第30話 街へ到着 ギルド支配人の屋敷へ

「準備が良ければ出発したく思います。」


 戦車に登りかけた豊平少尉が、馬車の方を向いてヴィットリアに言った。


 するとヴィットリアは


「トヨヒラ様、魔術師のお二人がお乗りになっているお車は、些か小さいようにお見受けいたします。そこで思うのでございますが、お二人には、私の馬車へお乗りいただくのは如何でございましょうか。」


と提案してきた。


 豊平にしてみれば、これは妙案にも思えたが、そもそも自分の任務は、二人をデ・ノーアトゥーンへ送って行くことだから、ヴィットリアの提案に乗ることは、任務を放棄することになると考えられた。


「お話しはありがたいが、お二人をデ・ノーアトゥーンへお連れするのが自分らの任務でありますから、お気持ちだけ頂戴するであります。」


 豊平は断ったが


「いかにも軍人らしきお言葉、頼もしく拝聴いたしました。しかしながら、そのような無骨な戦用のお車では、淑女方には、少しばかりお疲れではないかと愚考する次第にて、当方の馬車にお乗りいただいては如何かと、重ねて申し上げる次第です。」


と言って食い下がった。


 ヴィットリアの言葉は丁寧であるが、要するに、レディーをボロ車に乗せるのは体裁が悪いから、豪華な馬車に乗れ、と言うことである。


 さすがにカチンときた豊平は


「本当にでありますなぁ。自分の任務は、お二人を安全・確実に送り届けることですから、いくら豪奢でも、先ほどの貴家の馬車のように、簡単に山賊に奪われるようでは全く困るのであります。」


 これを言われると、ヴィットリアは弱い。


 実のところ、彼は職業柄、当然ソフィアが宮廷魔術師であることを承知しており、自家の馬車に載せて街と城に乗り着けることは、箔が付くことであるため、それにこだわったのであるが、正体は分からないが、強力な軍隊に窮地を救ってもらっておいて、美味しいところを持って行こうとするのは、やはり虫が良いことだと、ヴィットリア自身も理解せざるを得なかった。


 豊平も、ヴィットリアの意図はなんとなく分かっていたが、手柄を横取りされる真似は面白くなかったので、あまりヴィットリアがソフィアたちにこだわる様であれば、山賊のロレッタともども、その場に放置する腹であった。


「私はね、あのちっこい車が結構気に入っているの。て言うか、あの大砲の付いた『センシャ』っていうのに乗りたいくらいだから、別に豪華な馬車じゃなくていいのよ。もっとも、ベロニカはどうか分からないけど。フフフ。」 


 いつものとおり笑ってからソフィアは、乗用車のベロニカに向かって


「ちょっと、ベロニカ。あなたはあの豪華な馬車に乗るほうが良いんじゃなくて。」


と問い掛けると


「そうね、どっちでも良いけど、お金持ちの馬車っていうのも悪くはないわね。」


 そうベロニカが答えた。


「じゃあ、そっちのお嬢さんは、ヴィットリア殿の馬車に乗って行かれるということで、よろしくありますか。」


 足して2で割ったような結論であるが、ヴィットリアも異存はなく、メイドの案内で、ベロニカは馬車に乗り移った。


「それで、あの娘はどうなさるの?」


 ソフィアが、ロレッタの方を手で指しながら豊平に聞いた。


 ロレッタは、素っ裸のまま後ろ手に縛られて路上にうずくまり、それをヴィットリアの執事が抜いた剣を突き付け、鶴井伍長が拳銃を構えてそれぞれ監視していた。


「ねえちょっと、そこのスケベ兵隊。いつまでアタシをこんな格好にさせておくのさ。そんなに裸が見たいなら、近寄ってもっとよく見たらいいじゃない、この変態!」


 ロレッタは、相変わらず言葉は勇ましいが、顔は泣いている。


「うるさい女だな。やはり斬首が良いか。」


 豊平が再び軍刀を抜いて近寄ると、ロレッタは言葉とは裏腹に、完全な泣きべそになっている。


「トヨヒラ様、冗談はさて置き、実際にこの娘をどうなさるおつもりですか。」


 ヴィットリアが聞いた。


「自分としては、割と本気マジなんでありますが、そうですね。デ・ノーアトゥーンに到着次第、官憲に引き渡すことになりますか。その後は、この国の法に従って処断されるでしょうから。」


