第30話 遠慮

「スー。お父さんもね、別にあの子を信じてない、てわけじゃないのよ」


「でも……」


「落ち着いて聞いて、スー。あんな年頃の小さな子が、ディムルーラルからたったひとりでここまで歩いてくるなんて、よほどの事があったんだな……て、あなたも思うでしょ? だから、まずはそれをちゃんと聞かなきゃ。あの子のためにも、ね?」


「……」


 母親の道理の方が、スーには受け入れやすかった。彼女は小さく頷くと、そこからはもう親に意見しなかった。


「母さん。今から悪いんだが、もう一人分食事の量は増やせるか?」


「私とお父さんの分を少しずつ減らせば大丈夫ですよ」


「うん。じゃあそうしよう」


 親の会話を聞いて、ああ、お父さんもそこまで疑っているわけじゃないんだな、とスーは思った。が、それを素直に言うのはどこかはばかられた為、彼女は無言のまま食卓からフラリと離れた。


 なんとなく外の空気を吸いたくなって、そのまま家から出る。朝日はすでに高く昇り、家と畜舎を強く照らしていた。


 何度見ても良い景色だ。空腹も忘れてこのまま散歩に行きたい衝動に駆られたが、朝食はもう少しで出来上がるはずだ。彼女はただ空を見上げ、あの少年を思った。


 大人の足でも結構かかる道のりだ。増してや子供が一日二日で移動できる距離では断じてない。という事は、野宿をしながら来たのだろうか? 荷物を入れる袋のようなものは持っていなかったが、まさかずっと飲まず食わずであったのか? あるいは途中で食糧が底をつき、かさばるだけの袋を捨ててしまったか……。


 いずれにしても、大変な道中だったのは間違いないはずだ。許されるなら、ここで疲れが癒えるまでゆっくりしていってほしい。


 西の空にはまだ月がうすぼんやりと浮かんでいた。それを見ながら、スーはアモスの苦労をずっと想像し続けていたかった。


 が、


「スー、ごはんよ。いらっしゃい」


 思った以上に準備は早く終わったようだ。彼女はゾーイにすぐ行く旨を大声で伝えると、もう一回だけ空を見上げ、家に戻った。




 ヤギの煮物と固いパンだけが並ぶ食卓。変わり映えしない、いつもの食事である。強いて言うなら、いつもは三人分しかない皿が四人分あるところが相違点か。父と母の煮物がいつもより少ないのも目に付く。不自然に切り分けられた分は、四つ目の皿に盛られていた。それを察したのだろう。アモスはどこか気まずそうにしている。


「これ……食べていいの?」


 あれだけの距離を歩いてきたにもかかわらず、少年の回復は早かった。ベッドに用意するはずだった配膳は結局食卓になされているし、自分のために他人の食事が減ることへ気を使っている様子も見て取れる。

 もちろん、こちら側からすればそんなものは無用の遠慮だ。


「何を言っているんだ。俺たちのことはいいから、ちゃんと食べなさい」


「そうよ。こんなものしかないけど、何も食べないよりはマシなはずよ」


 スーの目の前で両親はそう言うと、両肘を卓の上について手を組み、神に祈りだした。それを見て、スー自身も祈りのポーズを取る。


「ほら、あんたも祈りなさい。あんまりがっつくと胃が受け付けないから、ゆっくり食べるのよ」


 彼女はお節介にそう言うと、目を瞑って神に感謝の言葉を捧げた。

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