちにパンツェ・ロッティ教授を召喚して、2日のうちに公式の弁明書を作成の上綱紀委員会に提出することを厳命したのであった。

 一体全体何が起こっているのか把握しきれない当の教授には、ただ唯々諾々とその命に従う以外に選択肢はなかった。綱紀委員会の姿勢は、口頭での弁明の機会賦与は、書面での弁明を経てからでなければ一切許さないという異例の厳しさであり、退路を断たれたパンツェ・ロッティ教授が急遽したためたのが、以下の弁明書である。全文を紹介しよう。


パンツェ・ロッティ教授の弁明書


創世年紀2315年11月3日

魔法アカデミー総務部倫理科綱紀委員会 御中


謹啓


 この度行われた魔法社会における人権向上委員会の代表理事、キューラリオン・エバンデス女史による小職の不正を糾弾せんとする趣旨の告発文について、小職は怒りと悲しみをもってそのすべてが事実無根であることを以下の通り弁明いたします。


 キューラリオン女史は、小職の執務室の執務机上に破廉恥極まる魔術記録が存在したとして、それが、小職の私的な嗜好と私欲によるものであると、大天使をも恐れぬ悪辣な筆致をもって指摘しております。すなわち、小職が、女学徒の、下着を着用した下腹部ないし臀部を私的に観察し、剰えそれらを捉えた魔術記録を金銭目的で売買するために作成・所持しておること、また学内においてそれを可能ならしめるために当アカデミーの学則第8条第6節を不正の目的をもって制定したのであることがその告発の要旨でありますが、それは全くの事実誤認・事実無根であると宣言いたします。


 綱紀委員会の一部にもご存じの方がいらっしゃるように、小職は中等術式および高等術式行使後の残留魔力の発散について真摯な研究を重ねているところでございます。周知のとおり、一度期の魔力消費量の多い術式を行使した後には残留魔力が詠唱者の身体から発散されますが、それは極めて強い魔法的作用と魔法的熱量をもつため、詠唱者の身体の安全を保護するために、その発散を速やかに促す魔法実践学的必要があるのであります。


 残留魔力が胸部、下腹部、臀部といった体幹部に留まりやすいことは、魔法実践学におけるいわば学術的常識でありまして、確かに、女史が証拠として指摘するような魔術記録が、小職の執務机上に存在するのは事実ですが、小職はいかにすれば、例えば制服およびローブをいかなるデザインのものに変更すれば、残留魔力の発散と鬱熱の解消を迅速にできるかを、純粋に学術的に研究するための資料としてそれらを蒐集していたのに過ぎず、女史の指摘する「不正かつ破廉恥な個人的目的において観察」するという指摘は全く当たらぬものであると、宣誓する次第であります。高度な術式を日常的に行使する女学徒たちの身体の健康に配慮し、そのために研究成果を応用することは我ら聖職たる教員の尊い責務でございますから、本学学則8条6節には、魔法実践学的根拠が厳然と存在するのであります。

 また、続いて指摘されております、それら魔術記録を金銭目的で転売するなどということは、およそ小職の良識の埒外のことでありまして、いうなれば何をおっしゃっておられるのか直ちには了知できないというのが正直なところでございます。


 繰り返しになりますが、小職による当該魔術記録の所持と保管は、純粋な学術的目的によるものでありまして、そのひとつの証左として、小職はその魔術記録を隠蔽・秘匿などせず、現在もなお机上に資料として設置・陳列しておるところでございます。


 加えて申し上げれば、女史はアカデミー在籍の折から小職を何かと目の敵にしており、その事実をご存じの委員の方もいらっしゃると存じますが、今回のことも、女史による小職へのいわれなき糾弾と、小職の神聖な研究に対する妨害であると指摘せざるをえません。


