第28話 落とし物
1区は、非常に開けたところであった。スーは見慣れた風景をぼんやり眺める。当然ながら、草は極めて背の低いものがわずかにあるだけで、ヤギに食べさせられるような状態ではなかった。
未舗装の道から北に入る。ここからはもう1区の敷地内だ。突き上げるようなアナ山脈の崖が隔てるまでの広い土地。しかしヤギの食欲を考えると、これでも結構限界に近い草場であった。もしもこの上、冷害が発生して草の発育が阻害されたとなると、深刻なエサ不足にもなりかねない。
「まったく……アイツら、あれしかいないのに……」
北に山、東西に林、南に道。これが1区の範囲を形作っている。林はヤニが強烈に臭うハナモギマツのそれで、普段なら木の皮平然と食べるヤギたちでさえ口にしないという代物だった。
広々とした1区の地面に、スーはとりあえずシャベルを刺す。土は固かったが、凍っていると感じるほどではない。彼女は数か所で同じことを繰り返した。特に山の近くは日陰になっている時間もある。念入りに作業箇所を増やし、逐一確認する。
「……大丈夫そう、かな?」
スーは胸を撫で下ろす。これでもし土が凍っていたら、父親はどうするつもりだったのだろうか? なんとも言えない、ぬるりとした不安が一瞬だけ、スーの心を支配した。
「いや! 大丈夫! 土はなんともなっていない! だから、余計なことは考えない! よし!」
シャベルを担ぎなおすと、スーはそびえたつ山を見上げた。
ここから見るアナ山脈には、少しだけ高度が下がっている一角があった。こんな開けたところに住んでいるためか、スーは目も良い。そこには、人為的に打たれた杭が1本だけ立っていた。
「……」
しばらく見つめていたが、別に何も起こらない。スーは小さくため息をつくと、1区を出て帰路につく。
その時、であった。
「……え、なにあれ?」
スーの帰り道と反対の東側、遠くで布にくるまった何かが落ちていた。
(さっきは無かった……よね? 行商の馬車が荷崩れでも起こしたのかな?)
そう思ってはみたものの、馬車が通ったとなればさすがに音で気がつくはずだ。自分の推理に納得がいかないまま、スーは落とし物に近づく。
それは意外と大きかった。シャベルも手にしながらコレを家まで持ち帰るのは、ちょっと無理かな? と彼女は考える。
刹那、
「えっ?」
落とし物の一部が、ピクリと動いた。
スーは何が起きたのか分からず、動いたと思われる部分を観察する。
自分の肌とよく似た色の何かが露出していた。細く曲がった突起がいくつか出ている。
「え……え? ええっ!」
それが人間の手と指であるという事実を、すぐには理解できなかった。つまりコレは、物ではなく人間が倒れていたのだ。
しかも大きさを見るに、子供である。
「ちょっとあんた、大丈夫?」
スーは駆け寄り、子供に声をかけた。
返事がない。
「え、ちょ……ちょっと待ってね!」
少女はシャベルを手元に落とすと、子供の上体を抱き起した。
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