魔導士テラノヴァの異世界エロ配信

白江西米

第1話 配信機材とふ〇なりポーション


 不在でとめ置かれていた郵便物が、魔導士テラノヴァのもとにとどいた。

 四角い革のかばんを開くと、内部には毛織物に包まれた、青白いアクアマリン発動体と、魔法語で書かれた取扱説明書が入っていた。

 発送日は2日前と書かれてある。


「なにこれ……?」


 羊皮紙を開いて読んでみる。


  配信球はいしんきゅうスンスビーロスブスタンコ登場とうじょう!(球体のイラストとともに炎のエフェクトが背後にえがかれていた)

  つかいかたはカンタン! あなたの魔力まりょくをこめれば撮影さつえいをはじめられます! 視界しかい360 簡単設定機能かんたんせっていきのうつき!

 さらに球体不可視きゅうたいふかしモード、任意にんい位置いち浮遊機能ふゆうきのう追従機能ついじゅうきのう、ブレ補正ほせい暗視あんしモード、みあげ、自動字幕機能じどうじまくきのうつき!

 魔道具作成まどうぐさくせい第一人者だいいちにんしゃ王宮魔導士おうきゅうまどうしサルゴン・ドカイ・ボッテガヴェネタも絶賛ぜっさん! この革命かくめいは、世界せかいえる                   』                                                                                                             



 何を書いているのか理解できず、首をかしげる。鏡文字で書かれているのかと、手鏡にうつしてみたが、とくに変わらない。

 羊皮紙の後半には、魔導士らしき青年が配信球を浮かべて、驚きながら満面の笑顔をしている。どこかうさんくさい、ほがらかさを感じる。背景には稲妻のエフェクトが精密にえがかれていた。

 ずいぶんお金のかかった広告だ。


「はぁ……」


 師匠が注文した製品らしいが、何の目的でこのような魔道具を買ったのだろう。率直な感想を言えば、映像とやらが何になるのか理解できなかった。おそらく水晶玉を使った未来視の一種で、現代の光景を記録する技術だろうが……。

 ただ配信という文字が気になった。


「起動スペルは──あっ」


 テラノヴァは思わず呪文を唱えてしまった。アクアマリン発動体が、羊毛のなかから浮かびあがり、テラノヴァの正面にやってきた。

 直径3センチほどの半透明の球体が、無音で浮かんでいる。


「これが待機状態。えーっと、あとは共通語で命令する……配信開始」


 あたまのなかに、自分を正面から見た画像がうつし出された。 

 思わず声をあげそうになった。

 鏡を見ているように、うごきにあわせて、脳内映像の自分もうごいている。投射と侵略をかねそなえた高度な魔法技術だ。


 首をかしげ、手をふり、飛びかかるライオンのポーズで両手をあげてみると、映像もそれに追従する。ラグはない。

 

「ふふふ」

(ふふふ)


 声も聞こえた。自分の声はこんなにも高かったのかと違和感をおぼえ、恥ずかしくなった。


『ご利用ありがとうございます』 


 謎の声が聞こえた。

 一気に警戒モードになり、迷妄の杖を手にとった。


「コラリア!」


 床にいたクラーケンの幼生が、殻からでて触手をひろげた。

 魔力がリンクする。

 パチパチと静電気がスパークした。

 

 魔力探知で敵対存在の位置をさぐり、襲撃にそなえる。襲われる理由は数えきれないほどあった。今度はどこにならず者がやってきたのかと頭が痛くなる。


『ご安心ください。私は配信球をサポートする魔導模造生命マギ・シュミラクラです。初起動時に概要をお伝えするため、通信させていただいております』

「……そうですか」


 にわかには信じがたいが、情報を得るためにおとなしく聞く。


『各機能の詳細な説明は必要ですか?』

「お願いします」

『ではお手元の羊皮紙に書かれた、チュートリアル開始スペルをお唱えください』

 

 テラノヴァはなんだかよくわからなかったが、言われるままに詠唱した。


『うけたわまりました。配信モードではあなたの映像を、視聴者にむけて配信します』

「視聴者って、だれが見るのですか?」


『その答えを詳細におつたえするためには、ながい時間が必要です。今まで同じ質問をしたかたがいらっしゃいましたが、途中で断念されました。満足度のたかい回答の一例としては「開発者も正確にわかってていないので、説明できません」です。近年の説では、おそらく大小どちらかの月に住んでいる人間が、見ているのだと仮定されています』


