1-2 王子さまは人気者
決意を新たにヒーロー探しを始めようとする千妃路だったが、男子ならば誰でもいいわけではない。女子ならいいということでもない。
ヒロインに相応しいヒーローというのは、ひとかどの人物でなければならない。
眉目秀麗、スポーツ万能、成績優秀。三拍子揃っていてこそのヒーローである。
そんな素晴らしいヒーローに千妃路の成績が見合っているかは一旦置いておくとして、それほどの人材がなんの変哲もない高校にいるとは限らないのだが――――
「うちの学園で王子さまといったら、倉馬くんですわね」
――――それがいるのである。
倉馬清志郎(くらませいしろう)、千妃路と同じクラスの高校二年生。昨年は別のクラスだったが、その人気っぷりは千妃路の耳にも届いている。
入学から一ヶ月で学年問わず数十人から告白を受けたと噂され、夏休み前には抜け駆け禁止を鉄則としたファンクラブが結成されるなど、耳を疑うような伝説を持つ男子生徒だ。
ヒロインにしか興味がなかった千妃路には、その話がどこまで本当なのか知るよしもない。
しかし、清志郎を探すときは女子の群れを追うと早いことに気付いたときには、あながち嘘でもなさそうだと感心した。
「やはりヒーローなら人気者でなければ……あら、噂をすれば」
きゃいきゃいと騒ぐ女子の集団に囲まれるようにして、清志郎が微笑みながら歩いている。遠目からでもよくわかる一団は、まるで魚を狙う鳥の群れに似ていた。
千妃路は廊下のかどに身を隠しながら、教室前で談笑する人だかりをジッと観察した。
清志郎は人の良さそうな笑顔で対応しているが、明らかに歩きづらそうにしている。今もようやく教室に辿り着いたのに、女子の話の区切りを待って入れないでいるようだった。
「うーん……あの押しの弱さでは、ヒーローの自覚なんてありませんわね」
千妃路がヒロインになるためには、清志郎に自らのことをヒーローだと自覚してもらい、清志郎から千妃路へ、ヒロインになってほしいと申し込まねばならない――と、千妃路は思っている。
このままではらちが明かないし、次の授業が始まってしまう。こういうときに待つような性分ではない千妃路は、勇敢にも清志郎を目指して女子の群れに突撃する。
「ごめんあそばせ! 通してくださる? 倉馬くんにお話がありますの!」
「お話? アポなしの話しかけ行為は厳禁よ?」
「まずはファンクラブに入って、中休みの話しかけチケット争奪戦に勝つことから始めてよね」
集団の外郭を成す女子が千妃路に門前払いを喰らわせる。
予想もしなかったシステムが組まれていることに戸惑う千妃路だったが、負けじと声を高々に反論する。
「いくら学園の王子さまとはいえ、一介の学生、それもクラスメイトに話しかけるのにそんな手間が必要でして!?」
「みんなそれを勝ち抜いてここにいるんだよ!」
「そうよ! 抜け駆けしたらファンクラブの中核の人たちに粛清されるわよ!」
「きゃあっ!」
堂々と真正面から立ち向かっていく千妃路だったが、女子たちの強固なスクラムに跳ね返されて床に尻餅をついてしまう。
「あいたた……」
腰をさすりながらよろよろと立ち上がろうとしていると、群集の割れ目からサッと手が差し伸べられる。
「だ、大丈夫……? 怪我とかはしてない?」
転んだ千妃路に気付いた清志郎が心配そうに見つめていた。清志郎から話しかける分には勝手なルールは適用されないらしい。
間近で正面から清志郎のことを見る機会がなかった千妃路だが、こうして改めてまじまじと見ると、学園の王子さまというのもなるほど頷ける。
サラサラストレートの短髪黒髪で、顔立ちに幼さが残っている。そのくせ、男子の平均身長くらいは上背があるものだから、顔面から受ける印象よりもスタイルがいい。
高校生ながら清潔感のある爽やかな好青年がモテないはずがない。性格は少し気弱なところがあるが、それがまた女心をくすぐるのだろう。
「ありが……ハッ!?」
差し出された手を素直に取ろうとする千妃路だったが、四方八方から浴びせられる殺気に気付いて、さすがの千妃路も動きを止める。
助けを借りずにそのまま立ち上がり、出しかけた手のひらを清志郎への軽い挨拶へと変更させた。
「お気遣い感謝いたしますわ」
「ううん、こちらこそごめん」
「お気になさらないで? ところで」
一段落ついたところで千妃路は清志郎に用件を切り出そうと踏み込む。相変わらず周囲からのプレッシャーは続いているが、行くと決めたら千妃路は遠慮などしない。
しかし、千妃路が引かない姿勢であると察した女子たちが素早く割って入り、防壁の如く千妃路の前に立ちふさがる。
「清志郎くん、そろそろ授業が始まるから教室に戻らないと!」
「え、でも」
「大丈夫! あとは任せて!」
女子の防壁の奥では清志郎を教室内へと誘導する部隊が動いていた。見事な連係プレーに思わず千妃路も舌を巻く。