 従いまして、これらの事情と小職の弁明をよくご斟酌の上、適切至当なご判断をいただけますよう、伏してお願い申し上げる次第でございます。


敬白頓首

魔法アカデミー魔法学部長兼最高評議会非常任評議員

教授 パンツェ・ロッティ


 * * *


 これらの告発文と弁明書の内容は、アカデミーの公平公正な情報公開の取り組みの一環として学内の掲示板各所に掲示された。さすがに、証拠となる魔術記録は破廉恥の具合が度を越しているために、ともに掲示されることはなかったが、大部分の者が『ウィークリー・ソーサリー・スプリングス』の記事によってその内容を了知していた。

 学内および魔法社会では、あまりにも明々白々な証拠がそろっている以上、綱紀委員会は当然にキューラリオン・エバンデスの告発を認容して、パンツェ・ロッティ教授の弁明書を棄却し、近いうちに同教授は失脚するであろうというのが大方の見通しであった。次期魔法学部長や魔法学部教授の地位をねらう者らが、その空席を獲得するための準備に水面下で実際に着手しことは、言うに及ばぬであろう。


 ところがである。

 11月5日に開かれた総務部倫理科の綱紀委員会の結論はそれと真逆のものであった。すなわち、キューラリオン・エバンデスの告発文こそが客観的直接証拠能力を欠くものとして棄却され、パンツェ・ロッティ教授の弁明書が認容されたのである。これは魔法社会全体と学内にひっくり返るような驚きをもたらしたが、しかし冷静に思い返してみれば、パンツェ・ロッティ教授がその若さで、しかもアーク・マスターでなくハイ・マスターでありながら、非常任評議員としてアカデミー最高評議会への出席を許されているのは、実は最高評議会議長の個人的な特別の取り計らいがあったからというのはもっぱらの噂であって、それが事実であるならば、今回の意外極まるこの裁決もまた、急に生臭い納得感を帯び始めるのであった。権力というものが、常に正しく使われるの保障はないということを多くの者たちに再認識させたという点では、この一件には一定の意味があったのかもしれないが、天誅を下せると期待に胸を膨らませていた4人は、すっかり臍を噛む格好となったのであった。


 アカデミーの火消しは思う以上に迅速かつ適切で、この一件はあっという間に世間の関心の外に置かれるようになった。あの魔術記録を持っているだけでも不潔で破廉恥だと粘り強く声を上げ続ける女学徒たちもいるにはいたが、新しい社会的関心の前に、その声はいよいよかき消されていった。


 * * *


 それから10日ほどが過ぎ、11月の中ほどに差し掛かった秋雨の日に、突然にして、パンツェ・ロッティ教授から例の4人に対して公式な呼び出しがかかったのである。


 それは、教員執務棟東側3階の角にある例の場所であった。

「諸君がここに来るのは何度目かね?」

「ドアから入るのは初めてです。」ウォーロックが皮肉をきかせる。

 あの月夜の一件が露見しているのは明らかだった。しかし、どうやってたどり着いたのか?もしかして寮の各部屋に盗聴用の魔術記録装置でも仕掛けているのではあるまいか?その可能性が皆無ではないだけに一列に並ばされた4人は俄かに背中に寒いものを感じていた。


「今の回答には英知の煌めきを感じないではないが、しかし、どうも最近の学生は、短慮かつ目上を侮りがちでいかん。」

 パンツェ・ロッティ教授は続ける。

「しかしだ、私という人間は極めて聡明かつ寛容であるからして、単に諸君らを罰してここから追い出す以上のよい解決策を心得ている。幸いにして諸君らの行状を知るのは現時点では私だけである。すなわち、私の提案と指導に従い、その罪の禊をすることこそが、最も賢明かつ最良の選択であるということは、今年の中等部1年を代表する天才と秀才からなる諸君らであればよくわかるところであろう。」