「月って……」


 空にはふたつの月がある。おおきな月とちいさな月が、となりあって並んでいる。

 月は神の世界だとか、別の人類が住んでいるだとか、崩壊した廃墟があるだけだとか、信ぴょう性の不明なさまざまな意見があるが、神話や伝説の世界の登場人物しか、月に行ったものはいなかった。

 納得できなかったが、考えてもわからないので納得する。


「映像を見せて、何の意味があるのですか?」


『忘備録として使われるかたもいらっしゃれば、宗教の啓蒙けいもうのために配信されるかた、人気がほしいだけのかたもいらっしゃいます』


「人気って……月の人に人気が出れば、何かいいことがあるのですか?」


 月の欠片でも空からふらせてくるのだろうか。隕石魔法は高度な魔力制御が必要なので、建物をふき飛ばすときには、月の人の手を借りると楽かもしれない。


『お金がもらえます』


「……」


『お金がもらえます』


 テラノヴァはジト目で配信球を見た。途端に信用できなくなった。月の人が共通の貨幣を使っているはずがない。


『お金がもらえます』


「3回も言わなくていいです。月の石で作られたお金が、空から降ってくるのですか?」

『現金を配送するか、ギルドカードに振りこまれます。人気のあるかたは、一か月で金貨800枚をお受け取りになっています』


 裕福な商人なみの給料だが、カネは無からわいてくるのだろうか。それとも経済の一部に、すでに組み込まれているカネが送られてくるのか。


「わかりました。ありがとうございました」


『それでは楽しい配信生活をお送りください。最後にひとつだけアドバイスです。あなたの得意な分野と視聴者の好みをあわせると、人気が出やすいでしょう』

「得意──引きこもりが好きですけど、それでもいいですか?」

『その場合は最低でも、下着が見えそうな服装で配信してください』

「嫌です」


 停止ワードを唱えて、配信球を止めた。

 つまりは客を楽しませる舞台俳優になれと言っている。

 テラノヴァは師匠の蔵書をたくさん読んだが、そのなかで当てはめるとすれば、オペラや演劇の登場人物が近いだろう。はなしが退屈だったり、舞台にうごきがなければ、客は飽きてしまう。月の人もそうだろう。


「難しいね、コラリア」


 テラノヴァはコラリアを捕まえて膝に乗せ、S字に湾曲した触手を指先ではじいた。



 テラノヴァはポーション工房で働いている。注文の品を調合しているとき、すこし時間があいたので、配信球をうごかした。


 自動撮影モードにして、自分を中心にゆっくりと回転させて撮る。魔導模造生命マギ・シュミラクラはまだ見ているのだろうかと想像しながら、乳鉢のなかの悪魔の舌を粉砕してゆく。あふれ出す腐敗の魔力を相殺して、鮮度をたもったまま粉末にした。


『何かしゃべって』


 からだを一瞬硬直させた。誰かの声が聞こえる。あたりを見回すが、職人たちは各々の作業に集中している。客もいない。


『驚いててかわいい』

『初配信かな? 見てるよ』


(もしかして、月の人ですか?)


『ファンネームが月の人?』

『声きかせてよ』


 思考が声じゃなければ何なのだろうと考えるが、実際に声をだしてみる。


「仕事中だからだめです」


 小声でつぶやいた。


『いい声じゃん。もっとしゃべって』

『あと画面を回すと酔うからやめて』


 どのようにして受信しているのかわからないが、脳内にうつった映像が、月の人に見えているらしい。テラノヴァはひらめいた。

 小声で命令をつぶやくと、配信球は激しく上下にゆれた。


『うわ』

『酔うわ』

『やめろ!』


「ふふふ」


 月の人の反応に、思わず笑ってしまった。おもったとおり、配信球を無茶にうごかすと、その通りに映像がつたわる。

 しばらく声をおし殺して笑ってしまった。


『二度とするな』


「はい。ポーションをつくる作業を見ておもしろいですか?」


 配信球を正面上から、手元にフォーカスする。ただ素材が砕けてゆくだけの映像がうつっていた。

 