あれよあれよという間に清志郎は教室へと押し流され、千妃路の目には女子の集団しか見えなくなってしまう。
清志郎がいなくなったというのに解散する気配のない軍団に、千妃路はムッとした表情で言い放った。
「退いてくださる? わたくしも授業に遅れてしまうのだけど」
「あと数分あるんだから、そんな急いで座る必要ないでしょ」
「ちょっと!? 倉馬くんと対応が違いましてよ!?」
「人って同じように見えて、ひとりひとり違うからね」
「いいこと風に言ったところで単なる横暴ですわ!」
始業時間ギリギリまで邪魔することで、千妃路を清志郎と接触させないようにしているのだろう。
まさかここまで徹底した王子さまガードが形成されているとは、千妃路は思いもよらなかった。高校一年生の頃、時間のほとんどをヒロイン活動に費やしていたことによる弊害で、学園の事情には疎いところがある。
これでは清志郎から王子さまとしての告白を受けてヒロインになる『ぼくのお姫さまになってください大作戦』が実行できない。ちなみに作戦名はたった今、命名された。
「きぃぃ、邪魔をしないでちょうだい! これはヒロインになるための行動であって、不純な動機など一切ありませんわ!」
「ヒロインになることと清志郎くんになんの関係があるっていうのよ!」
「わたくしがヒロインになるために、倉馬くんにはヒーローになっていただきたいだけですの!」
「まったく意味がわからないわ!」
恐らく詳細に説明したところで理解されることはないだろうし、余計な反感を招きかねない。しかし、ヒートアップした千妃路はそんなことはお構いなしに主張を続け、女子たちも必死に対抗する。
収拾がつかなくなってきたところで、ぴしゃりと一団を叱りつける鋭い怒声が飛んだ。
「いい加減にしなさい。これは一体なんの騒ぎですか」
「あ、副会長!」
「違います、華鳳院さんがぁ!」
「事情を話せる人はいますか? ああ、他の学年の方たちは自分たちのクラスへ戻りなさい」
てきぱきと状況の確認と整理を進めているのは、千妃路と同じく二年生の秋川という女子生徒だった。別のクラスではあったが、清志郎周辺でのトラブルと聞いて駆けつけたらしい。
察するに彼女は清志郎ファンクラブの副会長という立場のようで、規律正しく整えられた前髪と眼鏡が理知的な雰囲気を醸し出していた。
「つまり華鳳院さんとトラブルになったのですね?」
「彼女、ヒロインになることしか考えていない異常者ですよ。去年もヒロインになるとかなんとか言ってばかりで、清志郎くんどころか男に興味ないって感じだったのに!」
秋川に説明をしている女子が千妃路のことを嫌味たっぷりに話す。そのことに腹を立てた千妃路は、黙っていられずに声を荒らげた。
「失敬ですわね! わたくしだって年相応に男の子に興味がありますわ!」
「華鳳院さん、大声で言うことじゃないですよ」
「それにヒロインについては去年どころか、十年前から言ってますの!」
「えぇ……」
千妃路をフォローしたつもりの秋川だったが、予想外におかしな返答をされたことで若干呆れ顔になる。
すかさず、千妃路と言い合っていた女子が勢いを増して攻め立てた。
「ほーら、頭おかしいんですよ! こんな人を清志郎くんに近づけたら、清志郎くんまでヒロインにされちゃいますよ!」
「それはちょっと見たいかも」
「誰っ!? 今の発言は!?」
性癖を開示した異端者は誰だと女子たちがわちゃわちゃしている中、秋川が気を取り直して千妃路に謝罪の言葉を口にする。
「このたびはファンクラブの者が失礼いたしました。権利を主張して清志郎くんや周りの非会員の方々に迷惑をかけるのは、こちらとしても本意ではありません」
「ま、まぁ、そこまで丁寧に謝るほどのことではありませんけれど……」
「ですが」
力強い口調とともに、秋川がくいっと眼鏡を上げた。
「トラブルが起きやすい清志郎くんと女子たちの円滑な学校生活のために、ファンクラブの規律は存在しています。非会員の方々にはそれを理解し、納得されるまで丁寧に説明します。もしも華鳳院さんが清志郎くんとお近づきになりたいのであれば、わたし自らが丁寧な説明を行いますが、お時間など都合はいかがでしょうか?」
「うっ……と、とりあえず、今回は遠慮させていただきますわ……」
「そうですか。それではまたの機会に…………解散っ!」
秋川の号令により、女子たちの集団は潮が引くようにサッといなくなった。
千妃路は冷や汗をかきつつ、自分の席へと戻る。直接邪魔するような者はいないというのに、とても清志郎に話しかけに行く気分にはなれない。
「恐るべき統率力、そして団結力……見事な撤退スピードでしたわね……」
千妃路は清志郎をヒーローにするためには、ファンクラブを攻略しなければならないと覚悟するのだった。
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