 なんとも嫌味な言い方である。


「したがって、私は諸君らに一つの使命を託したい。名目上全く別の理由により、諸君ら4人はこれから2週間謹慎処分とする。」

 どういうことだ?4人は顔を見合わせる。

「その間に諸君たちには、ある調査にあたってもらいたい。私がこれから課す任務を2週間きちんとやりおおしたならば、特別の温情をもって、今回の諸君らの華麗なる女盗賊の行状は不問に付そう。もちろん、名目上の謹慎処分についても、私からの特命を受けた公的なものであったとして、諸君らの高等部進級に影響が出るどころか、むしろプラスになるように取り計らうことを約束する。どうだね?私のこの申し出を受けるか、退学するか、今ここで選びたまえ!」


「お話、よくわかりました教授。」

 ウォーロックが口を開く。

「それで、おっしゃるその特命とは具体的にどのようなことかお聞かせください。」

「うむ、極めて聡明かつ適切な判断でよろしい。他の者も異論はないかね?」

 残る三人もうなづいた。

「私としても君のお父様を悲しませるようなことはしたくないのだよ。わかってくれて安堵した。」

 ソーサラーに流し目を送ったあとで、さらに教授は続けた。

「それではこれから任務の内容を説明する。」


「実は昨今、諸君らも聞いたことがあるだろう、『裏路地の法具屋』がこの魔法社会では深刻な問題となっている。そこで販売される違法品、特に違法薬物の学内持ち込みが近時深刻化しており、我々聖職者としては見過ごすわけにはいかん事態となっている。」

「だれが聖職者だよ…。」ウィザードが小声でつぶやく。

「何かね!」それを糺す教授。

「いえ、なんでもありません。」ウィザードは姿勢を正して見せた。

「よろしい、私からの特命というのはその『裏路地の法具屋』への潜入捜査である。そこに向かい、通い、交流して二週間のうちにできるだけ多くの情報を集めてきてもらいたい。そして手に入った情報はどんな些細なことでもあますことなくつぶさにこの私に報告せよ。それが諸君らへの特命である。」


「それで、その『裏路地の法具屋』にはどのようにしていけばよいのですか?」

 ソーサラーが問うた。

「賢明な質問だ。いいかね。しっかり記憶にとどめたまえ。」

 そういうと教授は例の執務室の机の上にこの街の地図を広げた。相変わらずその執務机の上には破廉恥な魔術記録が散乱していた。

「『サンフレッチェ大橋』を『マーチン通り』側から、次に示す順で渡りたまえ。すなわち、欄干のガーゴイル像までは右端を、そこから鳳凰像までは左端を、そしてその先は渡りきるまで橋の真ん中をまっすぐ進むのだ。よいかね?ガーゴイルまで右、鳳凰まで左、そこから中央をまっすぐだ。難しい暗号ではない。よろしいか?」

「わかりました。」

 4人は返事をする。

「結構。報告は3日に一度、書面で提出することとする。報告書の提出が遅れるたびにペナルティを課すからそのつもりで真剣に任務にあたりたまえ。見たこと、聞いたこと、知ったこと、なんでもよい。つぶさに報告するのだ。なお、これは第一級の極秘事項とする。他言はすなわち懲罰の対象となる。わかったかね?」

「はい、わかりました。教授。」4人は声をそろえる。


「よろしい、では本日は以上だ。仮初の謹慎処分についてはすでに寮母に伝えてあるから、これから各々の寮に直帰して必要な準備を進めたまえ。遅くとも明日朝にはその店と何らかの接触をしてもらわねばならない。そのためにも本日午後の講義から謹慎扱いとする。以上だ。解散!」