 コリコリ……コリコリ……


 乾燥した舌が細かくなってゆく。無言でいると、その音だけがひびく。


『眠くなってくる』


(私も退屈です)


『面白い話して』

『テラノヴァちゃんていうのカナ? ひとりで仕事できてえらいね。僕は休憩中だけど今日は暑くて大変だヨ。きみの働くすがたをみて元気をもらっちゃおうカナ!?』 


 読みあげがうるさかったので、そのまま無音ミュートにして天井をうつすと、声は静かになった。そのまま仕事に集中していると、何十分もうごきがないため、自動で切断したと魔導模造生命マギ・シュミラクラが伝えてきた。


『登録者が1名になりました』


「何の登録です?」


『あなたの配信を定期的に見たいと思った人です』


「本を読んだほうが、もっと有意義に過ごせると思います」


『以上です』



 夜中に家に戻ったテラノヴァは、趣味のポーション造りをしていた。

 そのとき媚薬をつくる工程をすこしかえれば、女体に男性器をはやす薬ができると気づいた。魔導書を調べると、たしかに載っていた。


 陰核を変形させて亀頭と陰茎をつくり、その根元の内部に疑似精巣を形成する。その効果をふうじこめたポーションだ。重篤じゅうとくな副作用として精神の変容があり、作成は厳禁だとも書かれている。


「そうなんだ……」


 両性具有は完成された人間である。

 錬金術師のある学派は、人間は神によって生み出され、世代を重ねるごとに神から遠くなり、性が分かれて、寿命が短くなったという。

 もともとの人間は、両性具有で何千年も生きられた。

 いまの人間は劣化しつづけているため、昔のすがたに戻るために、錬金術で完ぺきな人間を模索していると主張している。


 テラノヴァはそのような主義に興味はなかったが、どのような効果があるのか気になったため、禁止されているふたなりポーションを作りはじめた。

 彼女は倫理観にとぼしかった。


 つぎの日、工房にいる職人仲間に、潤滑材の作成を依頼した。一人で作るには工程がおおく、どうしても時間がかかってしまう。あるていどの品質があればいい部分は、お金をはらって効率化した。


 高価なユグドラシルエキスの抽出は自分でおこなう。じっとりと分解されるエキスを待っているあいだ、ほかの素材を注文しにゆく。官営の薬草研究所と冒険者ギルドを回り、採取依頼を出す。


 混在を肯定するハーフリングの生き血、男女の形が不安定なワーハイエナの乾燥した脳、環境により性別を変化させる、中性ウミウシの両性生殖器、交雑した深海百合の花びらだった。

 

 それらの素材が手に入るまで、一か月の時間と、金貨180枚が消えた。

 ようやくそろった素材を調合し、潤滑材と合成する。


 はじめてから3か月後、ようやく成分が安定した。保存台のうえでふたなりポーションが虹色にきらめいていた。


「わぁ」


 テラノヴァは無邪気に感嘆の声をあげた。手に取ってみると、ねっとりとした液体がガラス瓶のなかで光っている。

 周囲1メートルほどが照らされる。光源になりそうなくらいかがやいていた。

 ダンジョンを探検するときに、ランプのかわりに持つすがたを想像をするが、すぐにあたまから追い出した。


(これ、どうしよう)


 作ったものの使い道がなかった。素材の代金だけで金貨180枚を使っているので、それに見合った効果が期待されるが、実験するあいてがいない。現状ではランプのかわりになる以外の使い道がない。


「そうだ……!」


 知りあいの甲殻防具店には、10歳前後(別種族とのミックスなので人間年齢は20歳)の外見をした娘がいる。褐色肌に白い髪で、エキゾチックな印象を持った女の子で、名前はリード。