 豊平が答えると、今度は年嵩のメイドが


「粗末ではございますが、メイド用の普段着が1着ございますので、それをこの娘に着せては如何かと存じます。このまま街へ連れて行く訳にも参りませんでしょうから。」


 トランクから古びた服を引っ張り出して言った。


「俺としては、別にこのままでも構わないんだけどなぁ。」


 豊平は、独り言ちてから


「どうぞ、お好きなようになさってください。」


と答えた。


 手の結束をいったん解いてもらったロレッタは、急いで服を着込むと、豊平が他所を向いているのを良いことに、舌を出して「アッカンベー」をした。

 しかし、鶴井伍長にはこれを見咎められ


「コラッ、貴様何をしよるか!」


と怒鳴りつけられると、むくれた顔でそっぽを向いた。

 そして、再び手を革バンドで縛られると、装甲兵車に放り込まれた。


「出発!」


 豊平の合図で、車列を組んだ戦車、乗用車、装甲兵車はエンジン音と排気煙を、馬車は鞭の音と馬の嘶きを上げて、前進を開始した。



 その後は、さしたる障害もなく、順調に車列は進んだ。


 途中、出会った通行人は戦車に目を剝き、通過した集落では、住民が慌てて家に駆け込み、窓を閉めるといった光景が見られたが、敵対行動を取られることはなかった。


 むしろ、途中の休憩地で、怖いもの知らずの子供たちが寄って来たので、戦車の車体に上げてやったら大喜びされる場面もあった。


 結局、山賊の襲撃地から3時間半ほどの移動で、デ・ノーアトゥーンの外壁北門へ辿り着き、豊平少尉の九七式中戦車が城門へ近付いて行くと、胸甲を兜を身に着けた衛兵多数が、慌てて飛び出して来て、口々に


「止まれ、止まれ。」


などと言いながら、槍を構えて威嚇している。


 豊平がハッチの上から身を乗り出して


「落ち着いてくれ。客人を連れて来たんだ、通してくれないか。」


と叫んだが、混乱は静まらず、埒が開きそうになかった。


 そこへ、魔術師ソフィアが乗用車から降りてきて、金色に輝くカードのような物を衛兵に見せると、衛兵の隊長らしいのがそのカードを見るや否や、態度をコロッと変えた。


「これはこれは、王宮に関係がおありの方とは知らず、ご無礼申し上げました。で、そちらの鉄の車…に乗った方々は一体…。」


 困惑した衛兵隊長に向かってソフィアが


「あら、この人たちは私の護衛でしてよ。見てお分かりにならないの?」


と言うと隊長は


「いえ、滅相もございません。」


 そう言って恐縮した。


 続けてヴィットリアが進み出て、銀色のカードを示しながら


「こちらの方々は、私どもの護衛でもありまする。」


と勿体をつけて述べると


「ああ、これは重ね重ねのご無礼を仕り、申し訳ございません。皆様、お通りになるのでしたら、どうぞどうぞ。」


 衛兵隊長は、増々恐縮して言った。


 次いで、豊平が


「実は、途中で山賊を捕縛いたしましたので、身柄をお預けしたい。」


 そう言ってから


「おーい、あの女を連れて来い。」


と装甲兵車に向かって叫んだ。


 すると、装甲兵車から、兵に両脇を抱えられ、後ろから拳銃を構えた伍長に追い立てられるようにして、ロレッタが連行されて来た。


 衛兵たちは、しばらくコソコソと囁き合っていたが、やがて隊長が


「賞金首、山賊『紅はこべ団』の頭目ロレッタですな。捕縛カードを差し上げますから、早いうちに、冒険者ギルドへ行って、換金なすってください。」


と言って、何やら鈍く銀色に輝くカードを手渡してくれた。


「捕縛カード?」


 豊平が、珍しそうにカードをこねくり回していると、ヴィットリアが後ろから


「詳細は、後ほど教えて差し上げますが、そのカードを『冒険者ギルド』へ持って行くと、相当な金額の賞金がもらえるのです。」


「ああ、なるほど、賞金稼ぎでありますな。」


 豊平は、これは一発で理解できた。


「では、出発準備!」


 彼が、戦車の泥除けに手を掛けて車体に登りながらそう言うと、ヴィットリアが


「ところで、街に入ってからどこへ行くご予定なのですか?」


と質問した。


 豊平は


「あっ…。」


と言ったまま、言葉に詰まった。

 ソフィアたちをデ・ノーアトゥーンの街まで送る予定ではあったが、街のどこへ行けばよいのかは聞いても決めてもいなかった。


「魔術師殿は、街のどこへ行かれるつもりでありましょうか?」


 この期に及んでの質問では間が抜けていると思いつつ、豊平はソフィアに尋ねた。


「そうね、とりあえず冒険者ギルドへ行けば、誰かしら顔馴染みの魔術師がいるだろうから、そこへ行こうと思ってはいたのだけれど。」


 この遣り取りを聞いていたヴィットリアは、ここぞとばかりに


「皆様方の行先が決まっていないということでございましたら、当家の屋敷にお出でいただくというのは如何でございましょう。宮廷魔術師様には、幾分かご不満もおありかとも存じますが、是非に。」


と勧めてきた。


「あー、それは、自分らもお邪魔して差し支えないということで、よろしくありますか、ヴィットリア殿。」


 まさか嫌とは言うまいと思ったが、無視をされては困るので、豊平が一応、確認した。


「無論でございます。私どもの命の恩人のご逗留、喜んでお迎えいたします。」


 当然のこととばかりにヴィットリアが返答したものの、ソフィア第一、豊平たちはという感は拭えない。


「では、道案内を願います。」


 豊平少尉は、先頭をヴィットリアの馬車に譲り、車列は、衛兵や周囲に居合わせた住民たちに驚きの表情で見送られ、城門から街中へ入って行った。


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