 そういうと教授はさっさと出て行けというふうにして4人を私室から追い出した。


 寮に向かう道すがら4人はしきりに言葉を交わした。

「本当にやるのかよ。パンツの命令なんてまっぴらだぜ。」

「私たちに選択権はないわよ。それとも野良魔術師にでもなる?」

 ソーサラーの言葉に、つまらないという表情を返すウィザード。

「『裏路地の法具屋』を探れなんて、パンツェ・ロッティ教授ってどんな方のかしら…?よくわかりません。」ネクロマンサーは怪訝そうな表情を浮かべている。

「こういうやり方って好きじゃないけど、自ら破滅を選ぶことは選択ではないわ。とにかく彼の言うとおりにやりましょう。」

 ウォーロックは意を決したようだ。

「そうですね、どのみち私たちに選ぶことはできませんから。」

 ネクロマンサーも同調する。

「なんにせよ、準備だけはしっかりしていきましょうね。」とソーサラー。

「でもよう、2週間にわたって接触って、具体的にはどうするんだ?4人連れ立って毎日お客でござい、って顔で通うのか?不自然だぜ。」

 ウィザードのその指摘はもっともだった。

「アルバイトね。」ウォーロックが言う。

「それはいいかも!」賛同するソーサラー。

「とりあえず、これから私たちはアカデミーを追われた『野良魔術師』ということにして、当座の生活に困っているから働きたいと頼み込んでみることにしましょう。」ウォーロックが具体的に提案する。

「でもよう、一気に4人だぜ。難しいんじゃねぇか?」

「その時は乙女の色仕掛けに期待するしかないわね。」

「勘弁してくれよ…。」

 ウィザードとソーサラーがそんな掛け合いをする。

「とにかくやる以外にないもの。最善を尽くしましょう。」

 そのウォーロックの言葉に、みなの意思は固まったようである。

「それじゃあ明日の朝7時にゲート前で落ち合いましょう。くれぐれも準備を怠らないように。少々大荷物になっても、その方がむしろ『野良魔術師』感が出ていいわ。」

「そうですね。」ネクロマンサーがウォーロックに応じる。

「じゃあ、明日朝ね。」

 ソーサラーのその一言をきっかけに4人はめいめいの寮室へと帰っていた。


 外には冷たい秋雨がしとしとと降り続いている。11月もこの時期になるとずいぶん冷たい。晩秋を超えて冬の足音が静かに聞こえてくる、そんな昼時のひと時であった。


 * * *


 ところかわって、『アーカム』。

 カウンターに腰かけ、未知のお茶のカップを傾ける例の貴婦人の世話を幼いアッキーナが焼いていた。ふたりが言葉を交わす。

「パンツェ・ロッティ、思ったより手ごわいですね。」

「そうね、彼はああ見えて馬鹿じゃないから…。」

 貴婦人と件の教授は旧知なのだろうか?

「その実優れている面は多いのよ。見かけとは裏腹にね。賢くもあり、狡猾でもある…。でもあの性格、昔からどうにも好きになれないわ。まぁ、今回は私の負けということにしておきましょう。」

「よろしいのですか?」

「時にはこういうこともあるわ、アッキーナ。人生なんてそんなものよ。」

「はい。」

 貴婦人は静かにまたカップを傾ける。

「それにしても、彼女たちを彼の指定する『裏路地の法具屋』に行かせて本当に大丈夫でしょうか?」

「そうね。確かに彼の目的は気がかりだけど、彼女たち自身で今起こっていることを見知るいい機会になるかもしれないわ。」

 そういうと、貴婦人は少し遠い目でアーカム店内の神秘の中空を眺めた。

「危険はありませんか?」

「あの子たちですもの。きっと乗り越えてくれると信じているわ。」

「はい。」


「ところで、アッキーナ。」

 台所へ行こうとする幼子を優しく呼び止める。

「はい、マダム。」

「戸棚にしまった例のものはまだ持っているの?」

「お小遣いにしました…。」

「まぁ、悪い子ね。その歳からそんなことを覚えてはだめよ。」

「はい。」


 神秘の光に包まれたアーカムの店内を不思議な優しさが覆っていた。まもなく夜明けを迎える、そんな時刻のことであった。

 彼女たちの朝は早い。


続く。

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