 あの子なら仲がいいので、成分の実験につきあってくれるかもしれない。

 ためせると考えるとわくわくした。

 工房長の部屋にゆき、ちかぢか仕事をやすむと告げる。忙しくなかったので首尾よく休みをもらえた。テラノヴァは、さっそくリードを誘いに、橋のしたにある店をおとずれた。


 店の正面にかざっている怪物の看板は、あいかわらず不気味でサイケな雰囲気をかもしだしている。


 店に入ると廊下でうろうろしているリードを見つけた。


「こんにちは」


 声をかけるとリードは走ってきた。ジャンプし、腰に抱きついた。


「いらっしゃい!」

「こんにちはリードさん。おでかけにさそいに来ました。お父さんはどこですか?」

「うれしい! どこに行くの?」

「まずは許可をもらってからです」

「おくで兜を丸くしてるよ! こっちこっち!」

「ありがとうございます」


 腰に抱きつかれながら、縦長の部屋をあるく。

 シレンは水タバコを吸いながら、台に置かれた頭部甲に、やすりをかけていた。


「おう、あんたか」

「こんにちはシレンさん。たくさん棘が生えていますね」

「ああ」


 赤茶けた疫病百足の殻には、あまりにも多くのトゲが生えているので、シレンはそれを適度に間引いて、たいらにならす作業をしていた。いずれは兜の頭頂部をおおう役目につかわれる。


「品質はいいんだがな、手間のかかってしょうがない。で、なんの用だ?」

「今から街のそとにいって、ペンギンの卵を取りに行くのですが、リードさんもつれていっていいですか?」

「いきたい! お父さん行ってもいいよね!」

「ああ。今は手がいる仕事もない。いってこい」

「うわぁーい!」

「あまり遠くには行くなよ」

「リードさんの安全は私が保証します」

「さすがのあんたも、近場では無茶をしないだろうよ」


 テラノヴァは苦笑した。

 シレンからの評価では、無軌道で安全軽視の無謀者だと思われている。おおむね間違っていなかった。


 外行きの服に着替えたリードをつれて、郊外に出た。

 せっかくなので配信球を不可視モードでつける。邪魔にならないように背後から追従させる。


「今からペンギンの卵を狩りに行きます」

「うん……たのしみだね」

「この子はリードさんです」

「……急にどうしたの?」


 リードが怪訝けげんな表情をした。


「月の人に見せる配信をはじめました」

「月の人ってだれ? 新しい魔法?」

「月に映像をおくる魔道具です」

「ふーん。わかんない」

「私もです。気にしないでください」

「うん」


 街を出発してしばらくは農地がつづく。魔物のいない安全地帯は、往来がそれなりにある。

 街道を進んでゆくと、やがて耕作地がとぎれ、みじかい草の生えた平野になった。

 まばらに木々が生え、大きな鳥が空を旋回している。


「ここからは危険地帯です。街道からそれると、魔物除けの結界は作用しません。でも騎士たちが定期的なパトロールをしているので、それなりに安全です」

「知ってる。ねえ、はやくいこ!」


 月の人に向けていったつもりだったが、リードに聞かれてしまった。

 月の人からの会話もない。

 背後からの撮影モードに変更する。


 平野を進んでゆくと、平野のとおくに、楕円形のシルエットが見えた。 

 緑色の皮膚をした平地ペンギン、通称ワイルドペンギンが立っている。


「いるいる。はやくたおそう!」


 リードが手をにぎって急かす。


「ペンギンは倒しません。すこし待ってください。念のために道標石を埋めておきます」

「何それ?」

「出発地点をしめしてくれる魔法の道具です。この魔導方位磁針が、道標石のある位置を指します」

「持っていてもいい?」

「どうぞ」

「わぁい。帰りはわたしが案内するから!」

「頼りにしています」

 

『デート配信?』


(そんな感じです)


 ようやく一人、月の人が見にきた。小声でつぶやいて返事をしておく。


 荒野での探索がはじまった。

 まずは高い草が生えている場所をさがす。あしのような長い草がよい。


 ねらっているのは親が守っていない放置卵である。

 ワイルドペンギンは面倒をみきれない卵を、高い草地に穴をほって隠す習性がある。放置卵はふつうの卵よりも栄養価がたかく、味もよい。


 何度かそういう場所を見つけたが、すでに穴は空っぽだった。

 割れた破片だけが残っている穴もあった。

 孵化したか天敵に食べられたのだろう。


「全然みつからないね」

「はい。ここも割れた殻だけです。ペンギンの卵は人気ですし、ライバルもおおいです」

「割れた殻もおっきいね。卵はもっとおおきいのかな?」

「はい」


 体調2メートルほどのペンギンから生まれる卵は、体積で言えばニワトリの卵の100倍はある。

 リードがぎりぎり持ちあげられるおおきさだった。


「苦労したほうが、見つけたときに嬉しさが増します。どんどんゆきましょう」

「うん。行こ」


 探しはじめて1時間がたった。

 平野を歩きまわっていると、ときどき平地ペンギンが近くまでよってきて、じっと見つめてくる。


「……うごかないでください」

「うん」


 リードを後ろにさがらせ、無言で見つめかえす。


『目がこええ』

『お腹がおっきくてかわいい』


(あのくちばしは岩を粉砕するので注意が必要です。こんなふうにうごくと、警戒されます)


 すこし足を踏みだすと、ペンギンはあたまをかがめてテラノヴァを見た。

 そのままじっととまっていると、やがて興味を失って、どこかに歩いて行った。


『ちょっかいを出さなければ安全か』

『なんでちょっと動いて警戒させたんだよ』


(月の人にわかりやすくしました)


 あらかじめ教えておいたリードは、注意を守ってうごかなかった。にっこりと笑ってテラノヴァをみあげる。


「言われた通りにうごかなかったよ。ちかくでみるとこわかったぁ」

「がまんできてえらいです。敵対的な行動をとらなければ、ペンギンは襲ってきません」

「ねえ、あんなにおっきいのに、ペンギン肉は食べられないの? お肉がいっぱい取れそうなのに」

「脂が多くて、食べるとお腹を壊しますから、ほとんど狩られません。もしも肉がおいしかったら、今頃は絶滅していたかもしれません」

「ふーん。卵はおいしいのにね」


 リードは残念そうだった。

 テラノヴァの住むイドリーブ市では、資源管理の観点から「親が守っている卵をとってはいけない」と法で決まっている。もしそれがなければ、卵が乱獲されて絶滅していたのかもしれない。自然のままでいるのと、どちらがいいのか考えたが、食料資源にされるペンギンはどちらも嫌だろうと思う。

 いずれにせよ人間の都合である。


 雑談しながら、ななめにつき出た石柱にむかった。周囲には細長い草が大量に生えている。

 天然の尖塔のような石柱の影に、荒らされていない穴があった。

 帽子のような草のおおいを取る。おおきな卵がそこにはあった。赤と黒の縞模様をした卵が見つかった。


「あった!」

「このおおきさなら、たくさん卵料理を食べられます。シレンさんがきっと喜びます」

「うわぁい!」


 リードが両手で卵をもちあげた。テラノヴァはかばんを開き、なかに入れてもらう。かばんの容量よりもおおきな卵がなかに消えていった。

 魔法のかばんは重量と質量を9割減少させるため、荷物を軽々と持ちはこびできる。


「ひとつとれば十分です。あとはピクニックにしましょう」

「うん! やったぁ! うれしい!」


 リードはとびはねて喜んでいる。ワイルドペンギンの卵はかなり美味しい。それをもう楽しみにしている。

 

 かばんから不可視のテントを取り出した。

 空中に投げると骨組みが開き、円錐形のテントが自動でひらいた。

 内部の天井はたかく、布には魔物をさける香料と、退魔の糸が編みこまれている。一種の安全地帯をつくる魔道具だった。


 お茶を用意する。ふたりで毛織物のじゅうたんに座って、話ながらお茶を飲んだ。このときのために、早朝に用意してもらった果実のパイを出すと、リードは喜んだ。

 

 一息つくと、リードはリラックスして足をのばしていた。今なら真の目的を、頼めそうな気がする。


「リードさん、私のお願いを聞いてくれませんか?」

「いいよ。なぁに?」

「じつは新しいポーションを作ったのですが、効果があるのか確かめたいです。協力してくれませんか?」

「うん。どんなポーションなの?」


 テラノヴァは深呼吸した。いよいよだ。


「そのまえにひとつ。これは大事なお話なのですが、ポーションの効果は売り出すまで秘密にしなければいけません。ですので、このことは誰にも言わないでください。シレンさんにも秘密にしてください。いいですか?」

「んー、どうして言っちゃいけないの?」

「私の信用にかかわるからです。実験は成功すると思いますが、もし失敗したとき、失敗作だと広まってしまったら、汚名の返上が大変です。だから絶対に言わないでください。私たちだけの秘密です」

「いいよ。秘密だね」

「わかってくれてうれしいです。これは念のために──」


 契約の巻物を出してリードにサインしてもらった。先ほどまでの話を肯定する同意書である。これで何をしても詳しい内容を話せなくなった。


「これがふたなりポーションです」

「きれい。光ってる」

「これを飲みます」


 ふたをあけ、ふたなりポーションを一気にあおった。


「うえ」


 古い紙のような味だった。口腔がおいしくなさでいっぱいになる。

 しばらくすると股間に熱があつまりはじめた。下着のしたで、陰核が変化を起こしている。小指のさきほどのふくらみが形成され、膨張し、天に向かって伸びあがりはじめた。


 身体が熱い。むずむずして服を着ているのがもどかしい。


「えっ、どうして服をぬぐの?」

「このポーションは身体の一部を男性化させる薬です。効果があるのか確かめます」

「……そんなポーションがあるなんて知らなかった」

「リードさんも裸になってください」

「え? いやだよ」

「効果を確かめるためにどうしても必要です。お願いします。こんなことはリードさんにしか頼めません」

「んー、うーん、んー、んー、んー……」


 かなり悩んでいる。テラノヴァが何度もお願いし、説得し、頼みこんだ。テラノヴァが気づかないあいだに、視聴者が増えていた。発言が流れている。


『おれからも頼む!』

『お外は熱いから脱ぎ脱ぎしましょうね』

『なんだよエロ配信かよもっとはやく教えてくれよな』

『性犯罪者にしかみえねえ……』

『ロリを説得しているときが一番エロいまである。もっと情に訴えかけろ』


 月の人の発言を参考にした。


「リードさんはかわいいから、どうしても裸になってほしいです。お願いします。見せてくれるだけでいいんです」

「んー、んー……」

「どうしても見たいです。お金をはらってもいいです。金貨です。金貨があればおいしいものが食べられます」


『必死過ぎて笑う』

『それ立ちんぼを説得するときの会話だろ』


「……でも、そとではだかは恥ずかしいよ」

「安心してください。このテントは安全地帯なので、魔物は入ってこれません。入り口を閉じれば人間も気づきません。なにも心配はいらないです」


 説得をつづけていると、リードはそのうちすこしくらいならいいかと思いはじめたのか、しぶしぶ服に手をかけた。ほほを赤らめ、わずかにテラノヴァをにらみ、眉をあげている。


「んー、んんー……だったら、一回だけだよ?」

「もちろんです」


『うおおおおおお!』

『やったぜ!』


 リードはゆっくりと脱ぎはじめた。ナイフをつけたベルトをはずし、ベストのボタンをひとつひとつはずしてゆく。雰囲気があった。


(ゆっくりぬぐと、いやらしいです)


『わかる』

『いいぞ。盛りあがってきた』


 脱衣をじっとながめていると、陰部がむずむずとした。今まで感じた経験のない興奮──燃えるような欲望の感情がわいてきた。


「……そんなに見ないで」


 怒られた。

 羞恥でそまった不安そうな表情が、また良い。

 にかわで固めたプロテクターのついた上着がごとり落ちる。薄い黄土色のインナーがまくりあげられる。なだらかな稜線をもった胸があらわになり、スカートが落ちると白い下着姿になった。


『たまんねえな』

『意外と大人っぽい体つきしてる』


 脚から白い下着がぬき取られたとき、テラノヴァは無意識に喉をゴクリとならした。


「んー、ぬいだよ。これでいい?」

「はい。とてもかわいいです。おかげで実験がうまく進みます。きれいなからだです」

「そうなの? なんか……なんか……」


 褐色のからだはシミひとつない。

 ぷにっとした二の腕のふくらみが、とくに煽情的である。脚のつけ根にあるけがれを知らない無毛の割れ目。


「ほんとうにかわいいです」

「そうかな……」


 リードが照れている。

 はやくも脳に男性化の兆候が見られた。

 テラノヴァ本人は引きこもりのため、低年齢なみの情緒をしていた。それが同年代の子供同士が引かれるように、ぐうぜん精神年齢が一致して、リードをかわいいと思う男子の精神構造になった。

 外見上は6歳ほど離れた年上なのに、釣りあいのとれた異性の裸をみている気分になる。


「……」


 裸体から目をそらせない。見つているだけで触りたくなる。合意をとっていないので触れられないが、それ以上に、おなじ空間にいるだけで幸福に思えた。

 それは作成された男性器に反映されている。

 下着姿のテラノヴァの股間から、布が持ちあがっていった。


「わ、おっきくなっていく」

「はい。実験は順調です」

「またおっきくなった。うごいてるし、なにこれ? 変なの」

「……」


 むくむくとたちあがる陰茎は、はじめは人差し指ていどの大きさだった。それがいまや数倍に膨れあがっていた。吊るし売りされている腸詰めのなかでも、太い商品に分類されるだろう。


「ちゃんとした形をしていますか?」

「んー、んー……」


 男性器のサンプルを知らないため、男の肉親がいるリードのほうが詳しいはずだった。


「あなたのお父さんとくらべて、変な部分はありますか?」

「お父さんよりちいさい」

「大人はもっと大きいのですか?」

「お風呂屋さんで見たときは、もっとおっきかったよ?」


 単純な比較だろうが、それがインモラルな意味に聞こえる。わずかに嫉妬心が芽生え、それ以上に興奮した。


「あっ、わたし知ってるよ。もっとおっきくする方法!」

「えっ、教えてください。どうするのですか?」

「こうやって、こう」

「あっ……」

「えいっ、えいっ。お父さんが女の人を家に呼んだとき、こうしてもらってたの」

「ふぅぅ……!? く、くすぐったいです……うぁぁ……」



 数時間後……。

 

 リードはなかなか起きなかった。しばらく待ったがずっと寝ているので、無理やり起こすとふわふわとしていた。

 日が暮れる前にテントをかたづけて帰路についた。

 体力を使い果たしていた。ながい余韻でからだの制御があやしくなっている。ろれつが回らず、まっすぐに歩けない。ポーションを飲ませても、まだふわふわとしている。


「んー……だっこ……」

「背負います」

 

 ゆっくりと歩いて帰った。

 背中から感じる体温がうれしい。わずかにもれでるリードの吐息を感じると、共感がふたたびわいた。

 リードとの情交を見せてしまったのだと再認識する。大半が混乱で封印されているため、冷静に考えられる。


(見せてしまったけど、どうせ一生あわない人たちだし……月から地上にやってこないだろうし……)


 そう考えると恥ずかしがる必要がないと気づいた。

 平原が農地にかわり、市壁が見えてくる。仕事をおえた者たちが、荷物を背負って街のなかに戻ってゆく。荷馬車に箱乗りしてにぎやかに話ながら、帰ってゆく人たちもいた。


 門に戻ってきた。身分証を見せて通る。

 門を守っている衛兵の幾人かは、おどろいた顔をした。

 ふたりの全身から濃厚な事後のにおいが漂っている。あきらかに性行為をした淫臭を発している。


 にやにや笑って見送るもの、ぎょっとして気の毒そうに見るもの、首をふって悲しげに肩をすくめたものもいた。

 おおむね2人が強姦の被害にあったと思われていた。


 テントのなかに長時間居たふたりは、鼻がマヒして気づいていない。

 親切な衛兵のひとりが、脱臭スクロールを使って匂いを取ってくれた。

 気を強く持つんだぞ、と言い、同情した表情で見送った。

 テラノヴァはなんのことやらわからなかったが、あたまをさげた。


 甲殻防具店にリードを送る。すやすやと眠っている娘を見て、シレンはあたまをかきつつ礼をいった。


「疲れ切るまで遊ぶなんて、まだまだガキだな」

「とても喜んでくれました。シレンさん、これが卵です」

「おう。食いでのあるおおきさだな」

「リードさんが見つけてくれました」

「ありがとよ。このおおきさなら素材になるな。あんた植木鉢はいるか? この卵で作ってやるよ」

「ありがとうございます」


 観葉植物は部屋のオブジェになるので純粋にうれしい。

 ミニ椰子を育てようか、それとも潤滑材がとれる棒ゼンマイ、あるいは痛み止めになる紫ケシ──候補はたくさんある。

 どれも捨てがたく、見た目をとるか、実用性をとるかで悩んだ。

 

「リードさんが起きたとき、また一緒に行きたいと伝えてください」

「ああ。遊んでくれてありがとうよ」


 父親にそういわれると、すこしの罪悪感がわきあがり、テラノヴァは目をふせた。



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